171・戦う理由
「クルト・レプラクタ。あなたの力、存分に見せてもらいましたよ」
尊大な態度で『癒』の神、ファンソナがそう告げた。
「そちらから試しておいて、随分と偉そうだな」
「許してください。そもそも神であるわたくしがあなたと会話を交わすこと自体、異例のことなのですよ? これが他の者にバレれば……どうなることやら」
「ラゼバラとは普通に会話しているのだが」
「あの子は特別です」
困ったように、ファンソナは肩をすくめた。
「まあ良い。俺の用件は神同士の抗争についてだ。一体なにが起こっている? 教えてくれ。まさか約束を破談にするつもりではなかろうな?」
牽制のつもりで、ファンソナを一睨みする。
ただ睨んだだけではない。視線に『魔力』を込めている。大概の人間や魔物なら、俺の眼光一つで滅びてしまうだろう。
しかしそこはさすが神といったところか。
ファンソナは「おお、怖い怖い」と言ってから、
「ええ、もちろん約束は破りません。約束は守る、それがわたくしの『規律』なのですから」
と何事もなかったかのように続けた。
うむ、この程度の魔力ならびくともしないと言ったところか。
「どこまで話は知っていますか?」
「『聖』の神のユンヴルだとかいうヤツと、お前が争いを起こしている。ユンヴルは急進派で、お前が保守派といったところだな」
「わたくしを『お前』という人間は……いや、神や天使ですら『お前』呼ばわりするのは、あなたくらいですよ」
「話を脱線させるな。俺は神同士の抗争について話している」
「——その通りです。わたくしと『聖』の神は愚かな戦いを始めてしまった」
ファンソナが嘆く。
「自分でも愚かだと言っているのに、戦い続けるのはどうしてだ」
「愚かだと分かっていても、戦わなければならない時もあります。そのことはあなたも分かっているでしょう」
「……確かにな」
そもそも俺は今まで戦いらしい戦いをしたことがない。
あまりにも実力差がかけ離れているからだ。
1000年前ならともかく、現世ではその傾向はさらに強く出る。
それなのにどうして俺は戦っているのか?
その答えは簡単だ。相手から戦いを挑んでくるからだ。
相手に剣を振り上げられれば、こちらとて剣を手に取らなければならない。
そうしなければ俺がやられてしまう。
ただ火の粉を振り払っているだけだ。
ファンソナもそうだと言いたいのだろうか。
「ユンヴルは恐ろしい計画を立てています。それはわたくしにとって、見逃せない事態です。それを止めるために、わたくしはユンヴル派と戦っているのです。ユンヴルが今すぐ計画を中止にすれば、わたくしだってこんな愚かな戦いは今すぐにでも止めたいのです」
「その計画とはなんだ?」
一筋縄では答えてくれないと思った。
神とはそういうものだ。人間を『下』に見ている。
ラゼバラのような、俺と対等に話す神が特殊なのだ。
だが、ファンソナは俺の予想を裏切って、あっさりと口を開いた。
「ユンヴルは人間界を滅ぼそうとしているのです」
「なんだと?」
さすがの俺とて、声を上げてしまう。
「どうしてそのようなことを」
「ユンヴルは人間というものは愚かな生き物だと思っています。すぐに戦いを始め、自ら滅んでいく生き物だと。争いについては千年前より少しマシになりましたが、その分平和になった世で人間は怠惰になりました。このような愚かな生き物、滅ぼすべきだと」
なるほど……あくまでファンソナの話を全て信じるならという話だが、俺達人間にとっては、ユンヴルの方が悪のようだ。
さて果たして、どうしたものか。
「ファンソナも同じように、人間を愚かだと思っていないのか?」
「わたくしも愚かだと思っていますよ。ただ滅ぼすのはやり過ぎだと。いくら神とて、人間のような種を滅ぼすのには多大な労力も使います。世界の『規律』が歪んでしまう可能性もあります。そのような可能性を考慮に入れた結果、まだ人間は滅ぼすべきではないと考えています」
うむ……まだか。
随分含みを持たせた言い方だな。
一見ファンソナは人間側の味方のように思える。
しかしその言葉の端々から、人間についてあまり良い印象を抱いていないのがバレバレだ。
あまりファンソナを信頼するのも考えものだろう。
「しかしユンヴルはどのように人間を滅ぼすつもりなのだ。お前の言うことを信じるなら、多大な労力とやらがかかるのだろう?」
「ユンヴルは『古の神器』を復活させるつもりです。そう簡単に復活はさせられないでしょうが、あの神器をもし目覚めさせることが出来れば、人間界を滅ぼすなど容易いことです」
ここでも『古の神器』とやらが出てくるか。
「ならば問う。その古の神器とはどのようなものなのだ? 人間界を滅ぼせるほどの力を持った武器、興味がある」
「ふふ。もしやあなたも人間界を滅ぼしたいと思っているのですか? あなたの言葉からはそう聞こえますよ」
「ふっ、まさか」
あまりにも的外れな答えに、つい笑ってしまう。
俺も人間というものは、一部愚かな部分もあると思っている。
しかし(俺が人間だからという理由もあるかもしれないが)、なにも滅ぼす必要はなかろう。
人間界にも良い人間がたくさんいる。
ララやマリーズ、シンシア等がその典型だ。
彼女達まとめて人間界を滅ぼすとは……それを考えること自体が、愚かな選択である。
「『古の神器は』……」
ファンソナがそう言葉を続けようとした時であった。
ゴゴゴ……。
地が震える。
「なにが起こっている?」
周囲全体から魔力の奔流を感じる。
ここまで接近するまで見逃してしまうとは。
この部屋全体に張られている結界が、仇となってしまったか。発見が遅れた。
「……困りましたね」
ファンソナは頬に手を当てて、こう言葉を放った。
「どうやらユンヴル派が、この邸宅に攻撃を仕掛けてきたようです」
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