コミカライズ4巻発売記念短編・身代わり俳優(上)
本日、石後千鳥先生によるコミカライズ四巻が発売となりました!
こちらは発売を祝しましての記念短編となっております。
アベルは苦しんでいた。
(もう限界だ……!)
彼の職業は『舞台俳優』である。
若手の俳優でありながら、その高い演技力には定評があった。今最も注目されている俳優と言っても過言ではないだろう。
順風満帆の俳優人生であったが、半面──膨大な仕事の量に溺れそうになっていた。
休日をもらったのは、半年前だろうか?
それもたった一日だけで、睡眠に費やしてしまった。
最近は共演した女優との熱愛を報じられたが、全くの出鱈目だ。
そもそもこれだけ忙しいのに、どうやって恋愛をしろと言うのか。
というわけで──アベルは体力精神ともに限界であり、まともな思考を働かせられなくなっていた。
(誰か……仕事を代わってくれ。たった一日でいいんだ。一日だけでも休みをもらえれば、なんとか──)
しかしそう簡単に代わりなど、見つかるはずがない。
代わりがいないからこその、売れっ子俳優なのだ。
舞台と舞台の僅かな休憩時間。
アベルは幽霊のようにふらふらになりながら、街を歩いている。
あまりに負のオーラを纏っているためか、誰にも声をかけられない。
そこで──アベルは見た。
(ん……?)
自分と瓜二つの人間だ。
ざっくばらんに切り揃えられた黒髪は、不思議と清潔感があって見るものの足を止めさせる。
精悍な顔立ちを前にして、幾多もの女性が恋に落ちただろう。
実際、彼の両脇には二人の美少女がいた。
(あれは……ロザンリラ魔法学園の制服だったか? 学生さんか。少し俺とは違って、顔つきが若いが……不思議とそれ以上に人生を経験してきた深みがある……あの子しかいない!)
「あの……すみません」
気付けば、アベルは彼に声をかけていた。
繰り返すが、忙しすぎて、まともに頭が回っていなかったのだ。
◆ ◆
「俺が……お前の代わりに舞台に立て……と?」
ララとマリーズと街をぶらぶら歩いていると。
怪しげな男に声をかけられた。
もしや不審者か──と一瞬身構えるが、よくよく話を聞いてみると、彼は『アベル』という名前で舞台俳優をしているらしい。
「ああ……! 俺と瓜二つの君なら、きっとバレないと思うんだ! 明日にある舞台は、俺の台詞が極端に少ない。ほとんど立っているだけで十分だ」
「うむ。つまり俺に身代わりをしてほしいということか」
俺が言うと、彼──アベルはこくりと首を縦に振った。
「むむむ……確かに、クルトによく似てるね。ま、わたしはクルトの方がカッコいいと思うけど!」
とララが明るく言う一方、
「短時間──それにほとんど立っているだけなら、バレないでしょう。しかし……」
マリーズは心配そうに声を漏らした。
アベルの話を聞くに──どうやら、彼はなかなかの売れっ子らしい。しかし反面、忙しすぎてまともに休みも取れない。
そこで明日一日だけ休みを取るため、俺を身代わりとして使おうとしているということだった。
とはいえ──当たり前だが、俺に舞台俳優の経験はないように思える。
千年前においても、魔法の研究に明け暮れていたため、まともに舞台を見たことはなかった。
本来なら断るべきだろう。
素人が手を出していい領域ではない。
だが──。
「分かった。俺でよかったら、力になろう」
「ほ、本当か!?」
俺がそう答えると、アベルはパッと表情を明るくした。
「ク、クルト!? 本気ですか?」
何故だか、マリーズが焦って問いかけてくる。
「本気だ。俺も興味がある。舞台俳優の経験が、魔法に活きるかもしれないしな」
本当のところを言うと、俺が身代わりにならずとも、アベルの望みを叶えることは出来る。
魔法でアベルの分身を作り出せばいいのだ。俺が作り出した分身なら、行動すらもアベルを真似ることが出来る。
しかし……それのなにが面白いんだ?
そんなことをしても、無駄に魔力を消費してしまうだけである。
ならば、ちょっとでもやったことのない経験をして、魔法の研究に取り込みたい。
「それともマリーズ、不安か?」
「まあ正直……クルトなら舞台俳優でも、そつなくこなしそうですが、あなたは常識を知らないところがありますからね。なにかトラブルが起こりそうです」
頭を押さえて、溜め息を吐くマリーズ。
「マリーズちゃん! きっと大丈夫だよ! だってクルトだよ? クルトの演技、見てみたいな〜。わたしも明日は見にいくね!」
対照的に、ララは瞳をキラキラと輝かせる。
「ありがとうありがとう! すぐに台本を渡すよ。なあに、ロザンリラ魔法学園の優秀な生徒さんなら、一日で覚えられるはずだ。他のお二人さんも関係者として、舞台袖から見られるようにしておこう」
「わかった」
時間をかけたら断られると思ったのか──ララたちと話している途中だというのに、アベルは強引に俺の手を取り上下に振った。
うむ、この喜びようなら、概ね断られると思ったのだろう。無理もない。
しかし俺が演技ごときに及び腰になるとでも?
千年前──そして現代でも、俺はもっと厄介な障害を前にして、一度も臆さなかった。
一日だけの舞台俳優、やり遂げてみせようではないか。
「はあ……本当に大丈夫なんでしょうか。心配だから、私も見にいきますが……嫌な予感しかしません」
マリーズだけは何度も深い溜め息を吐いていた。
(下)に続きます。
石後千鳥先生によるコミカライズ四巻は、本日発売です!