19・普通の魔法です
「さて……ベヒモスを換金しようと思うんだが、二人はギルドがどこにあるか知ってるか?」
前世では魔物から取れた素材は、冒険者ギルドで換金するのが通例だったのだ。
この世界での常識は知らないけど……。
「魔物をギルドでお金に換えるって冒険者みたい! けど、ごめん。わたしは知らないな……」
「だったら私が案内しましょう。小さい頃、私は王都に住んでいましたからね。それに入学試験までに何度も訪れていますから」
「助かるよ」
よかった。
どうやらこの世界でもその常識は変わっていないようだった。
マリーズの案内に連れられて、冒険者ギルドへと向かった。
「ここか?」
「ええ。早速入りましょう」
マリーズは躊躇せずに、ギルドへと入っていった。
ほう……。
なかなか度胸がある女だな。
前世において、冒険者ギルドなんてものは荒くれ者の集まりだった。
俺達みたいな子どもがギルドなんて入ったら、たちまち目を付けられ身ぐるみ剥がされることもあったのだ。
それにマリーズはかなりの美少女なので、余計にそういうこともあるだろう。
さて……この世界の冒険者はどんなに面白いヤツがいるのか。
ワクワクしながら、マリーズに後に入ると、
「……ん?」
「どうしました、クルト?」
マリーズが首をかしげる。
「ここ、本当に冒険者ギルドか?」
「ええ。もしかして私を疑っているんですか」
とマリーズは頬を膨らませていたが、そういうわけではない。
「えーっと、役所とかじゃないんだよな?」
「役所はもっと静かですよ」
「もっと静か……?」
愕然とする。
俺からすると、このギルドは静かすぎるのだ。
そりゃ、物音だとか冒険者らしき人が話している声は聞こえる。
だが、俺達を見ても「お? 子どもなんて珍しいな?」と好奇の視線を向けるものの、いきなり襲いかかってくるヤツもいない。
「なんというか……平和なんだな」
「やっぱりクルトは肝が据わっているねー。わたしなんて、ここ入ってから緊張しっぱなしだよ!」
「私もです」
俺からすると、二人とももっと警戒した方が良いと思うぞ。
それだったら、いきなり首を切断するために刃を向けられても、防御出来ないじゃないか。
「……まあとにかく受付に行こう」
居心地が悪い気分になりながらも、三人で受付らしきテーブルへと向かった。
「ギルドは、はじめてですか?」
「はい」
「だったら冒険者ライセンスを作成することから……」
「いえ、ロザンリラ魔法学園の学生証があります。こちらで代用出来ますよね?」
横からマリーズが顔を出して、学生証を取り出した。
受付嬢はそれを見るなり、ニコッと笑顔になった。
「はい。確かに魔法学園の学生証ですね。それにしても……一年生ということは、まだ入学初日なんじゃ? どのようなご用でしょうか。ギルド見学でしょうか?」
「いえ、魔物を退治したので換金しにきました」
と俺が言うと、受付嬢は「換金……?」と目をパチパチさせて、
「ま、まだ入学初日なのに魔物なんか倒したんですか! すごいですね! そういえば聞いていますよ。なんでも今年の魔法学園には天才が三人いるって」
興奮したような口調で言った。
天才が三人か……。
そんなことも既に話が回っているというのか。
受付嬢があまりに大きな声を出すものだから、ギルドにいた他の冒険者からの注目を集めてしまった。
「ですが……魔物の素材らしきものが見えないんですが? ウルフかなにか倒したんでしょうか。ここには持ってきていない?」
「いえ今すぐにでも出せるんですが……このテーブルに載らないと思うんですけど」
「……? どういうことですか」
「見てもらえれば分かると思います」
「よく分からないですが、床に置いてもらってもいいですよ。とにかく現物を出していただければ」
「うーん……」
思ってたより、ギルドはこじんまりとした場所だったのだ。
それに壁も床も柔い素材で出来ているように見える。
こんな魔法でコーティングもしていない床……ベヒモスなんか出したら、抜けないだろうか?
まあ受付嬢が「良い」と言ってるんだから、出させてもらおう。
「じゃあお言葉に甘えて……」
俺は収納魔法からベヒモスの死体を取り出した。
受付嬢や他の冒険者から見れば、なにもない床にいきなりドーンとベヒモスが現れたように見えたんだろう。
「うわっ! どうしてこんなところにベヒモスが!」
「《災害級》のモンスターが街中に……?」
「ちょっと待ってくれ。このベヒモス、どうやらもう死んでるみたいだ!」
ギルド内が騒然となる。
受付嬢や職員もオロオロとしており、対応に困ってるみたいだった。
「安心してください、みなさん」
混乱している人達に聞こえるように、俺は少し声を張って続けた。
「これは俺が《宝物迷宮》で倒した魔物です。死んでるんで大丈夫ですよ」
「《宝物迷宮》で倒した……?」
それからみんなは恐る恐るベヒモスの体をペチペチ叩いたりする。
「本当だ……確かに死んでいる。安全みたいだな」
「良かった……王都が滅びるところだった」
どうやら死んでいることが確認出来て、冒険者やギルド職員達はほっと胸を撫で下ろしたみたいだ。
それにベヒモスごときで、大袈裟だな。
こんなもんで王都が滅びてしまったら、ドラゴンなんて来たら世界が滅んでしまうんじゃなかろうか。
「はい……確かにベヒモスのようですね。でも一体どこから出てきたんですか?」
「ああ、俺の収納魔法です」
「収納魔法……? なんですか。聞いたことありません」
ああ、そうだった。
この世界では収納魔法は一般的じゃなかったみたいなんだ。
だが、これ以上騒がれるのも面倒臭い。
俺は(比較的)平和に暮らしたいのだ。
幸い受付嬢は魔法のことがよく分かっていないらしい。
なので俺はこう口を開いた。
「普通の魔法です。そこらへんの子どもでも使えます。主婦とかにも便利かもしれません」
「「普通じゃないよ!(ありません!)」」
ララとマリーズが声を合わせて、否定した。
おいおい、二人とも。
折角俺が上手く誤魔化そうとしていたのに、横から余計なことを言うんじゃない!
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