160・意外な姿
それから俺はシンシアと迷宮を進んでいった。
「あれ……前来た時、ちょっと違う気がする……?」
シンシアが歩きながら、首をかしげた。
「うむ。《秘匿された道筋》で転送される場所は、一回ごとに違うものだからだな」
《秘匿された道筋》
本来一層ずつしか攻略出来ない造りになっている迷宮にある、ショートカットが出来る道である。
しかしそれは見つけにくくなっており、生半可な力の持ち主では利用することも出来ない。
「そうなの?」
「ああ。だから前回来た時と違うようになっているのは当たり前のものだ」
そんな会話をしながら、今いる層の《秘匿された道筋》を発見し、進んでいく。
到着した場所は……。
「一本道?」
そこは綱渡りのような場所であった。
細い細い道が一本だけ。
その下はどこまであるのか分からない大きな穴が空いている。
落ちたらタダでは済まないだろう。
「ここを進んでいけ、ということだろうな」
「でもこんな細い道……どうやって進んだらいいの? 落ちそう……」
シンシアが穴を覗き込んでいる。
この層全体に魔法無効の結界が張られている。
浮遊魔法を使って、簡単にクリアさせないようにする仕組みだろう。
だが、俺なら魔法無効を『無効化』することによって、浮遊魔法を使うことも可能だが……まあ無駄な魔力を使う必要もないか。
「シンシア、背中に乗れ」
しゃがみ、俺は彼女に背中を向けた。
「え?」
「俺がシンシアをおんぶしてここを進もう。なにか問題があるか?」
もしや『お前なんかにおんぶしてもらいたくえねえ!』と拒絶するつもりか?
いや……まさかそんなことが。今更シンシアに拒否されるとは考えられにくい。しかしなにか彼女を怒らせるようなことをしている場合はその限りではないだろう。考えが変わったかもしれない。
自分で言っておいてなんだが、そんな不安な気持ちがぐるぐる頭の中で回っていると、
「うん……!」
すんなりとシンシアは俺の背中に乗った。
よかった……どうやら嫌われていなかったみたいだ。
1000年後のこの時代にきても、やはり女心は分からないのだ。
彼女をおんぶした後、俺は糸のように細い道に足を付けた。
「すごい……クルト! どんなバランス感覚してるの? シンシアをおぶったままで、こんな細いところを歩けるなんて……」
「バランス感覚……というより、身体は一通り鍛えているからな」
これくらい朝飯前だ。
まあ万が一足を踏み外したとしても、浮遊魔法を使えばいいだけだからな。
危険などはなから存在していない。
「それにしてもシンシア……」
「なに?」
おんぶしているから分からないが、この時の彼女はきっと首をひねっていただろう。
「少し俺にしがみつく力が強くないか?」
「そう?」
シンシアは俺の首に腕を回し、ぎゅっと力を入れている。
そのせいで彼女の柔らかい体の感触が伝わってきた。
……ん。この肩胛骨にあたる部分は、もしやシンシアの胸だろうか?
ララに比べると小ぶりだが、悪くない感触だ……って俺はなにを考えている。
「もう少し力を弱くしてもらえないか?」
「ダメ」
ぐーっとシンシアはさらに腕の力を強くした。
「こうやって強くしがみついてないと、落ちてしまいそうだから」
「そ、そうか? 大丈夫だぞ。万が一そうなってしまっても、助け出す手段はいくらでもあるのだからな」
「そうじゃない」
何故だか、ここでシンシアが息を呑み込む音が聞こえた。
そして、
「シンシア、こわ〜い」
と彼女には似つかわしくない、猫なで声でそう言ったのだ。
「…………」
「…………」
二人して沈黙。
それはそうだ。
シンシアは控えめな子だ。そんなことを言う姿など……想像出来なかった。
それに「こわ〜い」と言った時、妙に棒読みだった。
感情がこもっていないとかではなく、単純に言い慣れていないためであろう。
「〜〜〜〜〜〜」
シンシアの体温が上がった。
確かに感じた。
「クルト、さっきのは忘れて」
「あ、ああ」
なんだったんだ。
俺にとったらこの道を歩くより、今のシンシアの行動の方が何倍も心が乱されるのだが?
しかし俺達はなんとか無事に向こう側まで辿り着いた。
「ん……ここに魔力が感じる。ここを押したら……」
壁の一部分を押す。
すると壁が分解し、道が現れた。
《秘匿された道筋》だ。
「進んでいこう」
「う、うん……」
前髪で顔を隠しているシンシア。
顔が真っ赤なことが分かった。
……恥ずかしいなら、言わなければよかったというのに。
その後、俺達は何度か《秘匿された道筋》を通って、とうとう最奥まで辿り着くことが出来た。
「ラゼバラ」
前回、ラゼバラがいた部屋まで到着。
そこでは前回と同様、台座の上で祈りを捧げているように膝を付くラゼバラの姿があった。
「……やっと来たわね」
すっと立ち上がるラゼバラ。
ん? 前会った時と随分雰囲気が違うようだが?
「どうした、ラゼバラ。なにが起こっている。バグヌバは……」
疑問を覚えつつも、本題に移ろうとすると、
「ごめんだけど、帰ってちょうだい」
とラゼバラは言い放った。
「どういうことだ、ラゼバラ。俺に助けを求めていたではないか」
「それはいいの。とにかくあなたとバグヌバを会わせるわけにはいかないわ。私がなんとかするから……早く帰って」
氷のようなラゼバラの冷たい言葉。
それから物言わせぬ雰囲気を感じ取った。
「取りあえず、そこをどけ。この奥にバグヌバが封印されているのだろう」
「どかないわ」
断固として動かないラゼバラ。
俺は溜息を吐き、
「ならば無理矢理にでもどかせるしかないようだな」
と一歩彼女に近付いた。
「ふっ」
ラゼバラから笑みがこぼれる。
「あなたと戦うのは1000年ぶりね」
「そうだな」
ラゼバラの手元に剣が現れる。
ただのなまくらな剣ではない。
神聖が宿った神剣だ。
「まあいい」
俺も魔剣をこの手に召喚する。
「お前と刃を交じらせるのは久しぶりだ。刃が交わる舞踏、楽しませてもらうぞ」