コミカライズ3巻発売記念短編・幽霊? それとも魔物?
本作品のコミカライズ二巻が本日発売となりました。
こちらは発売記念の短編となります。
「幽霊?」
放課後。
俺はララとマリーズとで、話をしていた。
「うん」
そう頷くララ。
「遅くまで勉強や部活で残っていた人たちが、続々と怪奇現象を体験したらしいんだ。内容は誰もいないのに物音がしたり、変な声が聞こえたりするくらいで実害はないみたいなんだけど……」
「ゆ、幽霊なんていません! バカなことを言わないでください!」
ララの言うことを、マリーズは必死に否定する。
しかし青白い顔になって、両腕で自分の震えた体を抱いている。どうやら幽霊が怖いらしい。
「やっぱり、幽霊なんていないのかなあ? クルトはどう思う?」
「そうだな……」
俺は椅子の背もたれに体を預けて、こう続けた。
「まず、幽霊というもののほとんどが魔物や自然現象のせいだ。たとえば、金縛りなんかは頭は起きているのに体は寝ている状態だと説明が付く。怪奇現象を体験した人たちも、おそらくはなにかの勘違いだろう」
「なんだあ。そうだったんだね」
ほっと安堵の息を吐くララ。
「ほら、ララ。言ったじゃないですか。幽霊なんていないって。クルトの言っていることは、今まで間違ったことがない──」
「おいおい。俺は幽霊なんていないと断言したわけじゃないぞ。ほとんどが、魔物や自然現象のせいだと言っただけだ」
こういう説明の付かない存在は、千年前でも信じられてきた。
それはどうやら今も変わっていないらしい。
魔法が衰退している時代だからな……昔より、そういう存在が信じられていてもなんらおかしくない。
「もし本当に幽霊だったら、俺でも対処が出来ん。霊媒師か誰かに言って、祓ってもらわないとな」
「……っ! もう! 怖がらせないでくださいよ! クルトが対処出来ないって、それこそ幽霊がいるより有り得ないんですから!」
ポコポコと俺の肩を叩くマリーズ。
「だから幽霊なんだ。対処が出来る幽霊など、魔物と変わらん」
マリーズを怖がらせてしまったようだが、実際のところは俺も幽霊の存在を信じていない。
今まで、本物の幽霊に出会ったことがないからだ。俺は自分の目で信じたものしか信じん。
とはいえ。
「しかし幽霊というのは気になる。学園の平和が崩れてしまうしな」
そう言って、俺は席を立つ。
「よし。俺も他の生徒に聞き込みをしておくか。下準備をするのは、戦いの基本だ」
「それって……」
「ああ。俺が幽霊の存在を突き止めてやる」
と俺はニヤリと口角を吊り上げる。
「さっすが、クルトだね! クルトだったら、そう言うと思ってたよー!」
「クルトがいれば大丈夫そうですね。私も手伝います」
「わたしも!」
ララとマリーズが手を挙げる。
今回は幽霊退治か。
果たして、幽霊は本当にいるのだろうか。個人的にはいてくれた方が面白そうなので歓迎したい。
そう思い、俺は聞き込み調査を始めた。
◆ ◆
聞き込み調査を始めた俺ではあったが、芳しい証言は得られることが出来なかった。
体験した者は皆、「幽霊に違いない!」「もうあれには関わりたくない!」と口を揃えて言うのだ。
だが、これくらいは予想通り。
聞き込み調査では埒があかないと思った俺は深夜になるのを待って、校舎の中を探索していた。
「ララ、マリーズ。二人とも来る必要はないんだぞ? 特にマリーズは幽霊を怖がっていたし……」
「なに言ってんの! クルトを一人になんてさせてられないよ!」
「そうです! そんな無責任なことは出来ません。それに……クルトの傍にいるのが、一番安全ですし……」
そう口では言うものの、ララとマリーズは俺の両腕にしがみついている。
歩きにくい。
特にララは柔らかいところが当たっていてでな……集中力が削がれる。
「クルト。鼻の下を伸ばしていませんか?」
そのことに気付いたのか、マリーズがジト目を向けてくる。
「そ、そんなことないぞ」
「嘘です。それにララも近づきすぎです。胸を押し付けて、クルトを誘惑するつもりですか?」
