コミカライズ5巻発売記念短編・勇者召喚
石後千鳥先生によるコミカライズ五巻、発売中です。
こちらはその、特別記念短編となっています。
────っ。
……ん?
「ここは……」
気付いたら俺は、知らない場所に立っていた。
お城の中か? だとしたら、いきなりどうして。俺は魔法学園の寮内で体を休めていたところだ。
さすがの俺とて戸惑っていると、人々のどよめきが起こった。
「成功だ! 異世界からの勇者を召喚した!」
──見れば、俺の周りをぐるりと人が囲んでいる。
全員、見慣れない服装に身を包んでいる。魔導士か? 僅かに魔力を感じる。
「それにこの魔法陣……」
俺の足元には、魔法陣が描かれていた。
しかし千年前でも、見たことのない珍しい魔法式の構築がされている。
ほお……荒削りだが、なかなか面白いな。五つの階層に分けているわけか。とはいえ、一つ一つの連携が上手くいっておらず、運用は運任せになってきそうだが。
謎の魔法陣の解析に夢中になっていると、初めに聞こえた男の声がさらに続く。
「戸惑っているようだな。しかし無理はない。お主は魔王を倒すために、異世界から召喚されたのだ。これからお主は勇者となるべく、旅を続けてもらう」
魔王? 勇者?
人が黙っていれば、好き勝手なことを宣ってくれる……。
視線を前に向けると、奥には玉座に座る一人の初老の男がいた。
頭に王冠らしきものも被っているし、王様っぽい見た目である。
「心配いりません。我々はあなたに、最大限のサポートをします。なにもせずに、城の外に放り出すことはしないので安心してください」
王様(?)の隣には、これまた豪華な服に身を包んだ女性が。
周囲の人々と比べて、明らかに位が高そうである。
さしづめ、お姫様といったところか。
「おい」
「なんだ?」
「状況を説明しろ。ここはどこだ?」
「おお、すまなかった。ここは──」
と偉そうな王様は説明を始めた。
どうやら俺は、住んでいる世界とはまた別の世界に召喚されてしまったらしい。
そして、この世界の人々は『魔王』と呼ばれる存在に蹂躙されている。
国中の選りすぐりの騎士や魔導士が力を合わせても、魔王率いる『魔王軍』には損害を与えられずにいた。
万事休す──そこでこの国の人々は異世界から『勇者』を召喚し、その者に世界の未来を託すことにした。
勇者召喚の魔法は見事成功し、俺がこんなところに呼び出されたというわけだ。
「摩訶不思議な話だな……俺の世界では、俺自身が魔王と恐れられていたわけだが、今度は勇者か。そんな部外者に世界の命運を委ねるとは、ずいぶん人任せな国だ」
「なにをぶつぶつと呟いておる?」
怪訝そうな顔つきで俺を見る王様。
「いや、なに、こっちの話だ。身勝手な話に付き合わされることに不満はあるが、勇者召喚の魔法は見事なものだ。俺でも、こんな魔法は使えないぞ」
「そうでしょう! 我が国が長年にかけて成し遂げた悲願なのです! もっと褒めてください!」
王様の隣にいるお姫様は、パッと表情を明るくする。
……なんか雰囲気がララに似てるな。
「急がせてしまってすまないが、お主は早速旅の準備をしてもらう。魔王を倒すための装備品は──」
「装備品? そのようなものは不要だ」
俺が首を横に振ると、ますます王様の顔が険しくなる。
「いらない……だと? 我が国に伝わる国宝を渡そうと思っていたのだぞ? それが不要だとは、いかがなものか」
「お言葉ですが、いくら異世界からの勇者様でも、装備品もなしに魔王を打倒することは不可能です。ここは素直に装備品を受け取ってもらわなければ」
「だから必要ないと言っている」
面倒ごとはさっさと終わらせる主義である。
「おい、魔王はどこにいる?」
「はい? 魔王は国境を越え、崖が聳え立つ山の上に城を構えていますが──」
「詳しく教えろ」
近くの騎士っぽい男に尋ね、魔王の居場所を教えてもらう。
「……よし。正確な座標は掴めた。これなら……」
「だからさっきから、なにをぶつぶつと──っ!」
いい加減、腹が立ったのか──王様が語気を強めるが、俺はそんなものを無視して魔法を展開する。
「な、なんという膨大な魔力だ!」
「これほどの魔力は見たことがない!」
モブの魔導士らしき男どもが、一斉に声を上げる。
「このようなもので驚くとは……やはり、この世界の魔法はそこまで進んでいないようだな」
おそらく、勇者召喚の魔法を追及するあまり、他がおざなりになってしまったのだろう。
元は魔王を倒すためだというのに……お粗末な話だ。
これなら、魔王も弱そうだ。
「旅をする必要はない。この場で魔王を倒してやる」
ズドーン────っ!
