158・ララ達の様子
「でも……この騎士さん……一体なにもの?」
地面で大の字になっている暗黒騎士を見て、シンシアがその体をつんつんと突く。
その時であった。
「あっ……鎧が壊れる……?」
驚いてその場から少し離れるシンシア。
ピキッ。
暗黒騎士を包む黒い鎧が、そんな音を立てた。
ピキピキッ。
そしてその音は連鎖的に広がっていき、やがて……。
パリーン!
ガラスが割れるような音をして、鎧が消滅してしまったのだ。
「この人は……」
鎧に身を包んでいたその男を見て、シンシアは自分の記憶を手繰り寄せる。
「アイヴァン……といったか?」
俺も忘れかけていたが、なんとか思い出すことが出来た。
アイヴァン。
確か王都にやって来たらしい偽勇者のことだ。
歴代最強の勇者と言っていたが、その実力はあまりにもお粗末なものであった。
パーティーとはぐれ、地下迷宮で迷子になっていた彼の姿を思い出す。
「しかしどうしてこいつが?」
文化祭終わりに街をぶらついていた時、ララとマリーズに絡んできた彼の姿。
そして地下迷宮での情けない姿を脳内に思い浮かべる。
暗黒騎士自体も大した実力ではなかった。まだ俺の本気を出すには至らない。
だが、それでも……この時代のレベルから考えれば、卓越した力であっただろう。
とても目の前のアイヴァンと同一人物とは思えない。
それなのにどうして……?
「少し分析させてもらうぞ」
俺はしゃがみ、気を失っているアイヴァンに触れる。
そこに含まれる魔力を分析。
ん……こいつは、元々アイヴァンの魔力ではない? こんな膨大な魔力を操れないはずだ。
いや……こんな大きな魔力だからこそ、アイヴァンは上手く扱うことが出来なかった? ゆえに正気を失ってしまった。
……なるほどな。
「理解した」
立ち上がり、シンシアに説明する。
「バグヌバの魔力が関係しているらしい」
「バグヌバ……クルトが言ってた強い邪神のこと……?」
「そうだ」
バグヌバの力が漏れて、アイヴァンを操っていたといったところか。
おそらく、元々邪念がある者に取り憑くような仕組みになっているのだろう。
アイヴァンという男、邪念の塊のような存在だったからな。
バグヌバにつけ込まれるのも頷ける。
「シンシアもアイヴァンに取り憑いている魔力を分析してみろ」
「うん……分かった……」
今度はシンシアがアイヴァンに触れる。
その瞬間、彼女はビクッと体を震わせた。
「す、すごい魔力……大きくて、そしてとっても不安になる。こんな魔力、見たことがない……」
ゆっくりとシンシアは男から手を離した。
右手は未だ震えている。
シンシアは緑色魔力で、魔力の分析に長けた娘だ。
そんな彼女とて見たことがなく、そして恐怖を感じるような魔力。
やはり……バグヌバで間違いなさそうだ。
「早く向かうわなければ」
俺は地下迷宮の方を見て、そう告げる。
「か……とその前に」
やることがある。
俺はあらかじめ彼女達に使っていた意識共有魔法を使用する。
すると。
『クルト?』
脳内にララの声が聞こえてきた。
「うむ。そっちの方はどうだ?」
『うーん、今のところは大丈夫みたい。一応アヴリルさんと手分けして、街の中で変なことが起こっていないかパトロールしてるんだけど……』
どうやらまだ王都に異変は起こっていないようだ。
「マリーズも一緒か?」
『うんっ!』
『クルトの声ですか? なんか変な感じですね。離れているはずなのに、こうやってクルトと会話が出来るのは』
マリーズの声も聞こえてきた。
彼女達の話を聞くに、今のところ大丈夫らしいな。
しかし俺の読みなら……。
『『——!?』』
二人の息を呑む音が耳に入った。
「どうした、二人とも」
そう質問すると、
『ド、ドラゴンが!』
ララが声を上げた。
ドラゴン……ララの視覚にも接続するか。
脳内にぼんやりとララの見ている映像が浮かんできた。
『ど、どうしてドラゴンがこんなところに?』
『た、大変です。クルト! 早く戻ってきてください!』
マリーズの慌てている様子も見える。
王都の上空。
そこには巨大で、漆黒の体をしたドラゴンが空を飛んでいたのだ。
ドラゴンはぐるりとその場を回りながら、王都を見下ろしている。
王都の人達も慌て出す。
「ド、ドラゴンだと!?」
「そんなバカな。あんなの神話上の存在じゃないか」
「いや……帝国に出現したという記録も残っているし……」
「今はそんなことを議論している暇もない! 早く逃げないと!」
恐慌に陥る。
その前に現れていたどす黒く不穏な雲。
それと相まって、王都の人々の心は不安定だ。
さらにドラゴンなど現れれば……混乱するのも頷ける。
今すぐ俺が助けに行ってもいい。
なんなら1000年前の力を取り戻している俺なら、ここにいながらでもドラゴンを処理することが出来るだろう。
だが。
「二人とも。俺が行かなくても大丈夫だ」
『『え?』』
二人の動きが止まる。
「その程度のドラゴンなら、ララとマリーズが力を合わせれば倒せるはずだ。そいつの処理は任せたぞ」
そう言うと、マリーズが前のめりになって、
『そ、そんなこと……出来るわけないじゃないですか!』
と否定した。
ララも「うん、うん!」と何度か頷いているようであった。
「大丈夫。時空間で心の眼を体得した二人なら、その力は十分に備わっている。俺の言葉を信じてくれ」
二人を説得する。
まだ二人には早かったか?
いくらドラゴンを倒せる力があるとはいえ、臆していたら倒せるものも倒せなくなる。
だが、一転してマリーズが覚悟を秘めた顔つきになった。
『……今までクルトがそう言ってきて、倒せなかった敵はいなかったですよね』
『そうだよー。よく考えれば、今まで大丈夫だったもんね』
ほう。
俺の言葉を信用していることもあると思うが、それ以上に二人にも自信が生まれてきたのだろう。
「その通りだ。ララ、マリーズ。俺も今から地下迷宮に突入する。ドラゴンを倒した時の土産話を……楽しみにしてるぞ」
『うん!』
『はい!』
力強い返事が二人から発せられる。
……まあとはいえ、二人がドラゴンと戦っている光景を、意識共有の魔法を使って観戦させてもらうがな。
「クルト」
「ん?」
シンシアが俺の服の裾を引っ張る。
「シンシアも見たい」
ああ……。
ララとマリーズとの会話は、シンシアにも聞こえていた。ゆえに王都でなにが起こっているか、大体把握出来ているはずだ。
だが、このままだとララの視覚は俺にしか見ることが出来ない。
「俺だけが見るというのも、あまりにも贅沢だからな。シンシアも一緒に見よう」
「……うん」
シンシアが嬉しそうに笑った。
彼女と肩を寄せ合う。
俺を媒介にしてララの視覚をシンシアにも接続してやる。
さて、ララとマリーズの成長具合を見させてもらうとするか。
二巻が12月2日ごろの発売で決定しました!
(書店によってはもっと早く並ぶところもあるかも……?)
表紙公開されていますのでこのまま下にスクロールするか、活動報告から見ていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!