179・女子達の楽しい観光旅行
ララの視覚を通して、おぼろげに彼女達の光景が浮かんでくる。
「じゃじゃーん!」
すると急にララの声が聞こえ、目の前にマリーズとシンシア、ラゼバラの姿が現れた。
「どうどう?」
「可愛い」
シンシアが表情一つ変えずに言う。
なんだ? なにが起こっている?
「へへーん、そうかな?」
とララがくるりとその場で振り返った。
これまた目の前に鏡があって、そこにララの姿が映し出された。
こ、これは……!
可愛い。
今のララはロザンリラ魔法学園の制服ではなく、何故かフリフリのワンピースに袖を通していた。
ピンク色を基調としている女の子らしい服で、それがとてもララに似合っていた。
「ララちゃん……! とっても可愛いです。人間にもこんな可愛い子がいたんですね」
「あっりがとーっ!」
ララが敬礼する。
彼女が視線を隣に移すと、そこには背中に翼を生やした天使がいた。
これは……ブライズだったか。
俺達が神界に来て、ナンパから助けた女の子天使だ。
「ふふっ、そうやってクルトを誑し込んでいるのね。勉強になるな」
「そ、そんなことしてないよっ! でも……クルトはとっても優しいから、いつもわたしのことを『可愛い』って言ってくれてるけど……」
「自慢かしら?」
「わわわ!」
ララが顔の前で手を左右にバタバタと振った。
随分楽しそうだが……今ララ達がいる場所は服屋か?
いい加減状況が掴めてきた。
所狭しと並べられている服。
店内には至る所に鏡が置かれており、ララ達以外にお洒落な天使達の姿もあった。
俺には馴染みの浅いところだ。
武具屋にはよく行くのだがな。
俺はファッション性というよりも、どうしても機能性を意識してしまう。
昔、武具屋にある剣があまりにも酷かったため、店主に許可を取らずに魔法を付与しようとしたが……マリーズに「勝手なことをしないでください!」と怒られたことをふと思い出した。
どうして彼女達は服屋に?
「でも私達、本当にこんなことをしていていいんでしょうか?」
マリーズがジト目でララを見ている。
「どうして?」
「クルトは今頃、単独で領主のアジトに乗り込んでいるんですよ? もしかしたら戦闘になっているかもしれません。なのに私達はこんな風に遊んでいていいのかと……」
「大丈夫だよー。だってクルトなんだよ? なんとかやっているよー」
「あなたは楽観的すぎます。私達にとってここは敵地——と言っても差し支えありません。なにが起こるか分からない場所なのです。もしかしたらクルトは私達の助けを求めているかも……」
きゃっきゃっ楽しそうにしているララの一方、マリーズは心配そうに髪で口元を覆った。
言えぬ。
女に囲まれて酒を飲んでいるなど……彼女にだけは口が裂けても言えぬのだ。
「まあ大丈夫なんじゃない?」
「うん。だってクルトだもん」
真面目なマリーズとは逆に、ラゼバラとシンシアもポジティブであった。
信頼されているのは嬉しいが、何故だかもやもやする。
「でもブライズちゃん、ありがとね! 私達はよそ者なのに、こんなに親切に街を案内してくれて!」
「いえいえ! あなた達は恩人ですから! 神とか人間とか関係ありません!」
ブライズが恐縮する。
うむ……どうやら俺がいなくなった後、ララ達は神界を観光していたらしいな。
まあ俺としては彼女達に負担をかけたくないので、こうしてくれる方が気が楽だ。
その後——服屋で服選びを楽しんだララ達は、店を出て近くの喫茶店に立ち寄っていた。
「……ララ。少し食べ過ぎなのでは?」
ララがサンドイッチを美味しそうに食べているのを見て、対面に座るマリーズが言った。
「そう?」
「はい。そんなに食べてたら太りますよ?」
「だいじょぶ、だいじょぶー。わたし、いくら食べても太らない体質だから!」
「……前にも似たようなことを言っていた気がしますね」
マリーズが溜め息を吐いた。
こうして見てみると、マリーズはララのお母さんみたいだ。
「マリーズちゃんとシンシアちゃんは、ちょっと小食すぎるよー。ラゼバラちゃんは紅茶だけで十分なの?」
ララがラゼバラに目をやる。
「ええ。紅茶、好きだからね。落ち着くのよ」
「そうなんだ。大人だねーっ!」
「ふふ、ありがとう。おばさん臭いって言われているようにも聞こえるけど、素直に受け取っておくわ」
ラゼバラが優雅にティーカップを口に傾ける。
そもそもララ達と同じ年頃の容姿ではあるが、ラゼバラは神だ。
1000年前からいたのだし、ララ達が「大人だ」と感じるのも至極当然のことであるが……黙っておこう。
「でもクルト。今頃なにしてるのかな。なかなか戻ってこないよね」
「確かにそうですね。まあクルトのことですか、らなんとかしているでしょう」
おいおい、マリーズ。先ほど、あれだけ彼女達を嗜めていたのに、同じようなことを言っているではないか。
「で、でもっ! ファンソナ様のお家に本当に行ったんでしょうか? 門前払いされているんじゃ……」
ブライズの不安そうな口調。
「大丈夫だよ! ブライズちゃんはまだあんまり知らないと思うけど、クルトってすっごいんだからー!」
「は、はあ……」
曖昧に頷くブライズ。
「それでも領主様の家になんの約束もなしに……しかも人間が行くなんて不可能ですよぉ」
「ブライズちゃんは疑い深いなー。きっとクルトのことなんだから、今頃、ファンソナさんとも楽しくお茶してるよ」
……ああ。ファンソナどころか、今はユンヴルの領地に来ているがな。自分で言うのもなんだが、目まぐるしく状況が変わっている。
「あっ、マリーズちゃんにもこのサンドイッチあげるねっ」
「い、いりません! 太りたくありませんから!」
「一個くらい大丈夫だ。それにわたし、トマトが嫌いで……」
「どうして頼んだんですか」
マリーズは呆れながらも、ララからサンドイッチを受け取り口に入れていた。
……なんだかよく分からないが、彼女達が楽しそうでなによりだった。
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書店等でお見かけいただいたら、手に取っていただけると嬉しいです。