コミカライズ7巻発売記念短編・クルトの暇つぶし(下)
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その後、悪魔から話を聞くと……。
『……というわけなんだ。そいつ……精霊が、オレの育てたリンゴを勝手に食べやがった。オレが怒るのも仕方ないだろう?』
悪魔はその巨体を縮こませ、体育座りをしながら、事の経緯を説明してくれた。
どうやら、こいつは悪魔の農家らしい。
人里から離れ、ひっそりとリンゴを育てていたが……その時にこの精霊が現れ、リンゴをパクリと食ってしまったらしい。
だが、悪魔も鬼じゃない。精霊が謝れば、それで終いにするつもりだった。
しかし、こともあろうか精霊は『不味い!』と言い放ち、謝りもせずに悪魔の前から逃亡。
憤怒した悪魔は精霊の魔力を辿って、ここまで追いかけてきた──というわけだった。
「…………」
その説明を聞き、俺は精霊の方へ顔を向ける。
「お前が──全面的に悪いではないか!」
『ご、ごめんなさい!』
すかさず慌てる精霊。
『精霊と悪魔っていうのが、仲が悪くてね……なんで悪魔に謝らないといけないと思ったら、つい不味いって言っちゃった』
「はあ……。精霊たちの事情も理解するがな。だが、大切に育ててるリンゴを勝手に食べて、謝らないのはダメだ。ほら、そいつに謝れ」
『ごめんなさい……私の口には合わなかったけど、あんたの努力をバカにしちゃったわ。私が全面的に悪い……です。リンゴは不味かったけど』
『分りゃあ、いいんだ。なんか腑に落ちないが……』
精霊からの謝罪を受け、悪魔は深く溜め息を吐く。
『まあ、これに懲りたら、もう勝手にリンゴを食べんなよ。あっ、ちゃんとお金を払うなら別だ。ちゃんとお客さん扱いはする』
『ありがとう。でも、行かないと思うわ。だって、不味かったし』
「お前は謝るのか喧嘩を売るつもりなのか、どっちなんだ!」
俺が叱ると、精霊は『ひっ!』と短い悲鳴を上げた。
悪魔も色々と思うところがあるんだろうが、これ以上俺たちと関わり合いになりたくないと考えたのだろう。苦い顔を作ってから、その場からおとなしく去っていった。
「とんだ災難だったな……まさか、喧嘩の仲裁をすることになるとは」
『ごめんなさい……』
俺が溜め息を吐くと、精霊は心の底から申し訳なさそうに謝罪した。
「……まあいい。お前は元の場所に戻れ。俺はそろそろ寮に戻る。補習も終わってる頃で──」
『待って!』
踵を返そうとする俺を、精霊が慌てて止めにきた。
「まだなにか用か?」
『ええ。とっても大事な……ね』
そう言うと、精霊は自分の胸をバンッ! と叩き、力強くこう告げた。
『あんた、私のカレシになってくれない?』
「はあ?」
妙なことを言われ、今度は俺がきょとんとする番だった。
『人間なんて、みんなバカだと思った。でも……あんたは違った。精霊よりも聡明で……そして、なによりも優しい。お願いします、私と付き合ってください!』
顔を赤くし、右手を前に差し出す精霊。
いきなり、なにを言うんだか……。
好意を向けられることは嫌ではないが、生憎そんな暇はない。俺は魔法を探求しなければならないのだ。
ゆえに否定の返事を紡ごうとすると──。
「クルトー!」
「補習、終わりました」
タイミングがいいのか悪いのか──。
ララとマリーズが手を上げて、学園の校舎の方から走ってきた。
「ララ、マリーズ」
俺は精霊から視線を外し、二人の名を呼ぶ。
「補習、無事だったか?」
「うん! いつもクルトに教えてもらってるもんっ! 補習くらい、お茶の子さいさいだよ!」
「あなたの授業に比べたら、とても簡単でした」
ララとマリーズは俺の前で立ち止まり、そう口にする。
「そうだったか。よしよし……」
ララとマリーズの頭を撫でてあげる。
ララは満面の笑顔。一方、マリーズは頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに俯いていた。
心配はしていなかったが、やはり二人にとって補習など取るに足らないものだったか。
まあ、当然だろう。
千年前でも、ララとマリーズ以上に出来た人間は希少だったのだから。
二人に感心していると……。
『あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……』
精霊は口元に手を当て、この日一番の唖然顔を俺に披露すると、
『こ、この浮気者おおおおおおお!』
また妙なことを言い出した。
「浮気者?」
『私という女がいて、なによ、その二人!? いきなり浮気? わ、私との思い出を忘れたの? あんなに可愛がってくれたのに……』
精霊は勝手に自分の世界を展開し、くるりと踵を返す。
どうやら、こいつの中では既に俺と付き合ってることになっていたらしい。
そのまま精霊は次元の狭間を開け、
『し、失恋だわあああああ!!』
そう叫んで、次元の先へと消え去ってしまった。
「一体なんだったんだ……」
終始訳の分からない精霊だったな。
だが、告白を断らずに済んだ。
いくら付き合う気がなくとも、相手の好意を断るのは、それなりに精神に負担がかかるからな。
問題は、あの様子だとまた来そうなことだが……。
「……クルト。さっきの精霊だよね? なんだったの?」
後ろで。
ララがぞっとするような声を上げた。
「いや……ちょっと遊んであげてて……」
「遊んで!? 彼女、泣いていましたよ? あなたを見損ないました。まさか、女と遊びで付き合うなんて!」
マリーズも腹を立てているのか、拳を握ってわなわなと震える。
……やれやれ。
いい暇つぶしになったと思ったが、どうやら本番はこれかららしい。
その後、なにがあったのか──その説明に、俺は多くの時間を費やしてしまうのであった。