「ゆ、誘惑なんてするつもりないよ! それに……わたしの胸が大きくなったのは、わたしのせいじゃないし。気付いたら、大きくなってた」
「気付いたら!? あなたは今、全世界の貧乳女子を敵に回しましたね! 即刻撤回しなさい。でなければ、幽霊の前に貧乳女子の災いがあなたに降りかかるでしょう!」
「マリーズちゃん、怖いこと言わないでよ!」
……なんとも緊張感がない。
だが、これくらいの方がいいかもしれない。
こういった場合、真っ先に危惧すべきなのは恐怖によって引き起こされる恐慌状態である。
適度にリラックスして、戦いに備える。
特に二人とも俺と地下迷宮に出かけたりして、今では立派な歴戦の猛者だ。
集中力をなくしすぎて、いざ本番となったら戦えないほど愚かではないと確信出来る。
「だが……二人とも、もう少し静かにしてくれ。幽霊の声が聞こえてくるかもしれないし──」
と声を続けようとした時であった。
──デテイケ。
そんな声がどこからともなく聞こえた。
「「ひっ!」」
ララとマリーズが短い悲鳴を上げて、俺の腕にしがみつく力を強いものとする。
不思議な現象は声だけではなかった。
ガタガタ……ガタガタ……。
近くにあった置物や机が、一人でに震え出したのだ。
なるほど。確かにこれは幽霊の仕業と思っても仕方がない。
「やっぱり幽霊はいたんだよ!」
「許してください許してください! ララの胸に嫉妬したから、罰が当たったんですよね!? 私、ちゃんと良い子にしますから……」
マリーズは怖がりすぎて、その場にしゃがみこんでしまった。
しかし。
「そこか」
俺は震えている机にファイアースピアを放ち、焼き払った。
するとそこから体から青白い光を放ち、赤色の目をした小さな人形のなにかが現れたのだ。
「へ?」
ララは素っ頓狂な声をあげる。
「それが幽霊さん? 意外と可愛い……」
「幽霊なんかじゃないぞ。ミスチーフシャドウという魔物だ」
俺がそう言うと、ララとマリーズの二人は目を見開いた。
「ミスチーフシャドウは悪戯好きの魔物だ。離れたところから声を室内に響かせたり、ものを動かせたりする。だが、出来るのはそれまで。悪意があるわけじゃないし、放っておけば直に飽きていなくなる」
怪奇現象といって真っ先に思い浮かんだ魔物だが……やはりミスチーフシャドウだったか。とんだ期待はずれだ。
「人を驚かせるだけで、危害は加えてこないが……お前がいたら、ここの生徒が動揺するんだ。もう満足しただろ? 見逃してやるから、この学校からいなくなれ」
「ワカッター」
ミスチーフシャドウはくすくすと笑って、その場から去ってしまった。
「魔物の仕業だったんだね……」
「わ、私は最初から分かっていたんですから!」
先ほどの失態を誤魔化すように、マリーズはパンパンとスカートを払って、凛とした顔で立ち上がった。
「クルトは残念そうなんだね?」
「ん……予想通りだったからな。せっかくだから、本物の幽霊を見てみたかった。なにか、魔法を成長させるヒントが手に入るかもしれないし……」
「クルトはこういう時にでも、自己研鑽を欠かさないのですね。私……あなたのそういうところ、嫌いじゃないですよ」
「わたしも! 好き!」
マリーズはもじもじとして恥ずかしそうに。
ララは明るくそう口にした。
なにはともあれ、一件落着だ。
消化不良でむずむずした気持ちのまま、俺たちは学生寮に帰るのであった──。
翌日。
「え? 幽霊がいたのは、そこじゃないよ。今はもうほとんど使われていない旧校舎の方さ。ミスチーフシャドウ? それなら絶対に違うと断言出来る。僕も怪奇現象に出くわした時、真っ先に疑ったけど、いくら探してもいなかったから……」
今回の顛末を話ししていると、そんな証言が出てきた。
マリーズは「やっぱり、幽霊じゃないですかーーーーー!」と悲鳴混じりのを上げていた。
うむ……果たして、その生徒の勘違いなのだろうか。それとも本当の幽霊なんだろうか。
これだから二周目の人生は面白い。
コミカライズ、よろしくお願いいたします!