コミカライズ7巻発売記念短編・クルトの暇つぶし(上)
コミカライズ7巻、本日発売です!
こちらはその記念短編となっています。
ある日。
「暇だな……」
俺は寮の自室で、ぐうたらしていた。
ララとマリーズは現在、学園の補習中である。
とはいえ、二人とも補習だからといって成績が悪いわけではない。最近、俺が学園外で色々やっていることが多く、二人を付き合わせてしまっていたからだ。
ならば、俺も……と思ったが、何故か俺は補習が免除になった。
教師いわく『クルトくんに教えることなんて、何一つない!』ということだが……特別扱いはやめてほしいものだ。
「こんなに暇なら、俺も無理やりにでも補習を受ければよかったな。ララとマリーズが帰ってくるまで、まだ時間があるし……」
これから、どうやって暇を潰そうかと考えている時であった。
『あら、こんなところに人間がいるわ。相変わらず、人間ってのは冴えない顔なのね』
──声。
振り返ると、そこには背中の羽でふよふよと浮く、一匹の小人のような存在がいた。
俺はそれを見て、思わず溜め息が出てしまう。
「なんだ……精霊か。どうせなら、悪魔とか出てくれた方が暇を潰せたんだがな」
『え!? な、なに、その反応っ!』
俺は当たり前のことを言ったつもりだが、何故か小人──女の精霊は声を荒らげた。
『私、精霊なのよ!? 普通、精霊ってなかなか人前に姿を現さないって知ってる? もっと、驚いたり崇めたりしなさいよ!』
「とはいってもだな……」
なにせ千年前では精霊なんて珍しい存在じゃなかった。
そこらへんに、普通にいた存在なのだ。
ましては千年前では俺目当てに、神や精霊王がよく喧嘩を売りにきた。
だから今更精霊が現れても、「だから?」なのである。
「まあ、せっかくなんだ。ゆっくりしていけ。どうせ、俺は暇だしな」
『あんま慌てられるのも面倒だけど、なんか腑に落ちないわね……』
俺の言葉に、精霊は釈然としなさそうながらも、『まあいいわ』腰に手を当てる。
『あんた、私の暇つぶしに付き合ってちょうだいよ』
「お前の暇つぶし……?」
『ええ。私、暇なのよ。だから人間のところに来たってわけ。精霊の暇つぶしなんて、なかなか体験出来ないわよ。どう?』
現代の精霊が、『暇だから』という理由で人間の前に現れるのは違和感があるが……。
まあいい。俺もどうせ暇をしていたところだ。なにか裏がありそうだが、暇つぶしに付き合ってやろうではないか。
「分かった。俺の力を見せてやろう。俺も、現代の精霊がどれほどの力を持っているか気になるしな」
『なんで、さっきからそんなに偉そうなのよ……』
精霊は俺をジト目で見るのであった。
早速、寮の外に出て。
『いい? 今からやることは鬼ごっこ。あんたら、人間の間で流行ってる遊びなんでしょ? 一度やってみたかったの』
「精霊と暇つぶしだから、なにをやらされるかと思えば……随分と庶民的なんだな」
『別にいいじゃない。で……どう? いいのか悪いのか』
「別にいいが」
そう答えると、精霊は満足そうにニンマリと笑った。
『じゃあ、あんたが鬼ね。私が逃げるわ。三十分、あんたから逃げられたら私の勝利。これでどう?』
「問題ない。だが、三十分というのは? そんなに時間が必要なのか」
『ちっちっち、甘く見ないで』
人差し指を左右に動かし、精霊は得意げに言う。
『私たち精霊っていうのは〜(以下略)。人間とは違って、魔力が〜(以下略)。簡単に捕まえられると思ったら大違いで、実は〜(以下略)。だから、三十分で私を捕まえるのは不可能〜(以下略)』
……いきなり、長い説明が始まった。
途中で何度か制止したが、精霊は悦に入っているようで、俺の声が耳に届かない。
そんな説明、わざわざしてもらわなくても十分なんだが……。
『じゃあ……開始! 鬼さん、こちら! 捕まえてみなさい!』
やっと長い説明が終わったかと思うと、次の瞬間には精霊は俺の前から消失してしまった。
「ほお、別の次元に逃げたか」
人間なら、なかなかやれないことだ。
普通、次元を跨がれたら、相手を簡単に捕まえられない。三十分が経ったら、こっちの次元に戻ってくるつもりなのだろう。
だが、俺を甘く見たな。
「三十分? 三秒で十分だぞ」
と──俺は右手で精霊を捕まえた。
『へ?』
精霊はなにが起こったのか分からないのか、きょとん顔。
『あんた、一体なにを……』
「ん? お前が逃げ込んであろう次元に手を突っ込んで、捕まえただけだが? なかなか面白い趣向だが、俺には通用せん。本気で逃げるつもりなら、別次元の別次元──次元の彼方まで逃げてみせろ」
『そんなこと、出来るはずがないわ! 仮に出来たとしたら、どこにそんな神みたいな人間がいるのよ!』
いや、ここにいるが……。
『鬼ごっこはもうお終い! 次は野球をしましょ』
「野球? なんだ、それは」
『最近、精霊たちの間で流行っている遊びよ。まずはこれを……』
精霊がそう言ったかと思うと、気付けば俺の両手には木の棒が握られていた。
対して、精霊は手のひらで掴めるサイズの白球が。
白球は精霊の周りで、ふわふわと浮遊している。
『ルールは簡単。今から、私がこのボールを投げる。あんたはその木の棒で打ち返す。遠くまで飛んだら、あんたの勝ち。分かった?』
「うむ、つまらなそうな遊びだな。こんなものが精霊界では流行っているのか?」
