169・天使ブライズ
「あ、あの……ありがとうございました……」
神達を縄で縛り上げていると、助けた女の子がおずおずとお礼を言ってきた。
「気にしなくていい。ただのザコだったからな。俺にとって、こんなものは準備運動にすらならん」
「人間なのに神相手をザコ呼ばわりするのは、あなたくらいよ」
ラゼバラからツッコミが入った。
「え……人間……?」
そこではじめて俺達の正体に気付いたのか、少女がぱちぱちと何回か目を瞬きさせた。
「そうだよー。私はララって言うんだ!」
「マリーズです」
「シンシア……」
ララ達も自己紹介をする。
「ラゼバラよ。まあ私は人間じゃなくて神なんだけど。その子達とお友達」
後ろ髪を触りながら口にするラゼバラ。
「俺はクルトだ。よろしくな」
少女に手を差し出す。
すると。
「は、はい……よろしくお願いします……」
恐る恐るではあったが、少女は握手に応じてくれた。
「あたしはブライズって言います。これでも一応天使やってます」
「ブライズがいい名前だ」
しかしあれだな。
「どうしてそんなにビクビクしてる? もっと背筋を伸ばしてみるといい」
「う、うん……でもあたし、いつもこんな感じだと思うから……気にしないで」
ブライズは背筋を伸ばしているつもりだろうが、あまり変わっているようには見えない。
こういったところも初期のシンシアに似ている。
まあ彼女の場合は俺達と接するようになってから、随分変わったものだが。
「クルト? どうしたの……? シンシアの顔になにか付いている?」
「いや、シンシアも成長したなと思っただけだ」
「気付いた?」
「もちろんだ」
最初の頃に比べて、俺と話す時にもしっかり目を見ることが出来ている。
魔法の腕も急成長したし、自信の表れだろう。
だが。
「うん……実はシンシア、背が一センチ伸びました……!」
「ん……?」
なんだろう、話が噛み合っていないぞ。
シンシアは誇らしげに胸を張る。
「うわー、シンシアちゃん。大人になったねー!」
「そういえば大人っぽくなったような気がします」
「またみんなで『シンシアちゃんの身長一センチ伸びましたパーティー』をしなくっちゃだね!」
ララ達で何故だか盛り上がっている。
身長が一センチ伸びただけでそんなものしていたら、この先どれだけパーティーをしなくてはならないのだ……。
「まあいい」
俺は気を取り直して少女——ブライズの方を向き直って。
「ブライズ。少し話を聞かせてもらってもいいか?」
「なに?」
首をかしげるブライズ。
「この神界でなにか変わったこととかないか?」
「変わったこと?」
「なにか些細なことでもいい。教えてくれると助かる」
ラゼバラは『神々がなにかよからぬことを企んでいる』と言っていた。
それと同時に、神々の中にいくつか派閥があるということも。
ラゼバラは邪神バグヌバを封印するため、しばらく人間界に降り立っていた。そのせいで彼女ですら、神界の事情がよく分かっていないのだ。
しかし目の前の少女、ブライズならどうだろうか。
そういう意味で問いかけると、
「……いつもと変わりないと思います。だけど最近は上位神の方々がピリピリしているみたいで、あたし達にも影響がある……といったくらいです」
とすぐに答えが返ってきた。
「上位神?」
「神々の中でも位の高い神のことよ。あ、ちなみにあたしも元上位神よ」
すぐにラゼバラが補足を入れる。
「そんな様子は一切見せなかったではないか。それに元だと?」
「うん。自由奔放にしすぎたせいで、上位神から外されちゃったの」
自由人らしい末路だった。
まあ上位神というのは、人間界でいう『貴族』や『王族』のような者と思って差し支えはないか。
「その上位神はどうしてピリピリしているんだ?」
「えっと、上位神の中でも特に力を持っている神がいまして。それが『聖』の神ユンヴル様と『癒』の神ファンソナ様。この二人は考え方の違いから、仲が悪いんです。それにそれだけ力の強い神様達ですから、派閥も出来ちゃって……」
ラゼバラの言っていたことにも繋がるな。
