175・百冊同時に読めば可能だ
「さて、ユンヴルにはああ言われたものの、今からなにをしようか」
『ああ言われた』というのは、もちろん『城下町を自由に見て回っていい』という言葉だ。
城下町におりると、そこには人間界とさほど変わらない光景が広がっていた。
「こういうところは、ファンソナの領内と同じだな」
とはいえ、街中を歩いている人間のようにしか見えない連中は、ほとんどが神であったり天使であったりするんだろうが。
俺は考え事をしながら、気ままに市内を探索していく。
——ファンソナとユンヴル。
両者の異なった意見。
ファンソナはユンヴルこそが巨悪だと主張しているし、ユンヴルはその逆だ。
両者の意見が食い違っている。
「俺が感じるところを信頼するなら、二人とも嘘を吐いている……といったところだが」
なにかがおかしい。
二人の言っていることを思い出し、俺は強烈な違和感を感じていた。
しかし今はその違和感の正体に分からない。
「鍵は『古の神器』となりそうだな」
果たして、古の神器とはどのような形をしており、そしてどのような力を有しているのだろうか。
まだ見ぬ武器に俺は思いを馳せていた。
そんな時……。
「ん?」
とある建物の前で立ち止まる。
白塗りの荘厳な雰囲気の建物。
ここは……。
「図書館か?」
神界にもこのような場所があるのだな。
ますます人間界みたいだ。
「あまり期待は出来ないが、古の神器についての書物があるかもしれぬ。一度覗いてみるか」
どちらにせよ行くあてもなかったしな。
俺は真っ正面の入り口へと向かい、中に入ろうとした。
しかし。
「うむ……これはどうやら入場者を識別するゲートのようだな」
ゲートを潜ろうとすると、見えない結界に阻まれ足を止められる。
それと同時に、
『認証カードを見せてください』
という声が聞こえてきた。
はて……認証カードとはなんのことだ。
他の神々(天使?)が図書館に入っていく光景を観察する。
その神々は例外なく、一枚の紙切れ……カードのようなものを取り出し、それを近くの機械にスリットした。
そうすると結界がなくな、り神々はすんなりと図書館の中に入っていった。
「どうやらあのカードがなければ、図書館に足を踏み入れることすら出来ないわけか」
あれはなにか、神の身分を証明するようなカードなのだろうか。
人間界でもこのような仕組みはあった。たとえば分かりやすいところでいうと冒険者の仕組みだ。俺達は魔法学園の生徒なので生徒証で代用可能だったが、普通なら冒険者ライセンスがなければ依頼を受けられないようだった。そのようなものだろう。
どのようにして認証カードを手に入れればいいのか分からぬ。それを調べるのも億劫だった。
「しかし……認証カードなど俺に必要ない。やはり正面から突っ切るのが正しいか」
もう一度ゲートを潜ろうと、足を前に進める。
本来なら潜ろうとしたところで不可視の結界が俺を阻み、これ以上は進めないはずだった。
だが。
「この程度で俺の歩みを止められると思ったか?」
手をかざし、ゲートの結界を改竄する。
……うむ。やはり、このゲートは魔法式の仕組みとよく似ているもので運用している。
暗号化されており少し複雑であったが、俺の手にかかれば容易い。
結界が消滅し、中に入ることに成功したのだ。
突破!
「……って俺はなにをしているのだ」
一人ツッコむ。
こういう時、マリーズがいたなら「不正はしないでください!」「なんでそんなに大袈裟なんですか!」とかツッコミが入るところであろう。
彼女のあのキレの鋭いツッコミは、1000年前ではそうお目にかかることはなかった。
そういえば「ファンソナと喋りに行く」と転移してから、短い間ではあるが彼女達と交信していない。
今頃なにをしているだろうか?
ラゼバラもいるし今更心配もないが、あとで覗いてみるとするか。
「さて……図書館への侵入も果たしたところだし、俺の探している書物はあるだろうか」
中は広大なところであった。
そして多すぎる本棚のせいで、内部はまるで迷路のようになっていた。
ほとんど隙間な、くびっしりと本が敷き詰められている。
圧巻の光景だ。ここまでの蔵書数は帝国のディスアリア魔法学園の大図書館に匹敵するだろうか。
「すまない」
「はい?」
近くを通りがかっていた司書らしき天使に声をかける。
「古の神器について書かれた本はあるか?」
「古の神器……ですか。あなたみたいな若い者がよくそんなもの、知っていますね」
天使は感心しているようだった。
どうやら古の神器自体は、一般の神々や天使の中でも知られているようだな。
「古の神器についてですね……えーっと、こっちだったかな」
天使の後を付いていく。
すると天使はとある場所で立ち止まって、
「ここですね。ここからあそこまでに全て古の神器についての書物が蔵書されています」
と口にした。
ぱっと見、数にして三千冊は超えるであろうか。
「こんなにあるのか」
「ふふふ、驚きました? ここは図書館は神界でも有数のところですからね。神界一の蔵書数を誇っているんですよ」
天使は誇らしげに胸を張った。
「ありがとう。全て目を通して見る」
「全て? なかなか面白いことを言いますね。ここにある本を全て読み切るまでには、果たして何日……いいえ、何年かかるのかしら」
くすくすと愉快そうに笑う天使。
「それにしてもあなたも、なかなか物好きですね」
「なにがだ?」
「古の神器なんて、お伽噺の中だけのものじゃないですか」
お伽噺?
「どういうことだ」
「いわゆる実在しないとされている武器です。空想上の武器にしては、もっとも有名なものですね。それをこんなに調べ上げようとするなんて……」
なるほどな。
どうやら古の神器は、一般の神々や天使の間ではそのような扱いになっているらしかった。
しかしラゼバラ、そしてファンソナとユンヴルにしても古の神器は『実存している』ことを前提に話をしていた。
……まあこれだけの本に目を通せば、少しは手がかりがつかめるだろう。
まずは読んでみるとするか。
俺は一冊目の本を取り出し、試しにパラパラと捲ってみるのであった。
一時間後……。
「あら、まだいらしゃったんですね」
先ほど、俺に古の神器についての本がある場所を教えてくれた天使が通りがかる。
「ああ。俺にしては少し時間がかかってしまった。読書など久しぶりだったからな」
「ふふふ……それで一冊くらいは読めましたか? それともまだ読めてない?」
興味津々といった感じで天使が問いかけてくる。
しかしなにを勘違いしているのだ。
「もうここにある三千冊、全て読み終わった」
俺は本棚を指差して、そう告げた。
「は? なにを言ってるんですか?」
天使はきょとん顔である。
「そんなこと出来るわけないじゃないですか。さっきから一時間くらいしか経ってないですよ。読むどころか、三千冊を手に取ることすら不可能……」
「場合によっては、百冊を同時に読ませてもらった。このようにすれば、速読など簡単だろう?」
まあ俺も手は二本しかないので、魔法で本を浮かせたりして対応していたが。
あまり長居するのもあれだったからな。さっさと済ませたのだ。
「やっぱりあなたは面白いですね。冗談がきつすぎますよ」
「だから本当だと……」
「はいはーい、分かりました。すごいですね。そんなにすぐ本を読めるなんて。わたし、尊敬しちゃうなー」
棒読みだ。
どうやら全く信じていないようだ。
俺は天使が楽しそうに笑っているのを見て、頭を掻くしかないのであった