26・鉄球を投げろ!
また日をはさんで『実技』の時間がやってきた。
「よし! 今日は鉄球投げに挑戦してもらうぞ!」
今日もデズモンド先生がみんなの前に立ち、豪快に言い放った。
「「「鉄球?」」」
デズモンドから放たれた単語を聞いて、みんなが首をかしげる。
「鉄球投げを知らないか……仕方がない。一般的ではないからな。ちょっと待っていろよ」
とデズモンドは右手に持たれていた、黒くて丸いボールのようなものを掲げた。
「ちょっとそこの生徒。持ってみろ」
「はい……って重っ!」
「当たり前だ。鉄球なのだからな」
重いとはいっても、持てないほどではないらしいな。
なるほど……。
その鉄球を投げる、というのが今回の授業の内容だろうか。
面白そうだ。
前世ではドラゴンの尻尾を持って、放り投げる競技もあったが、それの基礎的な内容になるだろう。
「どうしてそんなのが魔法使いに役に立つのですかっ?」
「うむ……魔法使いには体力も必要、と言っただろう? その考えに校長も賛同してくれたから、儂はここの先生になることが出来たのだ。魔法の前に体を鍛える! 魔力も大事だが、筋力も大切! 魔法ばかりで体力を疎かにしていたら、体が動かなくなってくるぞ?」
「はあ……」
「もちろん! 魔法なんて使って、鉄球を遠くに飛ばすことは禁止だぞ」
俺もデズモンドの言葉におおむね賛成だ。
魔法使いは魔法も大事だが、体力がなければ戦場では役立たずなのだから。
だが、同時に……俺はどうしても口をはさみたくなった。
「あの、ちょっといいですか?」
「お前か。なんだ?」
俺は手を挙げて、
「さっきから聞いていて思ったんですが……どうして魔法と体力を分ける必要があるんですか?」
「……なにを言ってるのだ?」
デズモンドは怪訝そうな顔つきになる。
「もちろん先生の言ってることは分かります。ですが……魔法と体力——すなわち物理。最終的にはそれを合わせることが理想のはずです」
まあまずは魔法を使わず投げてみて、基礎的なところを鍛えよう……という方針は分かる。
しかしデズモンドの言葉からは「魔法と物理は分けて考えるべきだ」という考え方が、滲み出ているように感じたのだ。
デズモンドは一転興味深そうな顔になって、
「魔法と物理を合わせる? そんな雲をつかむような話が実現可能なのか?」
「はい、可能です」
俺がそう言ってまずは実演してみようか、と考えてた時、
「おいおい! 欠陥魔力が調子に乗るんじゃねえよ! そんなこと出来るわけねえじゃないか!」
野次が飛んできた。
やれやれ。
魔法学園にも欠陥魔力を蔑むシリルのようなヤツがいるみたいだ。
「出来るから言っている」
「じゃあやってみろよ! そんなに自信があるなら、オレと鉄球投げで勝負するか?」
「おお、いいぞ。もし俺が負けたら、謝罪でもなんでもしてやる」
「その言葉忘れるなよ?」
喧嘩腰に突っかかってくる男子生徒。
入学試験での俺の戦いぶりを見てないんだろうか?
それに今からやろうとしてたところだ。
「じゃあデズモンド先生。ちょっと鉄球、渡してもらってもいいですか?」
「良いぞ」
デズモンドから鉄球を受け取る。
うわあ……見た目はまあまあ重そうだったけど、想像以上に軽かった。
これだったら力の調整を間違って、変なところに飛ばしてしまうかもしれない。
困ったな……。
「そうだな……」
俺は後ろを見て、ララとマリーズに目を合わせる。
「ララ、マリーズ。二人もやってみてくれ」
「えっ、わたし?」
「私……筋力には自信がないんですが?」
「良いから。二人ならもう出来るはずだから」
そのまま、ララとマリーズにごにょごにょと耳打ちをする。
魔力を使って、鉄球を遠くまで飛ばす方法を伝授したのだ。
「おいおい! お前じゃなきゃ意味がねえじゃないか!」
「心配するな。俺も後からやってやるから。それに女二人に勝てる自信がないのか?」
「バ、バカにするな!」
男子生徒が顔を真っ赤にする。
「後悔するなよ……じゃあオレからいくぜ? うおおおおおおおお!」
男子生徒は早速右手で鉄球を持って、肩のところにセットする。
そして押し出すような形で、鉄球が手から放たれたのだ。
「どうだっ?」
「うむ……10ミータルだな。なかなかやるじゃないか」
デズモンドがメジャーで計測すると、男子生徒は得意気に鼻をすすった。
「もしやお主。この鉄球投げという競技を知っておったな? 投げ方がまず違った」
「ふふふ。どうでしょうね」
デズモンドに問いかけに、男子生徒はそう答えた。
なるほど。
肯定こそしなかったが、最初から鉄球投げというものを知っていたということだろう。
だからこそ自信満々に喧嘩をうってきたのか。
だが、投げ方とか知ってるかもしれないが、それでも体力任せに放り投げただけだ。
二人の敵にはならないだろう。
「じゃあ……次はわたしだね」
今度はララが鉄球を持つ。
重そうだ。あんなに細い腕をしてるからなあ。無理もない。
「ララ。魔法、魔法」
「う、うん! 忘れてた!」
ララが魔法式を組んでライズパワーを発動させる。
……うむ。
今、魔法式を教えて一発本番でうまくいくかちょっと不安だったが、どうやら上手く組めたらしい。
歪な魔法式ではあったが、なんとか発動は出来ていそうだ。
「えいっ!」
そしてそのまま鉄球を放り投げる……。
「うおっ! どういうことだっ?」
先ほどの男子生徒が驚きの声を上げる。
ララの投げた鉄球は、明らかに男子生徒の二倍の距離のところまで届いていた。
「に、20ミータル……お主。なかなか怪力じゃなあ」
「クルトのおかげですっ」
ララが嬉しそうに飛び跳ねていた。可愛い。
「じゃあ次は私ですね」
マリーズが一歩前に出る。
彼女は最初からライズパワーを発動させてたみたいだ。
魔力の操作こそ、昨日特訓したララの方が上。
しかし魔法式の完成度がララより段違いだ。
はじめて教えてこれとは……だてに『天才』の異名は持っていなかったらしい。
まだまだ改善点も多いが、魔法式の方向性は間違っていない。
「えいっ!」
同じようなかけ声でマリーズが鉄球を放る。
ぴゅいーん。
まるで普通のボールのようにして、鉄球が弧を描いた。
「……に、25ミータルだと? バカな。儂の最高記録を超えたぞっ?」
マリーズが達成した記録に、周囲のどよめきがより一層大きくなった。
「これが身体強化……魔法?」
マリーズは自分も驚いたようにして、右手をグーパーと握ったり広げたりしていた。
「そ、そんなバカな……!」
男子生徒は驚き、目を大きくしていた。
さて。
ララとマリーズのおかげで、大体コツはつかめたような気がする。
次は俺の番だな。