174・聖の神
転移した場所に行くと、そこは先ほどのファンソナ邸とよく似た開けた場所であった。
しかし誰もいないように思える。
俺は探知魔法の精度を上げようと、魔力を注ぎ込む。その矢先であった。
「待っていたぞ」
突如辺りに声が響き渡る。
前を見ると、ぼわっと小さな灯りが浮かび、それはやがて人型を形取った。
背中に白い翼を生やし、神々しい男のような外見をしている男であった。
「待っていた……か。俺を招いてどうするつもりだ。なにを考えている……ユンヴルよ」
俺が質問すると、男は微笑むだけでなにも言葉を返そうとしなかった。
ふむ……場の状況から考えて、こいつがユンヴルだと思いカマをかけてみたが……どうやら当たりだったようだ。
「貴殿と少しお喋りがしたくてな」
「お喋り?」
「ああ。貴殿がファンソナに騙されているのを見て、憐れに思えてきてな」
「なんだと?」
前のめりになるが、あくまでユンヴルは余裕の態度を崩していなかった。
「あの神はとんだ食わせ物だ。ファンソナの言うことを信じていては、いつか痛い目に遭うぞ」
「うむ……別に信じたわけでもないがな。だが話の辻褄は合っていた。お前が古の神器を復活させ、人間界を滅ぼそうとしている……と聞いたが?」
警戒を解かず、殺意を込めてユンヴルを睨んだ。
しかし……ユンヴルもそれを「ふっ、なかなか好戦的な人間ではないか」と言い受け流すのみであった。
「ヤツの言っていることは嘘だ」
ユンヴルはきっぱりと言い放つ。
「我が人間界を滅ぼそうとしている? なにを言っておる。我にとって人間とは、他の土地にいる虫けらのようなものだ。自分の土地……つまり神界に入って悪さをしない限り、駆除する気にもならん。我にとって、人間とはそのようなものだ」
「ではファンソナが嘘を吐いていると?」
俺の問いに、ユンヴルが鷹揚に頷く。
それにしても、このユンヴルとかいう神。『悪さをしない限り』という言葉を前置きしたな。
つまり俺に対して、少しでも変な動きを見せれば、いつでも消し去るぞと警告したわけだ。
ここに来る前から分かっていたことだが、やはり油断ならない。
「ならば問う。どうしてファンソナと争っているのだ? ここまでの話を聞いた限り、お前とファンソナが争う理由は見当たらないが」
聞く限り、ユンヴルもことを荒立てたくない性分にも思える。
わざわざファンソナのところへ襲撃をかける理由もないのだ。
俺が疑問に思っていると、ユンヴルはゆっくりとした足取りで歩きながら、とつとつと語り始めた。
「それはファンソナが神界を支配しようとしているからだ」
「ほお?」
「ファンソナは我が古の神器を復活させようとしている……と言ったかもしれないが、事実は逆だ。彼女こそが古の神器を復活させて、その力をもって神界を支配するつもりだ」
「一体なんのために?」
「それは言わなくても分かるのではないか? 全てを手中に収め、世界を支配しようと愚かな戦争を起こすのは、人間も同じではないか」
そのことに対して、俺はなにも答えることが出来なかった。
「つまりこれは神と神同士の戦いなのだ」
ユンヴルは続ける。
「ファンソナは神界を支配しようとしている。しかし我はそれを許さない。神界を支配するとなったら、真っ先に我が滅ぼされるだろうからな」
まあこれだけファンソナに対して攻撃的なのだ。ユンヴルがそう考えるのも無理はない。
「それを阻止するために、今まで幾たびもファンソナ邸に襲撃をかけている……だが、後一歩のところで追い詰めることが出来ない。といったところか」
首を縦に振るユンヴル。
うむ……まだ話の全容は見えてこないが、二者の主張は分かった。
まとめよう。
『癒』の神、ファンソナ。彼女はユンヴルは人間界を支配しようとしていると主張している。そしてユンヴルが攻撃を仕掛けてくるから、自分は火の粉を振り払っているだけなのだとも。
『聖』の神、ユンヴル。彼はファンソナこそが神界を支配しようとしている巨悪だと主張。それを阻止するため、積極的に彼女のところへ襲撃をかけている。
二者の意見が噛み合っていない。
一体……どちらが嘘を吐いているのだ?
もしくは両方とも真実なのか。
魔法を使って、ユンヴルの頭を探ろうとする。しかしプロテクトが入っていて、深奥まで潜り込むことが出来ない。そこはさすが神、抜かりないといったところか。
だが逆を返せば、わざわざプロテクトをかけるくらいなのだから、知られてはまずいことを隠しているということだ。
まあ今それを問いかけても、答えてくれるはずがないがな。
「異端者よ。今度は我から質問する」
思考に没頭していると、今度はユンヴルから問いかけてきた。
「なんだ? 聞くだけ聞いてやろう」
「我の元に来い。一緒にファンソナを滅ぼそう」
「……唐突な話だな」
「我は貴殿を買っておる。人間でありながら邪神を倒した男よ。我と貴殿の力が合わされば、ファンソナなど容易く滅ぼすことが出来るだろう」
「どうしてお前と協力しなければならない。それをして、俺になにかメリットがあるというのか」
「ファンソナは神界を支配した後、人間界にも侵略してくるだろう。そう考えると、我に強力するメリットはあると思うが……?」
はあ……。
溜息も吐きたくなるものだ。
俺は間髪入れず、
「断る。俺はまだお前も信頼したわけではないからな」
と答えた。
しかしユンヴルはその答えを予想していたのか。
「ふむ……やはりか」
「この流れで首を縦に振るわけがなかろう」
「我のことが信頼出来ない……か。まあ確かに、ファンソナに嘘を吐かれれば、そうなるのも仕方がないか」
「くくく……」とユンヴルは愉快げに笑った。
なにを考えている?
「話はそれだけか?」
「まあ待つといい。せっかく来たのだ。我が仕切っている城下町に行ってみてはどうだ? そこの住民の話に耳を傾けてみるといい。そうすれば、いかにファンソナが愚かなのかはっきりするだろう」
意味ありげな言い方だな。
まあ推理する材料を集めるために、こいつの領地に行って聞き込みをするのもいいだろう。
なにか話が見えてくるかもしれない。
「ではお言葉に甘えさせてもらおうか」
ならば早速行動だ。
ユンヴルに背を向け、ここから出て行こうとすると。
「異端者よ。一つ予言しておく。近いうちに、貴殿は必ず我に協力することになるだろう。これは初めから決められている規律なのだ。何人たりとも逆らうことが出来ぬ」
と不吉な予言を言い残すのであった。