32・封じられた魔法
前回のあらすじ・四大賢者の一人がしょうぶをしけてきた。
「クッ……! 一度魔法を防いだくらいで調子に乗るんじゃない!」
アルノルトは叫び、続けて魔法式を展開する。
彼を中心に渦巻きながら暴風が出現した。
これは……テンペスト・ドラグニル?
ほう。1000年前において、上級魔法に位置していた魔法だ。
同じ上級のイフリート・フレアが遺失と呼ばれたことを考えると、なかなか大したものだ。
それよりも俺が気になったのは……。
「「クルト!」」
ララとマリーズの声で一旦思考が中断される。
二人……そして三年生のコリーとグレンすらも、俺にしがみついてテンペスト・ドラグニルに耐えようとしていた。
風が吹き荒れ、全てを遠くの彼方に飛ばす魔法であるが、俺にとってはそよ風程度にしか思えなかった。
「どうした? もっと本気出してくれてもいいんだぜ?」
俺は右の手の平をアルノルトに向け、ファイアースピアを放った。
本来、弱々しいファイアースピアならば、テンペスト・ドラグニルの風に阻まれ届かないはずだった。
しかし……。
「グハッ!」
ファイアースピアは暴風の中を切り裂き、アルノルトへと突き刺さったのだ。
「ど、どういうことだ……? どうして我が魔法を前にして、反撃出来るのだ?」
一発で倒すつもりだったが、アルノルトはむくっと上半身を起こした。
これは……。
「そのお前が着てるローブって、なかなか丈夫に出来てるな。この世界のものにしては上出来だ」
「うるさい! た、たかが下等魔法ごときで、わ、我のテンペスト・ドラグニルを打ち破るとはどのような術を使ったのだ?」
アルノルトは地面に手を突き、わなわなと震えていた。
攻撃によって展開していた魔法式が中断され、暴風も止んでいた。
「魔法式の種類はいいんだけどな。だが、いかんせん質が低すぎだ。テンペスト・ドラグニルは、一瞬で周囲の風景を一変させる魔法だぞ? そこらへんの木、一つも地面から抜けてないじゃないか」
だからたかがこいついわく『下等魔法』……ファイアースピアごときに破られるのだ。
「もしかしてそれがお前の本気か?」
「ふざけるなああああああ! 下等な虫けらごときが、我に楯突くなああああああ!」
アルノルトが咆哮する。
「この魔法は負荷が大きいため、使いたくなかったが……やむを得ん!」
「クルト! 一体、なにが起こっているのですか!」
マリーズが叫ぶ。
アルノルトの体が光に包まれたのだ。
そして徐々に彼の体を包み込むようにして、装甲が完成していくのが俺には分かる。
「ほう……ギガント・ディフォメーションか……」
質は低いが、この世界ではお目にかかることの出来ない……と思っていた魔法を次から次へと使ってくれる。
アルノルトが使った魔法は、魔力によって分厚い鎧を作ってしまうものである。
あらゆる攻撃を防ぎ、さらに自身の身体能力も大幅に上昇させる魔法だ。
「ハハハ! 今の我なら例えドラゴンがいたとしても勝てるだろう!」
鎧に包まれ、顔も隠れたアルノルトが気持ちよさそうに笑う。
「ドラゴン?」
こいつはなにを言ってるんだ?
「そんなのじゃドラゴン一体すら倒すことも出来ないぞ?」
そんなもんじゃ、ドラゴンがブンと尻尾で払っただけで、アルノルトは吹き飛ばされ絶命してしまうだろう。
「なんだ! 交戦しているような音が聞こえてきたが……こ、これは……!」
「クルト? それに……あそこで倒れているのは帝国側の代表? なにが起こっているのだ!」
そうこうしている間に、エリカ先生とデズモンドも駆けつけてきた。
俺達が戦っている音を聞いて、緊急事態が起こっていることを察知し持ち場を離れ、ようやく到着した……といったところだろうか。
「先生……話は後です。ちょっと下がっててくださいね」
いくらデズモンドといえども、こいつ相手じゃちょっと荷が重い。
「ククク……王都側の教員か。ならば帝国の勝利のために、まとめて始末してくれよう!」
アルノルトの両腕がゆっくりと動く。
彼は近くの木を持ち、そのまま地面から引き抜いてしまったのだ。
「ふんっ!」
俺達に向かって大木が投げつけられる。
即座に身体強化魔法を使って、投げられた木をそのまま片手でキャッチした。
「やはり変形が甘いな。やはり……そんなことじゃドラゴン一体すら投げられないぞ?」
鉄球投げの次は大木投げといったところか……。
「デズモンド先生」
「ん?」
「あなたの授業で教えてもらったことを、実戦してみますね」
俺はそのまま木をアルノルトに向けて、放り投げた。
一直線に木はアルノルトに向かっていったが……。
「ふんっ!」
木はアルノルトには直撃したものの、どうやらそれで鎧を破壊することは出来なかったようだ。
アルノルトは衝撃で一歩後ろに退いたのみだったのである。
「ハハハ! どうだ! これこそ、我が得た神なる力! 木を放り返してくるのは意外だったが、それでは我が神なる鎧に傷一つ付けられん!」
別に今ので鎧を破壊出来ると思ってない。
投げられたから、投げ返しただけだ。
まあ今のでアルノルトの力は大体分かった。
