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162・神ごとき

「助けて……!」



 ラゼバラはそのまま俺の胸に飛び込んだ。

 そしてぎゅーっと恋人のように抱きついてきた。


「ラ、ラゼバラ!?」


 呼びかけるが、彼女は抱きついたまま石のようになって動く気配はない。

 ラゼバラの桃のような香りが鼻梁びりょうをくすぐった。


 う、うむ……別に抱きつかれても、さして問題はないのだがな。

 しかしラゼバラの肌の感触とかが伝わってきて、どぎまぎするではないか。


「と、取りあえず離れろ、ラゼバラ」

「…………」

「話を聞いてやるから。離れないと、話も出来ないだろ?」

「…………」


 いくら話しかけても、ラゼバラから答えが返ってくる気配はない。


 困ったな……。


 どうしたものかと頬をかいていると、


「ふふふ、あなたは相変わらずね。1000年前からなにも変わっていない」


 とゆっくり顔を離したのだった。

 とはいっても、体はまだ密着させたままだがな。


「なにも変わっていない? おお、気付いたか。そうだ、俺は1000年前の力を取り戻し……」

「そういうことじゃないわ」


 全て言い終わらない間にぴしゃりと否定された。


「相変わらず——女の子には弱いのね」

「はあ?」

「こうやって私が抱きついたら、すぐに慌てる。そういう可愛いところが1000年前から変わっていないんだから」


 むぎゅ。

 もう一度、ラゼバラは俺の胸に顔を埋めた。


「ん〜、あなたのこの匂い。久しぶりね。なんだか安心するわ」

「や、止めろ!」


 ラゼバラの両肩を持って、強引に離す。

 抵抗すると思ったが、意外にも彼女はすぐに従った。


「ふふふ、これくらいにしておくわね」


 後ろに両手を回して、悪戯っぽい笑みを浮かべるラゼバラ。


「そっちの()()ちゃんが怒ってるんだもん。飼い主を取られると思って、慌てちゃったのかしら?」


 子猫ちゃん?

 ……は!


 気配におそるおそる気付いて振り返ると、そこには……。


「クルトに近付くな……!」


 殺気をたぎらせているシンシアの姿があった。


「あら、別にいいじゃないの。軽いスキンシップよ」

「シンシアにはそう見えなかった」


 ゴゴゴ……。

 二人の間に炎が燃えたぎっているように見えた。


 う、うむ。

 ラゼバラに抱きつかれていて動揺していたためか、これ程の殺気に気づけなかった。

 俺もまだまだだ。

 この癖を早く直さなければ。


「そ、それはともかく!」


 このままでは話に収集が付きそうになかったので、強引に話題を変える。


「ラゼバラよ。今、なにが起こっているのだ。シンシアと喧嘩している暇はないはずだろう?」


 尋ねると、ラゼバラはクルリと俺の方を振り向いた。


「ええ、その通りよ。邪神バグヌバの力が漏れはじめているの」

「ほお……」


 しかしバグヌバは封印されていたではないか……と聞くのは愚問だろうか。


 俺の考えを読み取ったのか、


「クルトの考え通り。私の封印が甘かったせいだわ。後1年は持つと思っていたけど……これじゃあダメ。今すぐにでも封印が解かれてしまいそうだわ」


 と悔しそうに歯軋りした。


「大方、王都を覆っていた暗雲や、出現したドラゴンは漏れはじめたバグヌバの力の一端……といったところか」


 俺の推測に、ラゼバラは首肯する。


「その通りよ。バグヌバを舐めたことはなかったけど……私もまだまだね。それでも、バグヌバの力を見誤っていた」

「いや、仕方がない」


 そもそも邪神は普通の存在とは違う。

 フォンバスクやオーレリアンといった小物とは別種の存在だ。

 ラゼバラとて、力を見誤ってしまうのも無理はない。


 それに……。


「どうやらこの1000年。封印されていた間に、バグヌバはさらに力を高めているようだな」


 俺が口にすると、ラゼバラは驚いたように目を丸くした。


「え、ええ。その通りよ。さすがね、そんなところまで読んでいるなんて」

「やれやれ、俺を誰だと思っているんだ」


 1000年間、ヤツもただ封印されていたわけではない……といったところか。

 バグヌバの漏れた魔力を見れば、全体が俯瞰出来る。


「クルト。今、漏れているバグヌバの力って全体のどれくらいなの?」


 不安そうにシンシアが問うた。


「そうだな……せいぜい百分の一といったところだろう」

「ひゃ、百分の一!?」

「どうした、シンシア。シンシアにしては珍しく驚いているな」

「……シンシアだって驚く」


 ぷくーっと頬を膨らませるシンシア。


「だって百分の一の力だけで、ドラゴンを呼び寄せたりすることが出来るの?」

「そうだな」

「それってかなり強い力なんじゃ……」

「なに、大したことはない」


 これは本音だ。

 1000年前の力を完全に取り戻していない()ならまだしも、今の()ならバグヌバごとき、なにも心配する必要はない。


「よし、ラゼバラよ。さっさとバグヌバを片付けるとするか」

「やけに軽いのね」

「当たり前だ」

「……でもクルトには悪いけど、今のバグヌバの力は強すぎるわ。あなたでも勝てるか分からない。だからクルトとバグヌバを、会わせたくなかったわけ」

「言っただろう? お前が平和を愛するというのなら、俺がその望みも叶えてやると」

「……言ったわね」


 ラゼバラがふっと笑いかける。


「完全に封印を解くわ」


 やがて、彼女は決心したかのように告げる。


「愚問かもしれないけど、覚悟は出来ているわよね」

「うむ」

「……危なくなったら逃げてちょうだいね。あなたは人類……いや、全世界のたった一つの希望なのだから」

「はは、俺が逃げる?」


 そんな事態、万が一にでも起こるはずがない。

 ラゼバラも面白いことを言うものだ。


「じゃあ行くわ」


 そう言うと、ラゼバラは床に膝を当てて、両手を組んだ。

 部屋全体にびっしりと記された魔法陣が光を放つ。


「す、すごい魔法陣……!」


 シンシアがそれを見て、驚愕する。


 精緻せいちな魔法陣だ。

 1000年間、美を愛し平和を守ろうとするラゼバラが魂を削って描いたものだろう。

 それは分かった。


「…………!」


 ラゼバラが苦しそうに顔を歪める。

 いくら自分が作った魔法とはいえ、これだけの封印を解除するのは至難の業だ。苦痛を伴っているかもしれない。


 だが。


「ラゼバラ。俺が手伝ってやる」


 そっと彼女の肩に手を添えた。


「もう少しだ。封印を解除さえしてくれれば、後は俺で片付けてやる」

「……ええ」


 ラゼバラの肩にすっと力がなくなった感覚がした。



 封印が解除。



 その瞬間であった。

 バグヌバの力が漏れ、部屋全体を闇が覆ったのは。



「さて、バグヌバよ。俺の力はお前を遙かに凌駕している。破壊しか出来ない愚かな神は、ここで完全に滅ぶべきだ」

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