25・魔法使いには体力も必要だ
翌日から魔法学園の授業がはじまることになった。
だが……。
「退屈だな」
思わず欠伸をしてしまう。
座学はあまりにも低レベルなものだったのだ。
しかも教師の教え方もあまりよくない。
例えば。
『まず……アイスボールの詠唱文律を暗記しましょう』
といった具合だ。
やはりこの世界では詠唱魔法がスタンダードなので、そのような非効率な授業になってしまうのだ。
みんな、黒板を血眼になって見つめ、熱心にノートを取っている。
「ダメだ……眠い……」
俺は窓際の一番後ろの席なので、太陽の光がポカポカと温かいのだ。
眠気を押さえられず、俺はいつの間にか眠っていた。
◆ ◆
そして昼前の最後の授業。
校庭にクラス《ファースト》のみんなが集められ、『実技』の授業が行われた。
「おお……! やっと面白そうな授業がやってきたか」
「クルト。なんかとっても気合が入ってるね」
ララが話しかけてきた。
当たり前だ。
魔法研究……も嫌いではないのだが、やはり体を動かして魔神とか倒している方が、性が合っている。
「一体どのような授業なのでしょうか?」
心なしか、マリーズも少し声が上ずっているように聞こえた。
それからしばらくすると、予想だにしない人物が校庭に姿を現して、みんなは目を丸くするのであった。
「ガハハ! お前等、筋トレはしてるか?」
「デ、デズモンドさんっ?」
なんと校庭に姿を現したのは、入学試験で俺が戦ったジジイ——元Sランク冒険者だとかいうデズモンドだったのだ。
「どうしてあなたがここに?」
マリーズが一歩前に出て、デズモンドに質問する。
「今年から儂がこの学園の教師として赴任することになったのだ。主に実技の授業を担当する。なあに、儂は優しくするつもりだ。安心しろ! ガハハ!」
デズモンドは腰に手を当て、豪快に笑った。
なるほど……。
確か入学試験、デズモンドのお連れは「今日は見学だけのはず」とかうんぬん言ってたな。
どうして魔法学園に来たんだろうか、と思っていたが……こういうことだったとは。
「デ、デズモンドさんの授業……まさか伝説の冒険者の方に教えてもらえるなんて!」
「バカ! 鬼のデズモンドとも呼ばれていた人だぞ? どんな厳しい授業が待っているのか……ブルブル」
「でもデズモンドさん……ってかデズモンド先生って魔法使えないんじゃー?」
周囲から期待しているような不安なような言葉が聞こえてきた。
「楽しみだな」
そんな中、俺は素直に呟く。
この世界において、俺が身体強化の魔法を使っても、対処しきれていた男なのだ。
面白くなりそうな授業に胸が躍る。
「そうだ。確かに儂は魔法が使えない」
とデズモンドは眼光を鋭くした。
「だが、魔法使いも魔法ばっか使ってたらダメだぞ? 体力がないとダメだ。というわけで儂の授業は……主に基礎体力と体術を身に付ける方針でいこうと思う!」
ふむ。
それは俺にとっても同感だ。
いくら魔法使いといっても、戦場においては基本的に動き回らなければならない。
魔力も気力も十分……だが「疲れて動けませ〜ん」じゃ役に立たない。
俺が感心して頷いていると、
「ど、どうして魔法使いに体力が必要なんだ!」
「後衛で魔法を唱えるだけだから、体力は必要ないはずなのに……」
と周囲は的外れなことを言っていた。
だが。
「うーん、クルトを見てるとそれも間違ってないのかな?」
「私もララに同感です。クルトの戦いを見てると、とても後ろで控えているだけの魔法使いでは弱いように思えますから」
ララとマリーズは理解を示していた。
俺が魔法を教えているので、自然と考え方も身についてきたんだろう。
「よし……まずは持久力を鍛えよう。校庭50周だ!」
「ご、50周っ? そんな無茶な!」
周囲から悲鳴が上がる。
「うっせえ! ちなみにこの授業中……一時間以内に50周走れなかったものは罰ゲームがある。みんな、気を引き締めていくんだな」
「罰ゲームって……?」
「昼休み。次の授業までただただ走る楽しい罰ゲームだ」
「お、鬼だ!」
50周か。
丁度準備運動には良いだろう。
「では……はじめ!」
結果だけ言おう。
授業の時間内に50周を達成出来たヤツは一人しかいなかった。
もちろん、俺のことだ。
「こ、これはきついね……」
「どうしてクルトだけが……はあっ、はあっ……平気な顔をしているんですか?」
ララとマリーズは地面に尻を付いて、息を切らしている。
当たり前だ。
「こんなもので疲れてしまったら、一日で迷宮百層を攻略することすら出来ないぞ?」
「それはあなただけの常識……です……はあっ、はあっ」
息を切らしながらも、マリーズはツッコミを入れた。
ちなみにマラソンにおいては身体強化を使っていない。
それをやってしまったら、一瞬で50周達成出来るが、体力を鍛えるという主目的があるためだ。
「お前は……確か入学試験で戦ったとんでもないガキだったな?」
「覚えていてくれてたんですか」
「当然だろう」
デズモンドは驚いている様子だった。
「正直……一回目の授業で50周を達成出来るヤツは、いないと思ってたんだが。お前……体力も化け物かよ」
「どうも」
魔法学園に来る前からも、日課のトレーニングとしてマラソンは取り入れていたのだ。
これでもまだ1000年前の全盛期には届かない。
「それから一つ……聞いていいですか?」
「ああ、なんだ?」
「準備運動が終わったわけですが、これからなにをするんですか?」
カーン——カーン——。
俺が問いかけると、丁度授業終わりを報せる鐘の音が聞こえた。
「残念。授業終わったみたいですね」
「……これだけやって、準備運動だと言い張るお前に、さすがの儂も戦慄を覚えるぞ」
実技の授業は明日もあるみたいだし、次回のお楽しみだ。