157・暗黒騎士
暗黒騎士はゆらゆらと揺れ、俺を見据えている。
生気が感じられない。不思議な魔力だ。
「まあお前の正体は大体見当が付くがな。まずはお前から好きなようにかかってくるがいい」
俺は意識的に口角を吊り上げ、暗黒騎士を挑発した。
しかし暗黒騎士は怒る様子もなく、あくまで自然体のまま俺に剣を振りかざしてきたのだ。
「ふん」
もちろん躱す。
ドゴォォオオオオオオン!
剣が地面に当たると、耳をつんざくような破裂音を立て大きな穴が穿った。
「うむ、なかなかの威力だな」
呟く。
あくまで俺以外だったらという話だが……直撃すればタダでは済まないだろう。
「クルト……頑張って……」
視界の隅では、シンシアがそう言ってぎゅっと拳を握っている姿が見えた。
「なにも心配しなくてもいいぞ、シンシア。俺は……」
「クルト!」
シンシアが叫んだ。
前方から暗黒騎士が連続で剣を振るってきたのだ。
無粋なヤツだな。俺が喋り終わるまで、待つ余裕もないというのか。
暗黒騎士の剣さばきは四方八方から放たれているせいか、弾幕のようになっており、普通なら回避することも難しい。
だが。
「この程度なら目を瞑っていても避けられる」
そう口にして、俺はそっと目を瞑る。
シンシア達に教えた心の眼だ。
暗黒騎士から放たれる剣撃……俺はそれを踊るようにして躱していった。
「す、すごい……なにが起こっているか分からない……!」
シンシアの声が耳に入った。
しかしこの程度で驚いていてはまだまだだ。
何故なら。
「意外と退屈だな」
ぼそりと呟く。
俺の見立てではこの暗黒騎士、もう少し強いものだと思っていたが……どうやら予想以上に弱いようだ。
「…………!」
ここで、はじめて暗黒騎士から怒気のようなものが発せられた。
言語を理解しているかどうかは分からないが、バカにされたと感じたのだろう。
暗黒騎士がぐっと剣の柄を強く握りしめる。
剣から邪悪な魔力が奔流する。
そして大きく剣を振りかぶり、先ほどの三倍の速度と威力で襲いかかってきたのだ。
「うむ、今まで本気を出していなかった……そう言いたいのか」
まさに暗黒騎士の剣撃は目にも止まらぬ速さ。それは光をも超越し、時間の概念が崩壊する。
剣の風圧だけで、建物の一つや二つ壊れてしまってもおかしくない。
しかし俺は周囲に被害を及ぼさないため結界魔法を張ってから、こう続けた。
「ハンデだ。俺は目を瞑り……さらにはここから一歩も動か——いや、それだけなら足りぬか。全く動かずにお前の剣を避けてやる」
迫り来る剣。
俺は魔法式を発動する。
そうすると……。
「剣が……クルトを避けていっている……?」
シンシアが驚愕に目を見開いていた。
そうなのだ。
暗黒騎士は俺を両断しようと、剣を振るってきた。
しかしすぐ近くに剣が振るわれてはいるものの、俺に擦ることすら出来ていない。
「どうした。宣言通り、俺は全く動いていないぞ?」
挑発する。
「…………!」
暗黒騎士はやけになっているのか、ぶんぶんと剣を振り回すが俺に一度たりとも当てることが出来ていない。
それは剣術を一切覚えていない子どもが、出鱈目に剣を振るうようであった。
「お前は俺に勝てることは出来ない。それくらい、いい加減理解することが出来ないか?」
「…………」
暗黒騎士の動きが止まる。
甲冑で守られているため、表情も感情も分からない。
しかし顔は絶望に染まっているであろう。なんとなくそんな気がした。
さて……次はなにをしてくるか?
そう期待していたが、暗黒騎士は予想外の行動に出た。
「あっ……逃げた……!」
慌ててシンシアが言う。
暗黒騎士はあまりにも愚かなことに俺に背を向け、逃走を図ったのだ。
「俺から逃げられると思っているのか?」
ファイアースピアを飛ばす。
だが炎の槍は結界魔法に阻まれ、暗黒騎士に当てることが出来なかった。
「小賢しい真似をするな」
暗黒騎士は何重にも結界魔法を張っている。
そしてそれと同時——転移魔法を展開し、遠くの地に逃走しようとしていた。
「あまりにも見苦しいぞ、この時代の暗黒騎士よ」
いや、1000年前の暗黒騎士はもっと強かった。その名を付けることすら、おこがましいか。
暗黒騎士は転移魔法を発動しようとする。
しかし上手く魔法を発動することが出来ず、戸惑ったように辺りをキョロキョロと見渡した。
「背反魔法だ」
俺は手をかざしながら、こう告げる。
すると暗黒騎士は驚いたように俺の方を振り返った。
「どうして背反魔法など発動出来る……と言いたげな顔だな。お前の言いたいことも分かる。背反魔法は相手と実力差が相当離れてないと不可能なものだからな」
背反魔法は相手の魔法を裏切らせる行為だ。
これにより、魔法を無効化することが出来る。
だが、そのためには相手と実力差が相当離れている必要がある。
おそらく……こいつは「そこまでの実力差などないはずだ」と愚かなことを考えていたのだろう。
「絶望しろ。お前と俺には埋められない、圧倒的な差がある」
俺は天に手をかざし、魔法を展開する。
手元に集まっていく魔力に暗黒騎士が恐れをなす。
——セイクリッドハリケーン。
それがこの魔法名。
暗黒騎士は再度逃げようと踵を返す。
しかし逃れられるはずもない。
「シンシア、こっちに来い」
「うん」
近くにいたシンシアがぎゅっと俺の腕を抱いた。
同時に俺の周囲に結界魔法を張る。巻き込まれては大変だからな。
セイクリッドハリケーンを発動。
神聖な光が現れ、それが周囲のもの全てを巻き込むようにして嵐が巻き起こった。
暗黒騎士が上空へと舞い上がっていく。
それは神々しささえも感じる光景であった。
やがてセイクリッドハリケーンが収まり、暗黒騎士が地面へと叩きつけられた。
「俺に喧嘩を挑むからそうなるのだ」
パンパンと手を払う。
暗黒騎士は地面に倒れたまま、動きそうにない。
「ク、クルト……」
その様子を見て、シンシアが声を発する。
「さっきの魔法もそうだけど……その騎士さんが剣を振るっても、どうしてクルトに当たらなかったの……? クルトは一歩も動いてなかったのに」
「うむ」
そのことか。
「なに、俺に内包している魔力が多すぎて、暗黒騎士の手元を狂わせただけのことだ」
「どういうこと……?」
「魔力場という言葉がある」
魔力が多すぎるところには魔力場が発生し、周囲のものを狂わせる効果を持つ。
そこにいては、まともに歩くことも出来なくなるという。
「ディスアリア魔法学園との戦いの時と同じだ。俺と暗黒騎士の間には、あまりにもかけ離れた実力差があった。そのせいで魔力が歪み、ヤツの剣は俺に擦りすらしなかった」
今の俺は魔力が多すぎる。
気をつけていても、周りに拡散してしまうのだ。
それが暗黒騎士の振るう剣が当たらなかった原因だ。
そう告げると、
「そ、そんなものを嫌でも発生させちゃうなんて……やっぱりクルトはすごい……」
シンシアが唖然とし、口をぽかーんと半開きにした。