165・転校生
バグヌバは滅び、王都に平和が戻った。
翌日。
「あっ、クルト。おはよーっ!」
教室に行くと、真っ先にララが駆け寄ってきてきた。
「おはよう」
「今日もいい天気だね」
「全くだ」
太陽のように……いや、太陽より眩しいララの笑顔。
彼女の笑顔を見ていると、自然と元気が出てくるものだ。
「クルト……おはよう……」
「シンシアもおはよう。昨日の疲れはないか?」
「うん」
シンシアは首を縦に振った。
彼女は別のクラスだが、わざわざ朝の挨拶をするために来てくれたということか。
「……昨日、あんなことがあったとは思えないですね」
マリーズも俺達に寄ってくる。
彼女の顔には若干の疲労が浮かんでいるように見えた。
「どういうことだ?」
「いえ……世界の危機でしたのに……今日は普通に登校して、学校の授業を受けようとしているなあと」
「うむ」
確かに——ここ最近は色々あった。
マリーズ達に俺が「1000年前から転生してきた」とも打ち明けたしな。
それに俺、さらにはララとマリーズ、シンシアも特訓を受けさらなる力を得た。
そうかと思えば、バグヌバの封印が解かれかけていたし……日常と非日常の落差に頭がくらくらするのも仕方がない。
だが。
「俺は平和が好きだ」
俺はそう口を動かす。
「バグヌバが王都……いや、世界をメチャクチャにしようとしていたといえ、その危機は去ったのだ。ならば、ヤツが悔しがるほどに平和を享受するのが正解だろう」
「それもそうですね」
ふっとマリーズが微笑む。
周囲を見てみても、誰一人欠席していないようであった。
いつもの教室の風景が広がっている。
俺はこの光景を潰さないために頑張ってきたのだ。
いや……俺にとっては『頑張って』という言葉もおかしいか。
いくら邪神バグヌバとて、俺の前では他の塵芥に過ぎなかった。1000年前の力を取り戻した俺にとっては、暇潰しにもならん。
「朝のHRをはじめる。みな、席に着くように」
そうこうしていると、教室に担任のエリカ先生が入ってきた。
今日もぴしっとスーツを着こなしており、厳しそうな雰囲気が漂っている。
「じゃあクルト……また後で」
「うむ」
シンシアが手を振り、自分のクラスに戻っていった。
「突然だが、今日は転校生を紹介する」
「「「転校生?」」」
みんなが首をかしげて、声を揃える。
転校生か。
俺は知っていたことなので、エリカ先生の言葉を聞いても平然を崩さない。
「では入りなさい」
みんなが興味津々に教室の扉の方に顔を向けると、一人の可憐な少女が入ってきた。
あまりに美しくて、みんな言葉を失ってしまったほどだ。
ララとマリーズも驚いた表情。
少女はそのまま毅然と教壇に立ち、黒板にチョークでこう名前を書いた。
『ラゼバラ』
「今日からこの学校に転校することになったわ。みんな、よろしくね」
と——ラゼバラの小さな唇が動いた。
にこっとみんなに微笑みかけるラゼバラ。
そうすると、まるで止まっていた時間が動き出したかのように教室がざわめく。
「おいっ、なんだあの可愛い女の子は!」
「メッチャ美人じゃねえか!」
「ララちゃんとマリーズちゃんも可愛いけど……それ以上かもしれん!」
「ちょっと男子ー、あんまり鼻の下を伸ばさない!」
みんな、ラゼバラの美貌に舌を巻いているようだった。
「クルトに聞いてたけど……昨日、今日でもう転校してくるんだ」
「事務手続きはどうしたのでしょう」
その中でララとマリーズは比較的落ち着いていた。
美の神ラゼバラ。
俺は1000年前から彼女と旧知の仲である。
今回、バグヌバを封印するために尽力してくれた。
『美の神』という名前の通り、神の一柱だ。
バグヌバのような人間と敵対する神ではなく、人間と共生していこうとする『良い神』だ。
先の戦いの後、俺はラゼバラをこの学園に誘い、晴れてロザンリラ魔法学園の一員となったのだ。
「ラゼバラは遠い国から、両親の仕事の都合でこの街にやって来たらしい。みな、仲良くするように」
エリカ先生が言う。
エリカ先生……というかディアナ学園長にも知らせていないが、ラゼバラが神であることは内緒にしている。
というか言っても信じてもらえるとは思えない。
ならばいっそのこと……と思い、ラゼバラを普通の人間として紹介したわけだ。
「ではラゼバラ。お前の席は……」
エリカ先生が教室に視線を巡らせる。
一番左端の席が空いている。ラゼバラの席はあそこだろうか。
しかし彼女は予想外の行動に出た。
「あら、私の席はもう決まっているわ」
「お、おい……どこに……」
エリカ先生の制止する声を無視して、ラゼバラが何食わぬ顔をして教壇から下りる。
彼女の一挙一動にクラスのみんなが注目していた。
……ん?
なんかこっちに向かってきているように思えるが……。
「私の席はここ」
ラゼバラはゆっくりとした足取りで、やがて俺の前で立ち止まった。
「……ここは俺の席だぞ」
腕を組んで答える。
するとラゼバラは妖艶な笑みを浮かべ。
「あなたの席は私のものでもあるのよ」
「なんだ、その身勝手な考えは」
席は一つだけだ。
二人分座れるはずもなく——、
「失礼するわね」
「……!」
そのままラゼバラは後ろを向いてあろうことか、俺の膝の上に腰を下ろしたのだ。
それがあまりに自然な動きだったので、俺は全く抵抗出来なかった。
「な、なにをする!」
「あなたと一緒に授業を受けたいの。人間社会のことはまだ分からないから、色々と教えてね」
ラゼバラは俺の膝に座ったまま。
顔だけを俺に向け、そうウィンクしたのであった。
賑やかさが戻ってきました。