173・下位神ソト
【SIDE ソト】
私はソト。
上位神のユンヴル様と違い下位ではあるが、れっきとした神の一人である。
「今日こそファンソナを仕留めるぞおおおおおお!」
「「「おー!」」」
私の一声に、部下のみんなが雄叫びを上げた。
何回目になるだろうか。
今回の作戦の最終目標は無論、ファンソナを完全に滅ぼすことである。
しかしあの女、なかなか最後の一手を許してくれない。
今まで追い詰めたことは何度もあった。保守派のファンソナは、元々軍事力が低い。大した兵を用意していないからだ。
だが、そこは腐っても上位神。
もし「仕留めた!」と手応えを感じても、あの女は何度でも蘇る。
この神聖こそが上位神の特権である。
「ファンソナもバカな神ですね」
「うむ」
部下の声に、私は頷いた。
「どれだけ自分が愚かなことをしているのかもしらずに。彼女のやっていることは自分で自分の首を絞めるようなものだ。それすらも気付かないとは……」
「全くだ」
正直どうしてファンソナが、我々ユンヴル派の考えに賛同しないのか分からない。
「おそらく彼女はもう正常な思考など出来やしない」
「その通りです。ソト様」
「ならば我々が正してやらねばならないのだ」
「はい!」
私達はファンソナ邸に侵入を果たす。
結界も張っていたようだが……この程度、ユンヴル様のご加護を得た我々だったら破るのも容易い。
途中でファンソナが率いているであろう部下の神や天使も、我々の前に立ち塞がってきた。
しかし最早敵ではない。
度重なる襲撃により、ファンソナの兵力は落ちきっている。
我々の攻撃を防ぐ手段は残されていないのだ。
「……ん? 皆の者、止まれ」
私の指示に、部下達が足を止める。
ゆらぁ、ゆらぁ……。
「あれは……剣?」
「盾もあるみたいですよ。どうしてあんなところに武器が……」
それは不思議な光景だった。
我々が今いる場所は長い廊下である。これを抜けきった先に、ファンソナがいると考えられた。
そこに剣や弓……盾といった武具が床から浮遊し、ゆらゆらと揺らめいているのである。
武具は揺らめきながら、ゆっくりと我々に接近してきた。
「うわあっ……! この武器、攻撃してくるぞ!」
部下の誰かが声を上げた。
なんと浮遊している剣や弓は独りでに動きだし、我々に攻撃をしかけてきたのだ。
「誰かが魔法で操縦しているのか!?」
しかし焦ることはない。
「もしそうだとしても、降りかかる火の粉は振り払うのみだ。皆の者、進軍せよ!」
「了解!」
指示を飛ばすと、部下達が一斉に浮いている武具に攻撃を仕掛ける。
しかし。
「な、何故攻撃が通らない!?」
剣や弓ははらりと舞いを演じるかのように、我々の攻撃を避け。
我々が攻撃を仕掛けると、盾がそれを防ぐ。
私達の目には、まるで武具達が歴戦の戦士のように思えた。
「そ、操作しているだけとは思えんぞ!?」
魔力を辿ってみる。
しかし……分からない。ファンソナ邸内にはいるとは思うが、この近くにはいないようだ。
「そんなバカな……遠くからこれだけ操作出来るわけがない! まるで武具一つ一つに『意志』があるかのようだ!」
意志?
自分で言ってみて「なんとバカなことを」と思ってしまう。
それほど、目の前で我々に襲いかかってくる武具は常識外れであった。
「と、とにかく皆の者、冷静になれ! 冷静になればこれくらい対処出来るはず……!」
指示というより、自分で自分を言い聞かせているかのように言葉を放つ。
徐々に我々の戦型が崩されていき、また一柱床に倒れ伏せていった。
「い、一体なにが……!?」
そう声を上げた時であった。
「神ごときが俺に勝てると思っているとは……愚かな考えだ」
突如目の前に一人の人間が姿を現した。
◆ ◆
「神ごときが俺に勝てるとは……愚かな考えだ」
俺はタイミングを見計らって、戦いが起こっている場所まで転移する。
「き、貴様は……何者だ!?」
神の一人が怒声のような問いを投げかける。
「何者……か。ただの人間だ。俺のことを『異端者』と呼ぶ者もいるみたいだがな」
「異端者……」
「取りあえず、今のところお前等に恨みはない。しかし俺は俺の目的を果たさなければならない。滅んでもらうぞ」
もっとも。
「……俺が直に手を下さなくても、勝手に滅んでくれるだろうがな」
少し離れた場所から戦場を見守る。
俺の魔力によって独立した『意志』を与えられた武具。
それらが縦横無尽に動き回り、神達と互角以上に戦い合っているのだ。
神ごときが俺の部下に勝てるわけがない。
さほど時間をかけずとも、襲撃を仕掛けてきた神達は次々と床に倒れていき、無力化することが出来た。
「ふん。やはり神といえども下位か。口ほどにもないな」
襲撃メンバーはこれだけではない。
どうやら第二陣、第三陣も用意しているようであった。
しかしこの武具達がいれば、心配ないだろう。
なんせ魔力が切れるまで、半永久的に動き続ける兵士なのだ。疲れや恐怖も知らぬ。
「なにもしなければ、軽く三日は動き続けるだろうからな」
こいつ等がザコなことは最初から分かっていたことだ。
しかし俺には「ユンヴルに力を示す」必要があった。
この戦いをどこかでユンヴルが見ているとするなら、そろそろ声がかかってもおかしくないと思うが……。
そう思っていた時であった。
『ほう、なかなか面白いではないか』
辺りに声が響き渡ると同時、目の前に黒い球体が現れる。
転移門だ。
「今の声は……ユンヴルとやらか?」
問いかけるも答えは返ってこない。
「この転移門……ユンヴルのところに繋がっているのだろうか」
転移門を解析する。
……どうやらファンソナ邸の外に繋がっているようだ。彼女の魔力でもない。
ならば先ほどの声といい、ユンヴルに関係しているものの可能性が高い。これがそのままユンヴルの元に直接繋がっているかは、未だ不明であるが。
「罠である可能性も高いな」
俺の考えが正しければ、ここから先はユンヴルの領域だ。
なにか罠を仕掛けてこないとも限らない。
とはいえ。
「なにが出てきても、神ごときの策略なら跳ね返せる自信がある。それに人間界を滅ぼそうとしている愚者にも興味があるからな。一度飛び込んでみるか」
さて邪が出るか鬼が出るか……この場合は『神』といった方が正しいだろうか。
俺は黒い球体に手を触れ、その先へと転移した。