28・古代文字を解読した
迷宮を攻略したり、ララとマリーズに魔法を教えたり……していると早いもので、二ヶ月の月日が流れていた。
とうとう帝国の魔法学園との交流戦が近付いていって、五人の代表選手が発表されることになったのだ。
校庭に全校生徒が集められ、校長から高らかにそれは告げられた。
「代表は……一年生からはララ! マリーズ! ……そしてクルトだ!」
ほっ。名前を呼ばれて一安心だ。
折角楽しみにしていたのに、代表にすら選ばれなかったらシャレにならないからな。
「えーっ! わたしが代表選手に……!」
「やった……と、当然ですね! だってクルトに魔法をいっぱい教えてもらってるのですから!」
マリーズは口ではそうは言っているものの、体が軽く震えているように見えた。
「ララ。恐れる必要なんてないぞ」
「えっ?」
「二ヶ月間、ララを見てきたが、そんじょそこらの魔法使いには負けないだろう。それは俺が保証する。マリーズも一緒だ」
「う、うん! ありがと、クルト! クルトの足を引っ張らないように頑張るね!」
ララが俺の手を握って、満面の笑みになった。
「ちょ、ちょっと! あなた達、距離が近いですよ! ハレンチです。離れなさい!」
マリーズが間に割って入ってきた。
二人にもみくちゃにされながらも、俺はこの二ヶ月間を思い出していた。
やはり二人とも筋が良かったんだろう。めきめきと力を伸ばしていった。
そのおかげで、初期の身体強化魔法を覚えてないデズモンドくらいなら、なんとか勝てるくらいのレベルになった。
交流戦が楽しみだ。
——そしてとうとう交流戦当日となった。
《宝物迷宮》の入り口前に、代表選手が集められる。
魔法学園全体がお祭りムード一色で、特設の屋台が出たりもしていた。
だが、俺達は代表選手。あまりそういったお祭りを楽しめそうになかったがな。
ララ、マリーズ……そして三年生の代表の人と《宝物迷宮》に向かうと……。
「おいおい! 王都の魔法学園は代表に一年生が三人もいるらしいぜ!」
「もう勝負を捨てたのかよ!」
「しかも一人は欠陥魔力って言うじゃねえか。そんなもんで、我が帝国に敵うとでも?」
帝国側の選手に罵倒されるところからはじまった。
帝国の……ディスアリア魔法学園の先生もいるっぽいが、それを止めようともしなかった。
「んーっ! クルトをバカにするな!」
「そうですよ。それに一年生だと思って侮っていたら、痛い目になると思いますが?」
ララとマリーズは怯んでいない。
「ふんっ!」
帝国側の代表選手五人……のうちの一人が一歩前に出て、俺の顎をくいっと持ち上げた。
「確か……一際小さいチビの男が欠陥魔力って言ってたな」
「俺か? 俺なら確かに欠陥魔力だ」
「はっ! 嘘じゃなかったとはな! 一年生で欠陥魔力……今回の交流戦は楽勝だぜ!」
男が高笑いを上げる。
後ろでララとマリーズが怒っているが、俺はなんとも思っていない。
弱い犬ほどよく吠えるのだ。
「それにしても……」
「ん? どうした。もしかしてビビってんのか?」
挑発を繰り返す男。
そうじゃない。
あまりも男が隙だらけすぎて、驚いていたのだ。
そんな無防備に接近して大丈夫か?
しかも結界魔法を展開してないように思える。
有り得ない。
いくら実力に自信があろうと、今俺は魔法式を七重を同時展開しているんだぞ?
そのうちの一つでも発動すれば、こいつの頭なんて吹っ飛んでしまう。
それなのに、これだけ余裕綽々なのは……。
「クルト! 大丈夫ですかっ?」
マリーズはすぐに男から俺を引き離す。
「失礼しちゃうヤツ等だよね!」
「本当です! 交流戦では目にもの見せてあげましょう」
二人はぷんすか怒っているようだった。
冷静さを失わなければいいんだが。
「ララ、マリーズ。油断するなよ」
「「えっ?」」
「交流戦では確か相手への直接攻撃は禁じられてるんだよな?」
この交流戦は《宝物迷宮》でどれだけアイテムを素材を集めるか、といった勝負だ。
相手に直接魔法で攻撃したりすることは禁止。
即刻失格となってしまう。
だが……。
「相手はあえて挑発して、俺達に攻撃を仕掛けさせようとしたんだ。とんだ策士だぞ」
短気な相手だったら、今の挑発に乗ってしまい失格になるかもしれない。
「えー……わたしはそうは思えないんだけど」
「私もです。ただバカなだけでしょう?」
いやいや、帝国の代表選手がそんななにも考えてない頭空っぽなわけない。
……そうだよな?
