コミカライズ6巻発売記念短編・楽しいスキー旅行
石後千鳥先生によるコミカライズ六巻、発売中です。
こちらはその、特別記念短編となっています。
「え? 旅行に出かける?」
ララたちと世間話をしていると、彼女がそう問いかけてきた。
「ああ」
俺は頷く。
「学園も冬季休暇に入って、しばらく授業がないだろう? だからこれを機に、前々から行きたかったところに行こうと思ってな」
「そうなんだ……クルトと会えなくなるね」
「おいおい。会えなくなると言っても、すぐに帰ってくるぞ? 別に未来永劫、会えなくなるわけではない」
表情を暗くするララに、俺は肩をすくめる。
「旅行ですか。あなたも、そういった俗物なものに興味があったのですね」
次にマリーズが少し驚いた面持ちで、そう口にする。
「マリーズは冬季休暇中、なにか予定はあるのか?」
「私は実家に帰るつもりです。学園に入学してから帰ったことはありませんでしたが、そろそろ顔を見せる必要があると思いまして」
ほほお、マリーズは帰省か。
確か、彼女はシゼノスナ家という魔法の名家だったはずだ。
だが、劣勢魔力ということで、実家から疎んじられていたと聞いた。
それなのに帰省するということは、彼女の中で自信がつき、家族と折り合いがつくようになったかもしれない。
「ララはどうだ?」
「わたしは……予定なんてすっからかんだよ。クルトに魔法を教えてもらおうと思ってたけど、しばらく会えなくなるんだから、その予定もなくなりそうだね。うーん……どうしよっかな」
頭を悩ませていたララであったが、一転──なにか閃いたのか、「そうだ!」と手を打ち、こう言った。
「だったら! クルトの旅行に、わたしも付いていっていいかな?」
「ララが?」
俺がそう問い返すと、彼女は「うん!」と元気よく返事をした。
「クルトの行きたかったところって、どこなのかって思ってさ! クルトがどういうのに興味を持つのか、わたしも気になるし!」
「ま、待ってください! ララが付いていくということは、クルトと二人きりの旅行になるということですよ!?」
一方のマリーズは何故だか、酷く慌てている。
「そうだよ? なにかいけないこと、あるかな?」
「いけないことだらけです! 私たちはまだ学生の身分です。それなのに、二人きりの旅行だなんて……ハレンチです!」
「えーっ、別に旅行くらい、いいじゃん」
顔を真っ赤にするマリーズに、首を傾げるララ。しばらく押し問答をしていたが、ララも意見を曲げなさそうだ。
「もし、どうしても二人で旅行に行くなら……私もクルトの旅行に付いていきます!」
「でもマリーズちゃん、帰省するっていってたじゃん! いいの!?」
「そんなの、次の機会にすればいいだけです! 今はララとクルト、二人きりの旅行を阻止する方が大事ですから!」
…………。
なんというか……先ほどから、俺を置いてけぼりで話が進められていたので、なかなか口を挟めなかった。
「いけませんか?」
「そんなことないよ。マリーズちゃんが来てくれるなら、さらに楽しい旅行になると思うしね。あとはクルトだけど……いいかな?」
ララとマリーズが同時に、俺に顔を向ける。
ふう……ようやく喋れそうだな。
「別に構わないが……本当にいいのか? 俺が行こうとしている場所は、少々辺鄙な場所だぞ?」
「全然いいよ! 旅行はどこに行くかより、誰と行くかが大事だしね!」
「辺鄙な……ということは、人里離れた旅行地ということですね。私も人が多いところは苦手でしたし、有難いです」
二人とも、乗り気のようだった。
……俺もこういう話になるとは思っていなかったので、少し戸惑うところもあるが、二人が来てくれるのを拒む理由はない。
楽しい旅行になりそうだな。
◆ ◆
──一週間後。
冬季休暇に入り、俺とララ、マリーズの三人で前々から予定した旅行を実行に移した。
なのだが……。
「ク、クルト! 本当にこっちで合ってるの!?」
後ろを歩くララが、声を上げる。
ほとんど、怒鳴り声のような声量だ。そうしないと、周囲の物音に紛れて、俺の耳に届かないからな。
何故なら、ここは……。
「間違いない。だから言っただろう? 少々辺鄙な場所にあると──」
現在──俺たちは雪が降り積もる山の頂上を目指して、歩いている。
雪が降り積もるとは言ったが、ほとんど吹雪だ。
轟々と吹き荒れる風が容赦なく肌を叩きつけ、目を開けるのもやっとのほど。
そして俺たちは全員、防寒具に身を包んでいる。
