164・神らしからぬ、少女のような
バグヌバとの戦いは終わった。
「クルト……バグヌバは……もう消えたの?」
真っ先にシンシアが駆け寄ってきて、そう質問を投げかける。
「ああ。1000年前は封じ込めることしか出来なかったが、今回は完全に滅ぼした。もう大丈夫だ」
言うと、シンシアは安堵の息を吐いた。
それにしても……。
俺は手の平を見ながら、こう考える。
まさか1000年前より強くなるとは——さすがの俺とて想定していなかった。
1000年前でもう限界だと思っていたのだ。
しかし……この黄金色魔力は、まだまだ伸びてくれる。神を滅ぼすまでに至るとは。
俺はまだまだ強くなれる。
ララやマリーズ達にはまだまだ負けてられない。
「ラゼバラ」
ラゼバラを呼びかけるが、何故か彼女は視線を合わそうとしてくれなかった。
気にせず、俺は話し続ける。
「危機は去った。バグヌバの力に不安を感じていたようだが……どうだ? 俺の言っていることに間違いはなかっただろう?」
「…………」
ん?
どうして言葉を発してくれない。
ラゼバラの後ろ姿は、若干震えているように見えた。
「ラゼバラ?」
肩に手を置くと、
「クルトっ!」
彼女は感情が爆発したかのように振り返り、俺の胸へ飛び込んできたのだ。
「本当によかった……! 今回ばかりはあなたでも、どうしようもないのかと……」
「お、俺に不可能なんてない。それは杞憂であったな」
クールに装ってみるが、心臓がバクバクしてる。
俺に不可能があるとするなら、女心が分からないことくらいだろう。
これだけは1000年経っても全く分からん。
「それにしてもラゼバラ」
ラゼバラの両肩を持って、体から離す。
「なにか神の方でよからぬことが起こっている。そうではないか?」
「……!」
俺が口にすると、ラゼバラはビクンッと肩を震わせた。
「やはりな。なにが起こっている?」
「どうしてそう思うの?」
「なに、勘だ。ラゼバラといい、バグヌバといい、神というのはそう簡単に人の前に姿を現さない。それなのに、こう続けて出てくるということは……なにかよからぬことが起こっているのではないか、と考えただけだ」
「あなたには全てお見通しなのね」
一転。
ラゼバラは真剣な顔つきになって、
「その通りよ。神にもいくつかの派閥がある、というのは分かっているわね」
「うむ、大方な」
たとえば、ラゼバラとバグヌバが同じ理想を元に行動しているとは到底思えない。
ならば神の中にも派閥があってもおかしくないだろう。
「私にも全容は分からないわ。だけど……神の中にもよからぬことを考えている者がいる、ただそれだけ」
「ん? それはバグヌバといい、別におかしなことではないのではないか。神というのは気紛れだ。そう考えている者が一柱、二柱いてもおかしくないと思うが」
「一柱、二柱くらいだったらよかったかもね。でもそれがたくさん……私でも把握しきれていないくらい大勢だとするなら?」
それならなかなか厄介だ。
バグヌバのようなクラスが他にもいるとしたら、考えるだけでも億劫になる。
しかし。
「なに、気にしなくてもいいだろう。神が変なことを考えていようが、俺が全て弾き返してやる」
1000年前では不可能だった。
しかしさらなる力を手に入れ、神の規律を破れるようになった俺だったら、神達の陰謀も打ち崩すことが出来るだろう。
「相変わらず、あなたは頼もしいのね」
ふっと笑いかけるラゼバラ。
「ラゼバラさん……これからどうするの……」
近くで会話を聞いていたシンシアが、首をかしげながら問いかけた。
「私?」
「うん……バグヌバはクルトが消してくれたみたいだし……この迷宮にいる必要もないんじゃ……?」
うむ、シンシアの言う通りだな。
元々この迷宮はバグヌバの封印施設として作られたものだと言う。
ならば、ラゼバラがこの迷宮にい続ける必要もないだろう。
俺もラゼバラの発言に注目していたが、
「神界に戻るわ」
と彼女はどこか寂しそうに口にした。
「私がもう人間界にいる必要もないんだもの。神界であなた達を見守っておくわ」
「……そう」
シンシアも名残惜しそうな顔をした。
ラゼバラの言っていることは妥当だ。
神がそう簡単に人間界に居着くわけにもいかない。その必要もないだろう。
だが。
「ラゼバラ。王都の魔法学園に来ないか?」
と俺は提案した。
「魔法学園……?」
不可解そうにラゼバラは首をひねる。
「そうだ」
「神の私が?」
「神だからといって魔法学園に通ってはいけないという規律はないだろう」
ラゼバラをこのまま神界に帰すのは押しすぎる。
それは神達が陰謀を張り巡らしているのに対して、もっと情報を得ておきたいというのもあるが……それ以上に、俺はラゼバラと一緒に学園生活を楽しんでみたかった。
「規律はないとしても、学園の校則にあるんじゃないかしら」
冗談めかしてラゼバラが言う。
「俺が見た限り、そんな校則はないな。それにもしそんな規則があっても、俺が破ってやる」
「はは。クルト、あなたなかなか不良なのね」
おかしくなったのか、ラゼバラは吹き出した。
「どうする、ラゼバラよ。強制はしない。しかし俺はお前ともう少し一緒にいたいと考えている。だから学園に来い」
手を差し出す。
彼女は俺の手を見て、逡巡しているようだ。
「この手を取るかはラゼバラ次第だ。しかし1000年前より確実に楽しいことは保証しよう」
これは嘘偽りのない本音だ。
ララやマリーズ、シンシアやアヴリルと出会って、俺も1000年前より充実した人生を送っている。
それを思えば、魔法文明が衰退していたなど些細な問題であった。
やがてラゼバラは可憐な笑みを浮かべて。
「——うんっ。お世話になるわ」
それは神らしからぬ、子どものような無垢な表情であった。
五章終わりです!
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