18・小動物が《災害級》だったらしい
「三層は平原?」
「そうみたいだな」
三層に降りると、ララが目を丸くして周囲をキョロキョロと見渡した。
無理もない。
一層は遺跡風、二層は森という感じだったのだ。
いきなりこんなだだっ広い場所になったら、戸惑うのも無理はないだろう。
「ここまでが新人戦で使われるエリアでしたよね?」
マリーズが問いかける。
マリーズの言った通り、交流戦は一から三層までを範囲とする。
俺としてはもっと深くまで潜ってもいいと思うが、生徒の安全上のためらしい。
ルールをもっと詳しく説明すると、お互いの学園で代表者による五人のパーティーを組むらしい。
そして制限時間内により多くの貴重なアイテムを得た方が勝ちだ。
「おっ、魔物がやってきたぞ。早速だから二人とも、さっき教えた無詠唱魔法を使ってみて」
「えっ! 魔物に試すの?」
遠くからやってくる鳥型のモンスター。
あれはエビルバードか……。
ララとマリーズは身構える。
「二人の力だったら大丈夫だ。危なくなったら手を貸すから」
「不安だけど、頑張るよ!」
「分かりました!」
ララとマリーズが飛んでくるエビルバードに向けて、ファイアースピアを放つ。
何度か放ったものの、エビルバードに命中させることに難儀していた。
だが。
「当たりました!」
マリーズの放ったファイアースピアがエビルバードに直撃する。
打ち落とされたエビルバードは、ゆっくりと落下していき地面に転がった。
「無詠唱魔法合戦はマリーズの勝利……といったところか」
「マリーズちゃん、すごいよ!」
「あ、当たり前です!」
ララに抱きつかれたマリーズは、ぷいっと視線を向けたが、頬がほんのりピンク色になっていた。
「よし、この調子で先に進むか……ん?」
「どうしたの、クルト?」
「空気が変わった」
探知魔法に大きな魔物が引っ掛かった。
遠くからこちらに向かってきているらしい。
これは……。
「二人とも、ベヒモスがこっちに来る」
「え?」
「丁度良い。ここで迎え撃つ」
「そ、そんな無茶ですよ! ベヒモスといったら《災害級》の魔物じゃないですか!」
ベヒモスが《災害級》だと……?
前世では子どもが練習がてらに、よく狩っていた魔物だぞ?
そりゃ、リザードマンとかエビルバードに比べれば強い。
だが、俺にとったらそいつ等は魔物というより小動物だ。
脅威ですらない。
「ん、どうした? 二人とも、もしかしてベヒモスがやって来て興奮しているのか?」
「「怯えているんだよ!(です!)」」
二人が声を揃える。
そうこうしているうちに、ベヒモスが目の前までやって来た。
「お、大きい!」
ララがベヒモスを見上げる。
ベヒモスは四足歩行の巨大な魔物だ。
「グオオオオオ!」
ベヒモスが前足を上げて、俺達を威嚇する。
「二人とも下がってろ。5秒でケリを付ける」
「いくらクルトでも、5秒は無理ですよ!」
なにを言ってる。
俺にとったら5秒でも欠伸が出るほどだ。
ベヒモスが雄叫びを上げながら、俺達に向かってくる。
俺は剣を引き抜き、身体強化の魔法を重ね掛けした状態で、跳躍する。
「俺に向かってくるとは、大した度胸だ」
あっという間にベヒモスの頭を追い越してしまう。
ベヒモスは俺の動きに、目が追いついていないみたいだ。
俺は剣自体に【鋭利化】の魔法を付与した。
そしてそのまま反対側に抜けるようにして、ベヒモスの頭と胴体を切断する。
「ベヒモスだったら、やはりこんなもんか」
ベヒモスの体がゆっくりと地面に倒れていった。
「な、なにが起こったの!」
「分かりません。早すぎて見えませんでした」
ララとマリーズがタタタと駆け寄ってくる。
「今のは付与魔法というものだ。瞬間的に剣を強化して……ん?」
そこで俺は改めて持ってきていた剣を見る。
パリン。
「うわっ! 割れた!」
ガラスが割れるような音を立てて、剣が粉々に砕けてしまったのである。
「うーん……やっぱりもっと上質な剣じゃないと、俺の付与には耐えられないか」
持ち手だけを残した剣を見て、顎を撫でる。
元々村から出て行く時に、そこらへんにあった適当な剣を持ってきていたのだ。
それこそ、例え魔法が使えない普通の人が使っても、すぐに刃こぼれするような剣だ。
今の衝撃に耐えられなかったのではない。
俺の魔力に耐えきれず、内部から剣が崩壊してしまったのだ。
安物の剣だったら、こういうこともあるので特段驚かない。
というかよくここまで耐えてくれたものだ。
「王都に戻ったら、新しい剣を買わないとな」
と呟いた。
「さて……そろそろ王都に戻ろうか。今日のところはここまでだ。どうせなら100層まで行きたいが……」
「100層なんてとんでもないこと言わないでよ!」
「でも、クルトだったら出来そうに思えてくるから不思議ですね」
だが、新しい剣を買おうにも、ろくに金を持ってきていない。
魔石は武器とかを加工するために使いたいし……。
となると。
「ベヒモスを持ってかえるか」
倒れているベヒモスに視線を移す。
「どうやって持って買えるの?」
「ララ、それは解体して持って帰るのですよ。それでも三人じゃ全部は無理でしょうが……」
「もったいないね」
「仕方ありません」
二人はなにを言ってるんだ?
「全部持って帰るぞ」
「「え?」」
「よっと」
俺がベヒモスに手を掲げると、青白い光が生まれる。
そして光がなくなった頃には、
「ベ、ベヒモスが消えてる?」
「どこに行ったんですか!」
ララが口に手を当てて、マリーズが前のめりになって驚いている。
「収納魔法を使ったんだ。こうすれば解体なんて面倒臭い真似しなくても、全部持って帰れるだろう?」
とはいっても収納魔法は個人的にはあまり好きではない。持ち運びするために、収納魔法を使っている間は、常に魔力を消費しなければならないのだ。
この程度でまだまだ魔力切れは起こさないのだが、それがなんとなく気持ち悪い感じがするのだ。
「収納魔法って! あれって遺失魔法じゃなかったの?」
「私、本の中でしか聞いたことありません……」
どうやら収納魔法もこの世界では一般的じゃないらしい。
一体、どれが普通でどれが普通じゃないんだ……。
まあそれはゆっくりと調べていくとしよう。
「これで思い残したことはないな。二人とも、王都に戻ろう」