どうやらラゼバラの言っていた『よからぬこと』も、この二柱が原因で起こっていることのようだ。
「ブライズ、もう少し詳しく話を聞いてもいいか?」
「は、はい。あたしで答えられることなら……」
「考え方の違いとはどういうことだ? どういったことで二柱の確執が生まれ、衝突しているのだ」
質問すると、ブライズは途端に悩み出す。
「あ、あまり詳しいことはあたしにも分からないです……ふくざつぅ? に色々絡み合っているらしいんで。ただきゅうしんはぁ? と、ほしゅはぁ? ってのに別れているらしいです」
きゅうしんは、ほしゅは……急進派、保守派といったところか。
なにかしらの改革を推し進めようとしているということか。そしてどちらかがそれを止めようとしている。
「この街にいる神々様や天使達は、全員どちらかの派閥に別れています。というか別れないといけない……と言いますか」
「ちなみにブライズはどちらなのだ?」
「あたしはファンソナ様ですぅ」
「どうしてファンソナとやらの派閥なのだ?」
「この街の領主様がファンソナ様だからですぅ。だから逆らうことは許されないと言いますか……」
なんとも歯切れが悪い。
というより、ブライズは神々同士の抗争をどうでもいいと思っているのだろうか。そのような雰囲気がひしひしと伝わってくる。
まあ抗争というものは、実際小市民達はそこまで関心がないことも多いだろうしな。
「うむ。しかし大まかな情報は手に入ったな」
まとめよう。
『聖』の神ユンヴル様と『癒』の神ファンソナが対立している。
そして今俺達がいる街はファンソナが取り仕切っている関係のため、ファンソナ陣営に入る者が多いのだろう。
だが、それ以上の情報は分からない。
「ラゼバラも知らなかったか」
「ええ。はじめて知ったわ。というよりここ1000年くらいはずっと人間界にいたからね……」
ラゼバラは驚愕し目を見開いた。
「ブライズ、最後に一つだけ聞きたい」
「なんでしょうか?」
目をくりくりさせるブライズ。
「そのファンソナとやらはどこにいるんだ?」
「あちらの宮殿ですよ」
指差すブライズ。
そちらの方向には大きな建物がここにいても見えていた。なかなか荘厳な雰囲気だ。
「ありがとう」
「えへへ、こんなこと。大したことありませんよお。あたしを助けてくれたお礼です」
ブライズは顔を赤くして、体をもじもじさせていた。
「……クルト。なにか企んでいそうですね」
「マリーズ、よく分かっているではないか」
にやりと口角を吊り上げる。
「なにをするおつもりですか?」
「うむ」
俺は宮殿の方を眺めながら、こう続けた。
「ちょっと今からファンソナに会ってくる」
「「「はあ?」」」
マリーズだけではなく、みんなが声を揃えた。
「ど、どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。ファンソナ自身から話を聞くのが一番早いと思ってな。あの宮殿にいるのなら話が早い。ちょっとお茶してくる」
「そんな友達に会いに行くみたいなノリで……」
呆然とするマリーズ。
俺は早速転移魔法を発動し、宮殿の中に侵入しようとした。
だが。
「ダ、ダダメですよ! そんな恐れ多い……! というか宮殿には何重にも結界が張られていますから、部外者が簡単に入れないです!」
ブライズがわたわたしていた。
「結界? 俺にそんなものが通用すると思うのか。突破する」
「そ、そんなこと出来るはずがありません! それにあなたは人間でしょう? 人間が神に逆らうことは出来ません……と誰かが言っていたような気がします」
「それは間違いだな。神ごときが俺に逆らえると思うな」
転移魔法を展開。
うむ、確かに宮殿へ転移しようとしたら、それを阻害する結界や妨害魔法が確認出来たな。
しかしそれを俺はまとめて破壊した。
やはり問題ないな。
「では行ってくる。なに、すぐに戻るからみんなは観光でもしていてくれ」
「ちょ、ちょっとクルト……そんな急に……!」
マリーズが手を伸ばしてきたが俺はそれを意に介さず、転移魔法を発動するのであった。