頼むぞ、帝国。
「頑張るんだぞ。代表のみんな」
「クルト。お主なら今年こそ帝国に勝てるはずだ」
エリカ先生とデズモンドも俺達のところに駆け寄ってきて、そう激励してくれた。
どうやら《宝物迷宮》内のいくつかのポイントで、先生達が待機している。
不測の事態になって、生徒が危険にならないようという配慮らしい。
しかし心配するな。
そんなこと、あるわけないのだから。
◆ ◆
「さあ! いよいよはじまりました、今年の交流戦! なんとロザンリラ魔法学園は代表に一年生を五人中三人選出してきました! 交流戦の台風の目となるのでしょうか! みなさん、お互いの学校の勝利を願って、応援しましょうね!」
拡声魔法が使われているのか……学園中に女の声が響き渡った。
交流戦スタートだ。
その瞬間、学園中から爆発的な歓声が巻き起こった。
「一番乗りだ!」
スタートした直後、帝国側の代表が俺達を押しのけて、《宝物迷宮》へ入っていった。
「クルト! 急がないと!」
「先を越されてたら、中に残っているアイテムが根こそぎ奪われてしまうかもです!」
ララとマリーズは慌てているようだったが、
「まあそんなに慌てなくてもいい。とにかく一層から順番に収集していこうじゃないか」
「でも……」
「安心してくれ」
ララが不安そうな顔を見せる。
「君達が一年生の天才三人なんだね。ボクはコリーって言うんだ」
「オレはグレンだ! お前等の話は聞いている。最初の方は自由にやらせてやるから、力を見せてみろ!」
残り二人の王都側の代表選手が言った。
俺達以外は三年生なのだ。
ふむ。
やはり三年生ということもあって、ララとマリーズよりは落ち着いているようだった。
「さて」
あいつ等、早いな。
帝国側の選手がもう見えなくなってしまっている。
だが、こちらにはホームであるアドバンテージがある。
悪いが……。
「もう一層の地形は全て把握しているんだ」
「はい?」
マリーズが声をあげる。
「どういうことですか?」
「その通りだ。この二ヶ月間で一層の分析がとっくに終わっている。隠し通路含めて、全部理解している」
「では最初に潜った時と同じような通路が、いくつもあると?」
マリーズの言ってることは、最初に俺が魔石を見つけた通路のことだろう。
彼女の問いかけに、俺は黙って頷く。
「突き当たりに壁があるだろう。あそこには古代文字が記されていた。三年生の方々なら、何回も潜ってるから分かるでしょう」
「あ、ああ……どこのことを言ってるか分かるけど……」
「あんなの意味がない文字羅列だけだったのじゃねえのか? というか古代文字が解読出来るわけがない」
三年生でもさらに奥に通じる道を知らなかったか。
俺達は早速古代文字が書かれている壁の前まで辿り着いた。
「すっごい、ぐちゃぐちゃ書かれているけど、こんなの読めるわけないよ」
「クルト……? 今回はどうするつもりなんですか?」
ララとマリーズが問いかけてくる。
「俺にはこの古代文字が読め……いや、解読出来る」
「ほ、本当っ?」
「ああ」
ここにはこう書かれていた。
「ここから先の分かれ道。右手を選ぶがよい。さすれば至高の宝にありつけるだろう。
汝、もし進むべき道を見失った時。障害となる目の前のものに、解除魔法を使え。
その先、至高の守護者がいる。最後の難関を突破した時、はじめて手に入れることが出来るであろう」
「どうしてクルトが古代文字が読めるんですか?」
マリーズに問いかけに、俺はどう答えていいか分からなかったので口を閉じた。
だが、答えは簡単だった。
何故ならこの古代文字は1000年前の言語で書かれていたからだ。
まさかこんなところでお目にかかれるとは……。
1000年前とこの世界とでは、そもそも言語が丸っきり違っていたのだ。
おかげで転生してから、必死に一から読み書きを覚えるハメになったがな。
「で、でも……君が言ってることが本当なら、一層にまだこんな謎が残されていたなんて……!」
「それに、今まで誰も解読出来なかった古代文字を読めるなんてな」
「今年の一年生は本当に出鱈目のようだね」
三年生が驚きを通り越して、呆れているようだった。
まあ今は置いておこう。
「さて……この文字を読むに、分かれ道を右に進め。その先、行き止まりとなったら壁に解除魔法のロックリリースを発動せよ……と読めるな」
ロックリリースは開かない宝箱や扉を解除したりする魔法のことである。
だが、なんのヘンテツもなさそうな壁に使うとは……このヒントを読んでないと、気づけなかったかもしれない。
「でも本当にそんな道あるのかなあ?」
「それに守護者って……? わたし達が敵う相手なのでしょうか」
ララが首をかしげ、マリーズが考え込んでいる。
「心配するな。二人には内緒にしてたが、前に一度そこに挑戦してみたんだ」
「えっ?」
「ついでにそこの守護者とやらも、一発で倒しておいた。後はお宝を回収するだけだ」
俺がそう言うと、ララとマリーズも息を吐いた。
なにゆえ?
まあいい。さっさとお宝を回収しにいこう。
……とその前に。
「……ふんっ」
俺は斜め後ろを振り返って、ファイアースピアを放った。
「どうしたの、クルト? いきなりこんなところで魔法を使って」
「危ないですよ。そんな不用意に魔法を使ったら」
ララとマリーズ……というか三年生の男二人からしても、俺がなんにもない場所に魔法を放ったようにしか見えなかっただろう。
だが、そんな無駄なことを俺がするはずもなかった。
「なあに。ちょっと鬱陶しい虫がいたもんでな」
「……?」
全く……やはりこれも帝国側の仕業だろうか。
こんなこと、交流戦の前に聞いていなかったので、破壊しておいて問題なかっただろう。
疑問が残ってそうなみんなに背を向け、俺は至高の宝とやらに向かって歩き出すのであった。