動きにくくなるのは、少々厄介だが……さすがの俺とて、普段着でここに足を踏み入れようとは思わない。魔法で暖を取るのも、魔力がもったいないからだ。
「少々どころじゃないと思うんですが!?」
マリーズのツッコミを入れてくる。
こうなるのが薄々分かってきたから、『本当にいいのか?』と確認したのに……。
「辛いなら、帰ろうか? 俺の目指すべき場所は、もう少し山を登った先だが……また別の機会でもいいし」
「か、帰らないよ!」
「クルトの足を引っ張れません!」
気遣うと、二人からそう元気な返事があった。
うむ……やはり、ララとマリーズは学園内でも根性が据わっているな。
だからこそ、俺はこの二人を気に入っているわけだが。
猛吹雪の中、進んでいくと、とある魔物に遭遇する。
「わっ! お、大きい!」
「フロストイエティです! 幻の魔物と言われていますが、こんなところで遭遇するなんて──逃げましょう! 私たちでは勝てな──」
「ふんっ」
雪男のような魔物にファイアースピアを放つと、フロストイエティは腹にどでかい穴を空けて事切れた。
「──……勝てないことはないですよね。だって、こちらにはクルトがいるんだから」
「よし。さっきので体を温まったし、ラストスパートだ。二人とも、頑張れ」
マリーズはジト目でまだなにか言いたそうだったが、さすがの俺とてここに長居したくない。
雪を掻き分けながら進むと、山の頂上に一軒の小屋を発見した。
「ここだ」
「ここが……クルトの来たかった場所? ただの寂れた小屋に見えるんだけど……」
「まあ、取りあえず入ってみろ」
顔に疑問の色を浮かべるララとマリーズを促して、俺は小屋の中に足を踏み入れる。
中はほとんど物が置かれていない、殺風景な場所だ。
「昔と、さほど変わっていないみたいだな」
「昔? ってことは、クルトは一度ここに来たことがあったの?」
「ああ」
とはいえ、俺が転生する前──千年前のことだがな。
俺は部屋の中を物色し、あるものを見つけ出す。
それは細長い板のようなものだった。
「それは……スキー板でしょうか?」
マリーズが気付いて、問いを投げる。
「そうだ。もしかしたら、もうなくなっていると危惧していたが……残っていたみたいで、よかった」
このスキー板は、ただのスキー板ではない。
オリハルコンの素材で出来た──俺が千年前に作ったものだ。
保存魔法も施していたので、大丈夫だと思っていたが……少々古臭くなっているものの、千年前から変わらず残っている。
──俺は千年前、同じようにここを訪れた。
そして暇だったので、戯れにスキー板を作って遊んでいたのだ。
千年前は友達などおらず、一人ぼっちだったからなのは言うまでもない。
そのことを思い出し、今はどうなっているんだろうか……と気になっていたが、スキー板が残っていたようでなにより。
「これで目的達成だが……せっかくだから、スキーで遊ぼうか? 丁度三人分は作っていたし」
千年前は一人分で十分だったが、これも暇だったから……以下省略。
「こ、この猛吹雪の中を!?」
「無茶ですよ! 遭難してしまいます!」
「それもそうだな。だったら、魔力を多量に消費してしまうので避けていたが、俺が魔法で吹雪を止め──ん?」
そこで外の異変に気付く。
小屋の外に出てみると、先ほどまであれほど吹き荒れていた吹雪がピタリとやんでいたのだ。
「どうやら神は、俺たちに味方してくれたようだ」
この雪山は千年前から、一年中猛吹雪が吹き荒れている。
晴れている日は十年に一度、あるかないかといったところだった。
それなのに、このタイミングで晴れてくれるというのは……千年経っても、忘れずにここに来たことに対する、神様からのご褒美か?
「これだったら、遊べそうだね〜!」
「いつまた吹雪になるか分かりませんが……せっかく来ましたものね。遊びましょうか。クルトはスキーも出来るんですか?」
「ふっ」
マリーズが言ったことに、思わず笑みを零してしまう。
「当然だ。昔から、俺はスキーの腕も自称──じゃなくて、一流と言われていたんだ。ララとマリーズに、俺のスキー技術を見せてやろう」
千年前は一人で寂しく、スキーに興じていた。
しかし、今は彼女たちのような信頼出来る仲間が出来たし、転生して本当によかったと感じる瞬間であった。
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