24・はじめての唇
「無詠唱魔法のコツってのは、魔法式の組み立て、魔力の流れ、イメージ等多岐に渡ってくる」
「うんうん」
ララはソファーに座って、健気に頷いていた。
「今までは詠唱すれば中途半端な魔法式が勝手に組み上がって、魔法を放てただろうからな。魔力の流れなんて気にしたことなかっだろう?」
「うん……」
「それがこの世界の常識なんだからな。仕方のないことだ」
「この世界……?」
「あっ」
思わず口が滑ってしまった。
ララが首をかしげる。
まだ転生魔法については、みんなに内緒にしておきたい。無駄に騒がれるのは嫌なのだ。
コホン、と誤魔化すように咳払いをしてから、
「と、とにかく! 今回は魔力の流れを練習しよう。それくらいなら、部屋の中でも出来るから」
「よろしくお願いします!」
とララは深く頭を下げた。
ふう。あまり突っ込んでこなくてよかった。
「でも魔力の流れってどうすればいいの?」
「そうだな……ちょっと両手握らせてもらうぞ」
「わっ!」
ララの両手を取ると、目を大きくしていた。
向かい合ったまま、指を絡ませるように手を握ってから、ごくごく少量の魔力を送ってみた。
「どうだ?」
「す、すごいよ! なんだか体が熱くなってきて、なんだかおかしくなってきそう!」
ララが顔を真っ赤にして言った。
ん?
俺にしたら一滴くらいのつもりだったが、多すぎたのか?
魔力過分による発熱が起こっているじゃないか。
……もっと少なく。
「これだったら?」
「う、うん……さっきよりは落ち着いてきた」
徐々にララが顔色を戻していった。
うむ……送っている魔力が少なすぎて、やりにくいが仕方ない。
「前に教える時にも似たようなことをしたが……あくまで補助のためだった。今度は自分で魔力の流れをつかめるように、頑張ってもらう」
「う、うん!」
「それにこれを応用すれば、魔力が少なくなっている者に魔力を供給することが出来る」
「えっ……? じゃあ元気な魔法使いがいれば、魔力切れの人を助けることが出来るってこと?」
「まあそうだが……あまり推奨はしないな。魔力色……欠陥だとかの種類のことだな。これが合っていれば、まあまあ使いものになるんだが、違っている場合は余計に疲れるだけだ。ララは不遇魔力で俺は欠陥だから、今回は練習のためだけだ」
「そうなんだ……」
「ん? 知ってるだろ?」
「はじめて知ったよ!」
魔力供給の知識についても、常識じゃなかったのか……?
まあそれについては置いておくとしよう。今は関係のない話だ。
「よし。ララの魔力をグルグル回してみるぞ」
「分かった——キャッ!」
短い悲鳴をララが上げる。
「どうだ。なにか感じるか?」
「変な気持ちになるよぉ。でもまるで体の中に水があって、それがグルグル動き回っているみたい」
「そうだ。それが魔力の流れというものだ。今は右回りに魔力を回しているけど、それを止めようとしてみて」
「う、うん」
必死にララが魔力の流れを止めようとする。
「もっと力を入れて。最初は息を止めてみたらやりやすいかも」
「うん! 体をちょっと動かしても、やりやすいね!」
「そうだ。筋が良いぞ」
ララが俺の両手を握ったまま、弧を描くようにして体を動かしていった。
力は弱々しいが、徐々にコツを覚えていっているようだった。
「よし……これで終わりにするか」
「ぷはあっ!」
手を離した瞬間、ソファーの後ろに手を突いてララは息を吐いた。
「とっても疲れるね」
「まあ特訓だからな。それでファイアースピアの魔法式を思い浮かべて、放とうとしてみて。だが、そのまま間違えて放つんじゃないぞ」
「分かった! ……わっ! 迷宮でやった時よりやりやすい!」
ララが両手を前に掲げて、目を見開いた。
良くなったことは、俺の目から見ても分かる。
魔力の流れが格段に良くなっていて、無駄な放出が少なくなっているのだ。
これだったら、迷宮でやった時より魔力消費も少なく済み、高威力の魔法を放つことも出来るだろう。
「さっきは補助したけど、時間が空いた時に魔力の流れを確かめてみて。どんどん良くなっていくはずだから」
「うん! ありがとっ、クルト! ちょっぴりだったけど……クルトのおかげで強くなったような気がするよ!」
ララが満面の笑みになった。
思わず見とれてしまう。
「ん?」
「どうしたの、クルト?」
「ちょっと静かに。部屋の外に誰かがいる」
「えっ……! んんんっ!」
左手は人差し指を立てて口元に当て、右手でララの口を押さえた。
探知魔法に気を集中する。
この形は……エリカ先生か?
「おかしいな。どうしてクルト……男子生徒の部屋なのに、女の声が聞こえるんだ?」
扉の向こうからエリカ先生の声。
それを聞いてララも察したのか、体を縮ませて息を潜めた。
「もしや……不純異性交友か! ならば例え相手が規格外の天才でも、罰さなければならない!」
怒っているみたいだ。
「うわ……部屋入ってきそうだ」
「んんんっ!」
俺達は慌てて、クローゼットの中に身を潜めた。
入寮したばかりで、服等ほとんど入っていないのが幸いした。
しばらくして。
「……どうやら行ったみたいだな」
探知魔法を使うと、エリカ先生は部屋に入らずどこかに行ったのを確認した。
さすがに無断で部屋に入る、なんてことはしないか。
とはいえ明日、追及されてしまいそうだ……。
「気が重いな」
「んんんっ!」
「あっ、ごめん。口を塞いだままだった」
口から手を離す。
さっきは夢中すぎて意識していなかったが、こんな薄暗い場所で女と密着しているなんて……。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
「ねえクルト」
「なんだ?」
ララの顔がすぐ前にある。
愛くるしい小動物のような可愛らしさだ。
ララはもじもじとしながら、こう続けた。
「クルトはわたしのこと、どう思ってる?」
「どういうことだ?」
「いや……好きとか嫌いとか、そういう話だよ!」
こんなところでララはなにを言ってるんだろうか?
ああ、分かった。
こんな深夜に特訓に付き合わせたのだから、嫌われたと思ったのだろうか。
だったら。
「大丈夫だ。嫌いじゃない」
「ということはっ?」
「嫌いじゃないってことは、好きってことだな」
彼女を励ますつもりで言った。
だが、ララは違う風に解釈したのか、
「良かった……ねえクルト」
「ん? どうした?」
「ちょっと目を瞑ってくれる?」
「えい!」
彼女に言われた通りにした。
すると——唇に柔らかいものが押し当てられた。
「んっ?」
反射的に目を開ける。
そこにはララが唇を、俺のものと重ね合わせていたのだ。
「……ふう。ごめん。いきなりこんなことしちゃって」
「いや……大丈夫だ。突然だから驚いただけで」
とは辛うじて口では言えるものの、間違いなく俺は動揺していた。
前世でこういう経験には疎かったので仕方がない。
それにしても……これは危険だ!
一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
この隙に魔物なんかに襲われてしまったら、ちょっとだけ危険に陥ってしまうかもしれない。
「クルト」
「なんだ?」
「……もう一回していい?」
彼女の問いかけに、俺は首を縦に動かすのであった。