23・魔法学園の寮
「なかなか立派な建物だな」
用も済んだところなので、今日はもう寝ようと寮の前まで戻ってきた。
ロザンリラ魔法学園は全寮制になっているのだ。
校舎のすぐ隣に位置している寮は、煌びやかで洗練さているようにも見えた。
「お洒落な建物だよね。キレイだし!」
「ロザンリラ魔法学園の寮は、有名な建築賞も貰っているものです。この寮に住みたいがために、魔法学園に入ろうとする人もいる程ですから」
ララは目を輝かせ、マリーズは腕を組んで冷静に言った。
ふむ……。
立派な建物といったのは本音だ。
しかし結界が張られていないようだが?
心配なので張ってやろ……いやいや、こうやってお節介を焼くのは俺の悪い癖だ。
なにか起こりそうになってからでも、問題はないだろう。
「あっ、エリちゃんだ!」
寮の前ではエリちゃん……俺達のクラスの担任、エリカ先生が立っていた。
「新入生の中で、戻ってくるのは君達が最後だぞ」
「えっ! いつの間にかそんな時間に!」
「迷宮に行ったり、ギルドに行ったり武器を選んだり……色々していましたからね」
エリカ先生は厳しい視線を向けていた。
「で……どうして先生がここに?」
「私は君達の担任でもありながら、寮の最高責任者でもあるんだ。君達に寮の規則表と、割り当てられた部屋番号を伝えるためにここにいる」
とエリカ先生は言って、俺達に薄い冊子と部屋番号が書かれた紙を差し出してきた。
どうやら俺はA棟の八階に位置する部屋らしい。
それにしても……俺達の担任もやりながら、寮の責任者もやっているなんて、エリカ先生は過労で倒れたりしないんだろうか?
そんなんじゃ、彼氏や夫といった人と会う時間を捻出する時間を作るのも難しいだろうに。
先生の歳からして、パートナーがいてもおかしくないはずだ。
「わたしはA棟の三階だ!」
「私もです……って男女が同じ建物なんですか?」
「ああ。学校の寮は男女混合になっている。しかし変な気は起こすなよ? 異性交遊は禁じているんだからな」
なんと。
まだ校則には目を通していないが、そんなものがあったとは。
「……そんな校則存在しないはずですが? 私、校則には一通り目を通して全て暗記しましたので」
マリーズが先生にジト目を向けている。
しかし先生は毅然とした態度で、
「例え校則がないとしても、魔法鍛錬の不純異性交友をするなんてもっての他だ! しかも君達は一年生だ! そんなことをする暇があったら、魔法の一つでも覚えなさい!」
……なんか個人的な私怨も感じるな。
「寮の責任者である私が命ずる。異性の部屋に私の許可なく入ることは、規則違反になるからな? よーく覚えておけ」
最後に先生はそこを強調して、俺達の前から去っていった。
なかなか厳しい先生だ。
だが、不純異性交友が魔法の妨げになる、という意見は通じ合うところがある。
前世において、俺は女なんかに脇目を振らずに魔法を鍛え続けていたからな。
……ただ女の子に喋りかける勇気がなかった、わけではない。
「……先生、なんか怒っていたね。わたし達が早く帰ってこなかったからかな?」
「いえ……おそらくですが、違うと思います」
去っていく先生に聞こえないように、ララとマリーズがコソコソ話をしていた。
なにはともあれ、今日はもう寝させてもらおう。
体力的にはまだまだ疲れてないが、さすがにイベントが盛りだくさんで気疲れした。
人が多いところは、前世から苦手だったのだ。
◆ ◆
寮の部屋はなかなか広いところだった。
「さすがだな。まあ一応名門ということらしいし……」
ソファーに腰掛けて、くつろぐ。
こうしてたら、なんだか眠くなってきた……。
瞼を閉じると、自然と眠りに落ちてしまったのであった。
(ん?)
