35・俺の帝国嫌いもなかなかのようだ
「問題……? それはなんだ?」
校長の問い。
俺は前世での帝国を思い出しながら、話を続けた。
「これだけでも、帝国は言い訳するだけだと思います」
「なっ……! これだけの証拠があってなのか?」
「ええ。校長や先生達の様子を見るに、俺が今使った魔法ってあまり一般的じゃないんでしょう?」
今度は俺が問いかけると、三人は黙って首を縦に動かした。
「だったら帝国は言うはずですよ。こんなものは捏造だ。映像を自分の好きなように作れる魔法じゃないか? なんてことをね」
無論、帝国はオーバーテクノロジーであると考えられる監視魔導具を使ったり、アルノルトに遺失魔法を使わせていたのだ。
俺が使う保存、投影魔法の存在も知ってるに違いない。
だが、それをわざわざ口にするほど帝国は愚かじゃないだろう。
「くっ……このような映像を見せたとしても、帝国は言い逃れをするというのか! なんという恥知らずだ!」
「あまりに卑怯だ」
「しかし今までの帝国の態度を見るに、クルトの言った通りになる可能性が高い」
校長、エリカ先生とデズモンドは一様に怒っていた。
俺も帝国は卑怯だと思うが……前世でのあいつ等の悪行を知ってるので、まだまだだと感じてしまった。
1000年前において、帝国は隣国と平和条約を結んでいたのにも関わらず、深夜に攻め込んだ。
女子どもであろうとも、帝国は殺し尽くしたのだ。
国王の娘の首に刃を突きつけながら、「この娘の命が惜しくば、一生お前等は帝国の奴隷だ」と言った逸話は、胸くそ悪い。
だが。
「……まあそれでも、なんとかなると思いますが」
俺は本音を口にする。
1000年後の帝国も卑怯ではあったが、どうも前世に比べてそのレベルが低くなっているように感じたのだ。
魔法文明どころか、頭の程度も衰退してしまったんだろうか。
だからどうしても「まあなんとかなるだろう」と感じてしまう。
「そ、それは本当かっ?」
校長が机から前のめりになる。
「はい」
実際、帝国がズルをしていた証拠はこれだけじゃないしな。
「そこらへんの先生よりもよっぽど先生してるな」
エリカ先生が諦めにも近い呟きをした。
「校長。当初の予定通り、クルトに頼んでみては?」
デズモンドが校長に、なにかを提案しているみたいだ。
当初の予定通り?
なんだ、また嫌な予感がしてきた。
「うむ……クルトよ。頼みを聞いてくれるか?」
「頼みの内容にもよりますね」
そう返すと、校長は意を決したようにして、
「頼む……! 二週間後、帝国と話し合いが行われるのだ。そこにクルトも同行してくれ!」
「……本気で言ってますか?」
一応そう質問してみるものの、校長は冗談を言ってるようには見えなかった。
「俺、一介の生徒ですよ? それが大人の話し合いに参加していいんですか?」
「よい。それに最早クルトは生徒の範疇に収まる男ではない。エリカ先生とデズモンド先生も、そう思うだろう?」
と校長は二人を交互に見た。
「教師として悔しい思いもあるが……クルト以上に帝国と対抗出来そうな人材はいない。我々に力を貸してくれないか?」
「お主ならなんとかなりそうな気がするのう。正直言って、儂は話し合いとかは苦手じゃし……」
エリカ先生とデズモンドも同じ意見のようだ。
困ったな……という気持ちも少しはあった。
しかし俺の帝国嫌いもなかなかのようだ。
この期に及んで、言い逃れをしている帝国のヤツ等の顔を思い出したら、ムカムカしてきた。
いいだろう。
校長やエリカ先生を助ける……といったよりも、これは俺の問題だ。
帝国のヤツ等ともう一度顔を合わせれば、この世界の『真理』とやらのヒントを、もっと得られるかもしれないしな。
「分かりましたよ。俺でよかったら同行します」
「助かる……!」
校長が机に額が引っ付きそうなくらい、頭を下げた。
上の立場の人間が、これだけ頭を下げる……というのはなかなか出来ないことだろう。
「それで……話し合いというのは、ここでするんですか?」
「いや中立都市シフレアで行われる」
まあどちらかのホームで話し合いなんかしたら、それはそれでフェアじゃないだろう。
それにしても……平和的に話し合いが進む気がしない。
一悶着ありそうだな。
俺としても、戦ってる方が楽しそうなので歓迎するが。
「クルトには同行してもらうが、結果までは気にしなくていいからな。そこまで一介の生徒に責任を負わせられん」
「なにを言ってるんですか」
悲愴な覚悟を漂わせている校長に対して、俺はこう宣言した。
「勝負にはすべからく勝つべきです」
◆ ◆
翌日。
俺は教室でララとマリーズに、この話をしたのだった。
「……ということがあったんだ」
「えーっ! 帝国って、あんだけズルいことしてたのに、まだそんなこと言ってんだー!」
開いた口を手で隠し、驚いているのはララだ。
王都に来てから、一番はじめに出会った女の子で、天然そうに見えて意外と勘が鋭い女の子である。
「私はある程度予想ついてましたけどね」
と澄まし顔なのはマリーズ。
魔法学園の入学試験で戦い、負けず嫌いの女の子だ。
「マリーズちゃん、どうして?」
「あれだけのことをしてきた人達なんですよ? これくらい言ってきても驚かないでしょう。それに……帝国には悪い噂もちらほら流れてますし」
「悪い噂?」
「確証はないらしいですが、不正を多く行っている……という噂です」
ララと比べて、マリーズは比較的冷静に分析出来ているらしかった。
「でも……クルトが帝国との話し合いに同行しに行くなんて」
「クルトならなんとかなりそうな気がしますから、怖いところです」
「わたしも」
ララとマリーズも俺を心配……いや、してなさそうだ。
「だから二週間後。二人に魔法を教えることは出来なさそうだ。だから自主トレのメニューを……」
と言いかけた時であった。
ララがぐいっと俺に顔を近付け、
「わたしも行きたい!」
「はあ?」
「クルトのカッコいいとこ見たいよ! それに……自主トレなんかより、クルトの近くにいる方がよっぽど成長出来るんだもんっ」
とんでもないことを言い出したのだ。
「ララ! ズ、ズルいですよ! まるで帝国みたいですっ」
「ズルくなんかないもんっ。だったらマリーズちゃんも来たら?」
「そ、そんな……クルトに迷惑かけますし。それに私達が同行なんて許されるとも決まっていませんし……」
やれやれ。
また騒がしいことになりそうだ。
だが、ララの発言にも一理ある。
帝国との話し合いも、平和に終わらないような気がするしな。
そこで二人が学ぶことも多いだろう。
それに……1000年前と違って、俺も他の人と一緒にいることを、あまり鬱陶しく感じないようになっている。
校長や先生達といった大人だけより、ララとマリーズみたいな子がいた方が気持ち的に楽だ。
「分かった。じゃあ俺から校長に伝えてみるよ。俺から言ったら、大丈夫だと思うから」
「ありがとう、クルトっ!」
「クルトが良いっていうなら……わ、私も行きますからね!」
「マリーズも当然だ」
こうしてララとマリーズも付いてくることになった。





