170・癒の神
「ここか」
転移した先は神殿のような場所であった。
天井が嘘のように高い。
巨大な柱が何本も立っており、俺はそれに手を当てた。
「まるでお伽噺の中の世界に入ったかのようだ」
それくらい、ここには現実感といったものが一切なかった。
それにしても随分と簡単に入れたものだな?
転移魔法を妨害する魔法陣がいくつか仕込まれていてもおかしくないと思ったのに、一つも見当たらなかった。
疑問に思っていると。
「来ましたね。迷える子羊よ」
声が聞こえる。
目の前に光が現れ、それは徐々に人形を形取った。
「うむ、そうだったか。最初からお前は俺を招くつもりだったということか」
俺の言葉にそいつは首肯する。
キレイな女性だ。
しかし背中から白い翼が生えており、それが天使であることを証明しているかのようであった。
「その通りです。クルト・レプラクタよ。千年前には異端者と呼ばれていましたね」
「異端者という名前ではもう呼ばないで欲しい。あまり良い思い出でもないからな」
苦笑する。
「お前は誰だ?」
「わたくしの名前はファンソナ。『癒』の神とも呼ばれています。あなたはわたくしと対話したかったのでしょう?」
「それもお見通しだったか」
ファンソナを見つけ出すために時間を要すると思ったが……都合が良い。
この様子では街での俺達の様子は覗かれていたみたいだな。
ファンソナはこの街の領主だとブライズは言っていた。これくらいの所業、なんら不思議ではないだろう。
「単刀直入に聞く。どうやら神同士でつまらぬ小競り合いが起こっているようだな。なにが起こっている?」
「ラゼバラに聞いたのですね。あの子ったら……人間に神の都合を教えるなんて。本当に困った顔です」
ファンソナが自分の頬に手を当て、愁いを帯びた表情になった。
「つまらない小競り合い……まさにあなたの言った通りです。わたくし達は神界の平和を司り、人を導く役割があるというのに、このような争いは無意味でしょう。あの男はそれが分かっていないのです」
「基本的に争いというのは不毛なものだからな。それは神界でも変わらなかったか」
首肯するファンソナ。
「では続けて問いたい。一体そのつまらない小競り合いとはなにが原因なんだ? どうして神同士で争っている……」
「それをあなたに教えるのは簡単でしょう。ですが……その前に一つ試してもいいですか?」
「試す?」
俺が疑問を口にすると、ファンソナがぱちんと指を鳴らした。
ファンソナの両脇に二体の鎧が現れた。
「あなたの力をです」
ファンソナの指先に魔力が宿る。
すると赤色と青色の光となり、それは二体の鎧に乗り移った。
「うむ。招いておいて、試すとは不思議なことを言うものだな」
「不躾なことは分かっています。しかしわたくしも純粋に興味があるのです。人の身で邪神を倒したあなたの力を」
「知っていたか」
「神はなんでもお見通しです」
二体の鎧を分析する限り、中には誰も入っていない。
しかしファンソナが魔力を込めることによって、独立した意志で動けるようであった。
「この程度をはね除ければ、たとえわたくしから話を聞いたとしても、あなたはなにも出来ないでしょう」
「そういう考え方もあるか。まあよかろう」
俺はくいっと手招きする。
「遊んでやる。さっさとかかってくるといい」
二体の鎧がゆっくりと動く。
赤色の魔力を宿した鎧が一閃……! 俺はそれを回避し、相手の出方を観察する。
「油断してはダメですよ」
ファンソナがせせら笑った。
途端、青色の鎧がさらに光り輝き、ファイアースピアを十本同時で放ってきたのだ。
「なるほどな」
俺は結界魔法を展開し、それを防ぐ。
「物理と魔法。二つの力を、その二体の鎧は各々に宿しているということか」
ファンソナが口を閉じたまま、首を縦に振る。
どうやら赤色が物理。青色が魔法に対応しているようだ。
さらに赤色は物理でなければ攻撃が通らず、逆に青色は魔法だ。
「物理と魔法、同時に攻撃を仕掛けてきます。その腕前は人間界の基準でいうと、どちらも世界一。果たしてあなたは、物理と魔法……両方に対処することが出来るでしょうか?」
「なかなか面白い趣向を凝らしてくれるな」
俺は右手に剣を顕現させる。
「魔剣よ——来い」
この世界で何度も世話になった魔剣だ。
俺はそれを振りかぶり、
「世界一? その程度で俺に敵うとでも思ったのか」
たった一閃。
すると二体の鎧は一瞬にして粉々に砕け散ったのだ。
「……っ!」
これにはさすがに驚いたのか、ファンソナが息を呑む。
「この魔剣は物理と魔法、両方の力を宿している。二人別々に対処する必要など最初からないわけだ」
魔剣をしまう。
「神が俺を試すとは馬鹿馬鹿しいことをしてくれる。準備運動にすらならなかったぞ?」
『ドSの幼馴染に「彼女ができた」と嘘を吐いてみた』
という新作もはじめてみました。
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