『本来なら、もっと複雑なのよ。でも試合をやろうと思ったら、九人集めないといけないし、これで我慢ってわけ──それよりも、さっさとやるわよ! わたしの魔球、とくと受けなさい!』
先ほど鬼ごっこで負けたのが相当悔しいのか、今度は説明もそこそこに精霊は早くもは白球を投げる。
俺が構える間もなく、白球はシューーーーーーッ! と風を切るような音を立てて、俺に向かってきた。
……時速三百キロってところか。
なるほど。魔法でも使わなければ、目で捉えることすら困難だろう。
だが──残念だったな。
「ふん」
俺は左手に握った木の棒で、白球を難なく打ち返した。
『はい?』
またもや、きょとん顔をする精霊。
白球は既に空の彼方──消え失せた。
『な、なんで、そんな簡単に打ち返せるのよ!? もしかして、人間じゃない?』
「人聞きの悪いことを言うな。れっきとした人間だ。それに……」
この程度で驚いている精霊に背を向け、俺は返ってきた白球を右手でキャッチする。
ものすごい回転と勢いで向かってきた白球だが、俺の手元でぐるぐるぐるっぎゅいいいいんっ! と音を立てて、おとなしくなった。
『ボールが返ってきた……?』
「地球を一周したから、戻ってきたんだ。なに、当たり前のことで呆然としている」
そう──俺が打ち返した白球は勢いが衰えず、空の彼方に消え、そのまま地球を一周して戻ってきた。
止めなければ、地球八周くらいしそうな勢いであったが、あとで『未確認飛来物が!?』と騒がれるのも億劫だ。
ゆえに地球一周で勘弁してやったというわけだ。
『あ、あ、あ、あ……』
精霊は俺を指差し、こう叫ぶ。
『あ、有り得ない! どうして人間がこんなに強いのよ!? 調子に乗ってる人間をぎたんぎたんにして、いい気分になろうと思ってたのに!』
「どっちが調子に乗ってるんだか」
嘆息をする。
とはいえ、現代の精霊の力は大体分かった。
下級精霊だと思うが……千年前と比べて、弱すぎる。
魔法の衰退は、精霊にまで及んでいたのか? いくら下級精霊でも、もう少し俺を楽しませてほしかった。
「……で、次はなにをする。野球を続けるか」
『いいえ、やめとくわ。そろそろ、こっから逃げないといけないし……』
「……?」
なにから逃げるんだ?
そう疑問に思っていると次元の狭間が裂き、お次は一体の巨人が現れた。
『こんなところにいやがったか……精霊。タダじゃ置かねえぞ』
その巨人は頭から二本のツノを生やしており、全身からは邪悪な魔力と殺気が漏れている。
なにがあったかは知らないが、相当怒っているようである。
魔物でも精霊でも──ましてや、人間でもない。この魔力は……。
「悪魔か」
俺はそいつ──悪魔を見て、そう声を零す。
「全く……今日は妙な訪問者が多いな。まあ、退屈せずに済むから、俺にとったら助かるが」
『どうして、貴様は慌てんのだ?』
俺の様子を見て、悪魔が不可解そうに首を傾げる。
一方、精霊は……、
『あ、あ、あ、あ、あ、あ……』
先ほど俺が白球を打ち返した時よりもド派手に、言葉を失っていた。
その顔には、悪魔に対する恐れのような感情が出ている。
「どうした? たかが悪魔を見て、どうしてそんなに怖がってるんだ?」
『だ、だって、悪魔なのよ!? 悪魔っていったら、大昔は世界を滅ぼしかけた存在なのよ!? 顔色一つ変えないあんたの方が、異端者なんだから!』
なにを言い出すかと思えば……俺を異端者呼ばわりするとは。
一方、こうしている間にも悪魔は『なにを話してんだ?』と首をひねり、どうしていいか分からないよう。
……こいつになんの恨みもないが、こんな巨体が寮の外にいたら、なにかと面倒だな。
目撃者が現れないうちに、さっさと片付けるか。
「おい、悪魔。なんでお前がそんなに怒ってるか知らないが、元の場所に戻ってくれないか? 今なら見逃してやってもいいぞ」
『なにをバカなことを……っ! オレはその精霊を捕まえるまでは、帰れん! 邪魔をするなら、お前もやっちまう──』
声に怒気を孕ませ、悪魔が腕を張り上げる。
精霊は『ひいいいいい!』と悲鳴を上げて、俺の背中に隠れるのみだ。
なにか事情はありそうだが……。
「俺をやる? その程度の強さでか?」
俺は持っていた木の棒で、悪魔の腕を吹き飛ばしたのだ。
『ありゃ?』
なくなった自分の腕を見て、きょとん顔をする悪魔。
『な、なんじゃ、こりゃああああああ! なんで軽く払っただけで、腕が吹き飛んでだ? これじゃあ、ご飯を食べることも出来やしねええええ!』
「おっと、悪いな。つい加減を誤ってしまった。ちょっと待ってろ」
そう言って俺は手をかざし、治癒魔法を発動する。
次の瞬間、俺が吹き飛ばした悪魔の腕は再生していた。
再生した腕を見て、悪魔はわなわなと震えている。
『あ、有り得なえ……人間ごときが、瞬時にこんな完璧な治癒魔法を使うなんて……』
「お前ら悪魔も、精霊と似たり寄ったりの反応だな。で……どうする? 格付けは済んだと思うが、まだやるか?」
俺がそう問いかけると、悪魔は戦意を失い、うなだれるのであった。
おかげさまで、石後千鳥先生によるコミカライズ7巻が本日発売となりました。
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