俺の手から放たれた魔法弾は頭上に放たれ、城の天井を突き破る。
突然の光景に皆は戸惑い、中には腰を抜かす者も現れた。
「い、いきなり、なにをするか! もしや、我らに反抗するつもりか!? 異世界からの勇者とはいえ、許さぬ!」
王様は姿勢を正しそう声を上げると、周りの騎士たちが俺を取り囲む。
皆は剣や槍を構えているが、一向に襲いかかってこようとしない。
先ほどの魔法を見て、猪突猛進に突っ込んでくるほどバカじゃないか。
「待ってください!」
一発即発の空気であったが、意外にも均衡を破ったのはこの国の(推定だが)お姫様であった。
彼女は俺に駆け寄り、俺を守るように皆の前に立ち塞がった。
「この方にも考えがあるのですよ! 召喚されて、いらなくなったら殺そうとするなんてあんまりです!」
「ええい、どけい! 貴様はまだ国政というのを理解しておらん。おとなしくことの成り行きを見守り、人形になっておけばいいのだ!」
「いいえ! どきません!」
……あらあら。
俺がどうしたものかと考えている間に、お姫様と王様が親子喧嘩を始め出したぞ。
他の騎士たちもどうしていいか分からず、おろおろするばかりであった。
「……話しているところ申し訳ないが」
さすがに助け舟を出してやろうと俺は頭を掻きながら、こう口を動かす。
「別に俺はこの国に反抗するつもりはない。珍しい魔法陣を見せてもらった恩義もあるしな」
「なんだと……?」
「そろそろ終わってる頃だろう。もう少しすれば……」
「陛下!」
俺が言葉を続けようとすると、一人の騎士が慌てた様子で玉座の間に現れた。
「なんだ!? 今は大事な話をしているのだ。用があるなら、後にせぃ!」
「そ、それが……」
王様に怒鳴られ、一瞬臆する様子を見せた騎士であったが、深呼吸をしてからこう言った。
「魔王城が……消滅しました!」
「は?」
思わぬ報告に、さすがの王様も言葉に詰まる。
「今、なんと?」
「魔王城、消滅です! 突然、謎の魔法弾が飛来し魔王城を木端微塵に破壊しました! その際、魔王の気配も完全に消えたという報告も! 魔王が死んだことにより、各地の魔物も消え──」
次々と語られる騎士からの報告に、皆は歓喜の声を上げるどころか、戸惑いの方が大きかった。
「だから言っただろ? 反抗するつもりはないって」
──旅をするなんて、まどろっこしい。
俺はこの場にいながら魔法を放ち、魔王城のある座標に命中させただけだ。
もちろん、十分の一くらいしか俺が放出していない魔力にも、驚いていた連中だ。
この世界のレベルが知れるし、こんな連中が苦戦する魔王なんて大したことがない。
現に俺が遠距離から放った魔法に、魔王は一発で滅んだ。
「あなたが……っ!」
お姫様が俺の両手をぎゅっと握り、真っ直ぐ見つめてくる。
「あ、ありがとうございます! あなたこそ、真の勇者です! 祝賀会をやりましょう!」
「う、うむ、喜んでくれたようでなによりだ。だが、少し離れろ。む、胸が……」
首を傾げるお姫様。
……見上げるような形で俺を見つめているためか、彼女の胸元がさっきからチラチラと見えるのだ!