半目を開けると、部屋は真っ暗であった。
手繰り寄せて時計を見ると、どうやら眠ってしまっている間に、深夜を越えようか……とするくらいになっているらしい。
……誰か部屋の中に侵入してきてるな。
眠っている間にも探知魔法を使っていたので、察知出来た。
前世ではこうしておかないと、いつ寝首をかかれるか分からなかったからだ。
そいつは足音を忍ばせて、俺の方へ向かってきている。
不意に寝てしまったものだから、部屋に鍵をかけてなかったのだ。
どういうつもりだ?
まあ良いだろう。
誰かも把握出来たし、あちら側の動きを見せてもらおう。
「クルト……」
そいつが俺の名を呼ぶ。
だが、あえて俺は目を瞑ったまま寝たふりをしていた。
「起きて……キャッ!」
「!?」
予想外の行動だったため、反応が遅れてしまった。
そいつは俺を起こそうとしたのか、手を伸ばそうとしたところで転倒してしまったのだ。
しかも俺に覆い被さる形で。
「……お前はなにをしているんだ? ララ」
「ご、ごめん!」
と——侵入者ララは慌てて謝った。
「す、すぐにどくから……あっ!」
そんなに慌てるものだから、またララが体勢を崩してしまった。
しかも……今度は俺の顔にララの胸が押し当たる形でだ。
ララの胸はかなりでかかった。
その柔らかい感触は1000年前においても疎い分野だったので、すぐに言葉を発することが出来なくなっていた。
「ホント、ごめんね! 今度こそすぐにどくから!」
ララの胸が顔から離される。
ふむ。
俺としてはもう少しこのままでもよかったが……ってなに考えてんだ、俺。
「それで……なんの用なんだ? こんな夜中にやって来て。エリカ先生の話は聞いてなかったのか?」
俺は照明を付けながら、ララに問いかける。
この照明には魔石が付けられており、操作することによって部屋を明るくするものなのだ。
だが、反面。低質な魔石を少しだけ使用していることもあって、よく『電気(魔石)の使いすぎには注意!』とも教えられていたな。
「うん……でもどうしてもクルトにお願いしたいことがあって」
「俺に?」
「だからこんな夜中にやって来ちゃった」
てへっ、という感じでララが舌を出す。
そして真っ直ぐと俺の目を見て、
「お願い! 今からわたしを女にしてください!」
とんでもないことを言い出したのだ。
……こいつはいきなりなにを言うんだ。
「あっ! ごめん! 女っていうのは……もっと魔法のことを教えてくれて、特訓付けてくれて、立派な魔法使いの女にしてくださいってことだから!」
どうやら俺の想像していたこととは違ったらしい。
若干拍子抜けた気がしながらも、
「いきなりなんなんだ? 約束したじゃないか。ララとマリーズに魔法を教えるって。慌てなくても大丈夫だ。もしかして俺が約束を反故するような男に見えたのか?」
「ち、違うんだ! そういうことじゃなくて……」
「だったら?」
「わたし……マリーズちゃんに勝ちたいんだ!」
ララは拳をギュッと握った。
「マリーズに?」
「うん! 迷宮で無詠唱魔法を教えてもらったけど、マリーズちゃんの方が上手く使えてたもん。このまま同じようにやっていても、マリーズちゃんに負けちゃう……だからみんなが寝ている時にでも練習しないと!」
うむ。
なかなか向上心のある子だ。
俺も前世……というか今でも、常に誰よりも強くなろうとしている。
ライバルを出し抜きたい、誰よりも強くなりたい……という気持ちには共感出来た。
「……ふう。分かったよ。だけど今度からは事前に言ってくれよ。心臓に悪いから」
「ご、ごめんね! いきなり部屋なんかに入られたら、怖くなっちゃうよね!」
いや、怖くなるとかいう問題より、さっきみたいに胸が顔に当たったら戸惑ってしまうのだ。
「じゃあ……部屋の中でも出来る、魔法の特訓とやらをはじめようか」