「そろそろケリを付けるか」
そして……魔法も分析し終えた。
「うおおおおおお!」
「わっ! 魔法がいっぱいこっちにくるよ!」
とララの声。
アルノルトはファイアースピアを18本、同時に放ちながら俺達に向かって疾走してきたのだ。
「安心して」
俺はララ、マリーズ……三年生や先生達の周囲を守るようにして結界を張る。
うむ。
これだったら、流れ弾が当たっても大丈夫か。
これでやっと思う存分戦うことが出来る。
俺は剣を鞘から抜き、アルノルトを迎え撃った。
「おい、お前」
剣でいなしながら、アルノルトに話しかける。
「さっきから無詠唱魔法だよな? お前はなにからなにまで知ってるんだ?」
こいつだけ明らかにこの世界のレベルから考えて、力が逸脱している。
「死ぬ手前に教えてやろう。今ある魔法の常識は全て出鱈目なものだ」
「出鱈目?」
アルノルトの右拳が向かってくる。
それを俺は剣で火の槍をいなしながら、彼の話に耳を傾けていた。
「我も真理の全てを知っているわけではないのだがな。今からおよそ1000年前……恐ろしい魔法の数々が使われていたという」
1000年前……丁度俺のいた時代だ。
「それは異端者と呼ばれ、後に『魔王』と呼ばれた一人の男のせいだったと言われる。魔王の作った忌まわしき魔法を、我らが先祖は封印してしまった。その魔王の魔法を我らは《魔王魔法》と呼んでいる」
「異端者……《魔王魔法》……」
魔法革命をもたらした俺のことを、みんなは異端者と呼んでいた。
しかし魔王と呼ばれた覚えなんてないんだがな。
どうしてそんな物騒な言われ方をしなければならないのだ。
「だが……魔王の作った魔法は忌まわしいながらも、その全てが世界を滅ぼす力のあるものだ。帝国は封じられた魔法を密かに呼び起こし、研究を続けていた。そして元々魔法使いとして名を馳せていた我ら《四大賢者》に実験として、その魔法と理論が授けられた。これがその成果だ」
アルノルトがゆっくりと手の平を向ける。
俺を中心に爆発が起こる。
この世界では遺失扱いされているらしいイフリート・フレアだ。
「「クルト!」」
ララとマリーズの声が耳に入った。
心配してくれてるのだろうか?
だが、こんなもんで俺には……。
「傷一つ付けられんぞ?」
イフリート・フレア……爆発が起こる前に、マグマの高温にも耐えられるように体を変化させたのだ。
そのおかげで、先ほどの爆心地でありながらも、俺は火傷一つ負っちゃいない。
「さっきの話の続きだ。だったらその魔王の魔法……とやらが封印されてしまったから、魔法文明が衰退してしまったということか?」
「そういうことだ。我ら帝国の研究によると、魔王は突然この世界からいなくなったらしい」
その魔王というのが『俺』なら、この世界——1000年後に転生したからな。
「なるほどな」
この世界の衰退の理由は分かった。
しかし……まだまだ謎は残る。
どうして俺の作った魔法、そして理論を封じてしまったんだろう?
危険だから?
いやいや、便利なことは分かっていたはずだ。
実際1000年前はみんな魔法文明を素直に享受してたんだからな。
ならば……やはり帝国側は一枚も二枚も噛んでいる。衰退の鍵となるだろう。
「お前の知っている真理とやらはそれだけか?」
「その反応では汝もやはり知っていたようだな」
顔は見えないが、きっとアルノルトの口角は半月みたいに吊り上がっていただろう。
こいつからはこれ以上なにも得られそうにないみたいだな。
「もう一度だ! イフリート・フレア!」
再度アルノルトがイフリート・フレアを放とうとする。
だが。
「どうしたっ? どうして我の魔法が発動しない?」
アルノルトは驚愕に目を見開いた。
こいつの魔法は全て見切った。
「背反魔法だ。相手の魔法を打ち消すことが出来る。知らないのか?」
「バ、バカな! 魔法を打ち消す魔法だと? あれは相当な実力差がないと出来なかったはず……もう完成していたというのか! 汝はこれ以上なにを知っている……!」
暇潰しにはなった。
1000年後の衰退の理由の一端も分かったし、ちょっとはマシな魔法を目にすることが出来たからな。
しかしもう終幕に向かうとしよう。
「本当の魔法というものを見せてやるよ」
俺は手を空に掲げる。
魔法式展開……ララとマリーズ達の結界を破かないように……威力を調整して……。
「い、一体なにが起こるというのだ!」
アルノルトが恐れおののく。
「これがお前の言う1000年前に封印された——お前が言う真の《魔王魔法》とやらだ」
——ホーリネス・ゲート。
天へと通じる扉が開かれ、聖なる光によって相手を滅する魔法の名である。
「ああ……このような聖なるものが魔王の力だというのか……?」
アルノルトの鎧が徐々に溶けていき、やがて彼の姿は光で見えなくなっていた。
神々しい光がだんだんと拡散していき、真っ白な世界となる。
今回の戦いでは色々なことが分かった。
全てじゃないけど、この世界の衰退の理由。
そして……まだ俺より強いヤツってのはいないみたいだ。
ホーリネス・ゲートが閉じられた時には、アルノルトは消滅していた。