161・攻撃出来ないなら踊ればいい
美の神ラゼバラ。
彼女は神剣を携え、俺を見据えていた。
「神と戦うのは1000年ぶりだ」
そのことに、俺は恐れをなしていない。
それどころか神と戦うのが楽しみで、胸の高鳴りを感じていた。
ラゼバラは正面に俺を見据え、
「今からわたしはあなたに『攻撃』出来ない」
と透き通った声で一言だけ告げた。
「……なにを言ってるの……?」
聞いて、シンシアが首をかしげた。
シンシアは理解していないみたいだが、俺はラゼバラの言葉を完全に理解していた。
「なるほどな、『攻撃』出来ないか」
全く、神というものも面倒臭い。
「クルト、どういうこと?」
シンシアが尋ねる。
「神というものは『規律』を作り出すことが出来る。その規律の前では絶対だ。何人たりとも破ることは出来ない」
ゆえにラゼバラが『攻撃出来ない』と命じれば、俺はそれに従うしかないのだ。
無論、神とはいえなんでもかんでも規律を作り出すことが出来るわけではない。
だが、ラゼバラは美の神だ。
美を愛し、美を汚す者……すなわち平和の破壊者をなによりも嫌う。
そんな彼女だからこそ、『攻撃出来ない』という規律を創造することが出来るのだ。
「しかしラゼバラよ。平和の破壊者を嫌うといっても、お前は俺に攻撃するのだろう」
「ええ、当たり前よ」
くすくすとラゼバラが笑った。
一動作一動作が美しい。
戦いの最中とはいえ、つい視線が奪われてしまうほどだ。
「あなた、どうするの? いくらあなたでも規律を破壊することは出来ない。規律を破壊するためには、『規律は破壊出来ない』という規律をまずは壊さなくてはならないのだから」
うむ、ラゼバラの言う通りだな。
「……あの人がなにを言ってるのか……シンシア、理解出来ない……」
シンシアはまだ頭を悩ませているようだ。
神を前にすると、普通の人間はこうなる。
「なに、難しいことは考えなくてもいい。どちらにせよ、俺が負けることはないのだからな」
俺が口にすると、ラゼバラはバカにするように再び笑った。
「あら、攻撃しないでどうやって私を倒すつもりかしら?」
「攻撃を封じたところで、俺に勝てると思うな」
挑発する。
その一言一言が、まるで恋人に愛を囁いているかのよう。
もちろんラゼバラとは恋人という関係ではないが……仮にそうだとするなら、ここからは言葉を交わさなくてもいいだろう。
「いくわ」
「お前を受け止めてやる」
何故なら。
恋人というものは、心と心で通じ合っているものだから——。
「はあっ!」
ラゼバラが声を上げる。
そして剣を振り上げ、俺に襲いかかってきた。
「やはり……剣の腕前は大したことがないみたいだな」
まるで子どもが玩具を使うかのよう。
回避し続けるのも一つの方法だ。
しかしラゼバラは神であるがゆえ、持久力という概念は存在しない。
それでも時間をかければ、いつかはラゼバラも根気をなくすだろうが……バグヌバが復活しようとしている今、悠長に時間をかけているつもりはない。
ゆえに。
「踊らせてもらうぞ」
俺は魔剣を握り、ラゼバラに一突き。
「え……?」
彼女は寸前のところでそれを回避。
だが、一瞬怯んだのを見逃さない。
俺は回りながら、ラゼバラに一閃……二閃。何度も剣で斬りつけていく。
「ど、どういうこと!?」
ラゼバラはそれを間一髪のところで避けながらも、混乱を隠せないようであった。
「あなたは私に攻撃出来ないはず。どうして……」
「どうした、ラゼバラよ。俺と会うのが1000年ぶりだからといって、もう忘れてしまったか」
攻撃を封じたところで俺に勝てると思うな。
いくら攻撃を封じられたところで……。
「『踊る』のは禁止されていないのだろう?」
「はあ?」
その場で回りながら、俺は優雅に剣を振るい続けていく。
それに応えるようにして、ラゼバラも剣を振るった。
「俺はただ踊っているだけだ。攻撃などという野蛮な真似はするつもりは毛頭ない」
「そ、そんなこと……出来るわけないわ。少しでも攻撃の意志さえあれば、規律に従うしかないのだから。『剣』という攻撃の象徴たるものを振るっているのに、そこに『攻撃』の意志を含ませないことは不可能だわ。だって人間の意志はそれほど強くないのだから」
「俺を普通の人間と同じにするな。一度たりとも、お前を傷つけようと思ったことはない」
カキンッ。
つばぜり合いが起こる。
俺がラゼバラに顔を近付けると、彼女の頬が徐々に赤らんでいくのが分かった。
「キャッ!」
力で剣を払いのける。
ラゼバラは地面に落ちた剣をすぐに拾い上げようとするが、俺は即座にその右手をつかんだ。
「なにを恐れている」
ラゼバラにさらに顔を接近させる。
「お前の考えていることは大方察しがつく。しかしお前の懸念など俺が全て吹き飛ばしてやる」
「そ、そんなこと……出来ないわ。あなたの実力は知っているつもりだけど、それでも……無理なんだから」
「やれやれ。もう一度繰り返させてもらおうか。1000年ぶりだからといって、俺の力を忘れたか」
ラゼバラがハッとした顔になる。
長い睫。雪のような白い肌。整った鼻筋。
なにもかもが美しく、さすが美の神を称するだけある。
「神ごときが俺を心配するな」
彼女の瞳をじっと見つめながら、俺はこう続ける。
「俺は平和がなによりも好きだ。そのためなら、お前の望みくらい……全て叶えてやろう」
美の神も俺と同様、平和を愛する。
おそらく、今の彼女はパニックになっているに違いない。
だからこそたった一柱でこんな迷宮を作りだし、一人でなんとかしようとしていた。
だが、美の神は戦闘向きの神ではない。あくまで美の規律を守る神なのである。
そんな彼女が邪神を封じ込めるなど……身に余ることであっただろう。
「……!」
緊張の糸がほぐれたのだろうか。
ラゼバラの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
「クルト……」
そして両手を広げ——1000年間——ずっと押しとどめていた思いを口にしたのであった。
「助けて……!」
二巻が明日発売です!
早いところだったら、もう書店等に並んでいるそうです。
よろしくお願いいたします!