正直いって、結構でかい。こういうところもララに似ている。
どぎまぎして、俺は彼女から視線を逸らすしかないのであった。
「それに祝賀会は必要ない──」
俺の言ったことにきょとんとするお姫様であるが──彼女が理由を問いただすよりも早く、玉座の間が白い光に包まれた。
「これは……」
「こうしている間に、勇者召喚魔法の解析が終わった。結果、元の世界に帰る術も分かった」
「そんなことを、片手間にやっていたんですか!?」
「そうだ。俺は帰らなければならない。待ってくれてる可愛い生徒がいるからな」
ララとマリーズの顔を思い浮かべながら──俺はそう言った。
「では、な。退屈凌ぎになった。またなにかの機会があったら、会お……」
「お待ちください!」
そう言って、彼女は自分の指にはめていた指輪を外し、俺に渡した。
「せめて、これを受け取ってください。魔王を倒した褒美──なにより、こうすることによって、あなたとの絆が生まれる気がするんです」
「……ふっ、絆か。まあ受け取っておく」
ぎゅっと指輪を握り込む。
こうしてい間にも、玉座の間を包む光はさらに力強さを増していく。
邪魔をされたくないので結界を張ったので今、俺に近付けるのはお姫様を除いて、誰もいない。
「今度こそお別れだ。先ほど、俺をかばってくれたな。意外と嬉しく感じたぞ」
「どういたしまし──」
彼女が最後の言葉を告げ終わらないまま、魔法は完全に発動した。
◆ ◆
「クルト?」
次に目に飛び込んできたのは、ララの胸元であった。
「……っ! ち、近い! どうして二連発で、胸の谷間を見なければならないのだ!?」
「いきなり目を開けたかと思ったら……また訳の分からないことを」
ララの後ろではマリーズが腕を組み、呆れたように溜め息を吐いていた。
誤魔化すように咳払いをして、周囲を眺める。
……見慣れた、寮内の自分の部屋だ。しかもベッドの上。
「……ララとマリーズ、どうしてお前たちがここにいる。なにがあった?」
「えー? 不思議なこと言うね。クルトは……」
ララが説明してくれる。
どうやら今日俺は、ララとマリーズの二人と出かける予定があったらしい。
しかし約束の時間になっても、俺が現れない。
そこで彼女たちは密かに作った合鍵を使い、侵入を果たしたところで……俺が目を覚ましたということだ。
「い、いつの間に、合鍵なんて用意してたのだ!?」
「前からだよ! もーうっ! 今はそんなことより謝って!」
「私たちの約束を忘れていたんですか。寝坊するなんて、クルトらしくないです」
「うっ……」
二人の追及に、ぐうの音も出ない。
まさか……先ほどのことは夢だったのか?
よくよく考えれば、別の世界に召喚させる魔法なんて、あってたまるものか。
転移魔法ですら高等技術なのに、勇者召喚魔法なんて明らかにオーバースペックだ。
試しに勇者召喚の魔法を使い、先ほどの場所に戻ろうとしたが……上手く魔法が発動しなかった。
やはり夢だったのだ。あんなこと起こるわけがない。
だが、妙に現実感のある夢だったような……。
「ん?」
そこで俺は、右手でなにかを強く握っていることに気付く。
右手を開くと、そこに握られていたのは一つの指輪であった。
「あっ、クルト。お洒落な指輪、持ってるね。どこで買ったの?」
「ま、まさか……他の女のものじゃないでしょうね!?」
「え! ク、クルト、もしかして女を部屋に連れ込んでたから、寝坊したの! そうだったら、いくらクルトでも許さないよ!」
ララとマリーズが勘違いし、俺に激しく詰め寄る。
……うん。
この世には、ちょっとくらい解明出来ないことがあってもいいかもしれない。
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