153・楽しい一時
時空間から脱出し、俺達は元の場所に戻った。
「マスター、おかえりなさいませ」
すると……すぐにシャプルが俺達を出迎えてくれたのだ。
「うむ、待たせたな」
「いえいえ、十時間なんて一瞬ですから」
1000年もの間、この場所で俺を待ち続けていたシャプルにとっては、その言葉は本当のことだろう。
しかし。
「それにしては、目が腫れぼったくなっているようにも見えるが?」
「……!」
俺が指摘すると、シャプルは慌てたように後ろを向いて目を擦った。
「そ、そんなことありません。マスターがいなくなって、泣いてたなんて……そんなことありませんからっ」
必死に取り繕うシャプル。
……うむ、やはりシャプルに辛い思いをさせてしまったようだ。
1000年経って、やっと俺に出会えたかと思えばすぐに時空間に出掛けたのだ。そうなるのも仕方ないだろう。
俺は謝罪の意も込めて、シャプルの頭を撫でながら、
「寂しい思いをさせた。すまなかった」
と口にした。
「……!」
すると、シャプルは後ろを向いたままであるが、それでも顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「これからはこの世界にいる。ずっとここに……というわけにはいかないが、頻繁にシャプルに会いにくるとしよう。それでもいいか?」
「は、はいっ! とても嬉しいです!」
いつものシャプルの口調とは違う、若干早口になってそう言った。
シャプルは俺が作った。1000年前は孤独だったので、話し相手になってくれるようなるべく人間に近付けたのだ。
だが、こうして久しぶりに触れるとその精巧さが分かる。
ララ達の頭を撫でている感触とさほど変わらない。シャプルが人工知能だと知っていなければ、人間ではないと気付かないはずだ。
「マスター」
「ん?」
シャプルが振り返って、俺を見上げる。
「マスターの胸に顔を埋めていいでしょうか? 1000年も出会えていなかったのですから。それくらいの権利はあると思うんですが」
「ん……まあ、シャプルがそうしたいなら別にいいが」
ララ達が騒いでいるのが視界に入ったが、取りあえず今は無視だ。
「では早速……むぎゅっ」
シャプルが俺の胸に飛び込んでくる。
彼女の甘い匂いが、俺の鼻梁をくすぐった。
人工知能ではあるが、決して無機質ではない。人間的な匂いだ。
しばらくシャプルは俺の胸に顔を埋め、堪能している様子であったが、
「……ふう。あ、ありがとうございました」
とゆっくり顔を離した。
顔が紅潮しているようにも見えた。
……う、うむ。1000年経っても、女心というものはよく分からないものだ。
それだけは言えた。
「シャプルちゃん、ずるーい!」
「いくら人工知能でも、そんな破廉恥な真似をしてはいけません!」
「シンシアもしてもらいたい」
ララがぶんぶんと両手を振り、マリーズは腕を組んで憮然とした様子。シンシアは指をくわえて、羨ましそうに俺を見ていた。
三人はまた後でだな。このまま続けて、先ほどのようなことをされれば胸の鼓動が激しくなりすぎて爆発してしまいそうだ。
「それにしてもマスター」
一転、シャプルはきりっとした様子で続ける。
「先ほど胸に体を預けてみて分かりました。どうやら1000年前の力を取り戻したようですね」
「ああ」
頷く。
シャプルは魔力の分析に長けている。
俺の体調や魔力も管理して欲しかったため、自然とそうなる必要があったのだ。
「いや……これは? 1000年前よりも力がさらに増しているように見えますが……私の勘違いでしょうか?」
「勘違いではないぞ」
時空間に行くことによって。
俺はさらなる力を手に入れた。
そのおかげで、1000年前の力を取り戻したどころか、あの時よりもさらに強くなったほどだ。
我ながら良い空間を作ったものだ。
「これだったら、次は簡単にバグヌバを倒せそうですね。1000年前でも、マスターですら手こずっていたように思えますが」
「その通りだな」
まあ1000年前でも、手こずったといってもそれは『時間がかかった』という意味であって、『苦戦した』という意味ではないが。
もし『苦戦した』のレベルであったら、わざわざ『俺より強いヤツ』を求めて転生してこない。
「早速バグヌバを倒しに行きますか?」
「ああ。だが……」
俺はララ達の方を見る。
「どうしたの、クルト?」
「すぐに行きましょう」
「シンシアも……付いていく……」
三人が次々にそう言った。
しかしその言葉の反面、表情には疲れが出ているように見えた。
それも仕方がない。なんせ時空間で十時間ほどみっちり修行したんだからな。疲労があってもおかしくないだろう。
ゆえに。
「……いや、一晩ここで休むとしよう。変に疲れが残って、へまをやらかさないとは限らない」
俺が提案すると、三人の顔が少し緩んだように見えた。
やはり疲れていたようだな。
「俺もお腹が減ったしな。なにか食べようか」
「うんっ、そうだね! あっ、わたし、食材があるなら料理するよー。クルトのために美味しい料理を作ってあげるっ!」
ララが元気よく手を上げる。
「ちょ、ちょっと! ララ! 抜け駆けは許しませんよ!」
「シンシアも……料理やる……」
マリーズとシンシアもそれに続いた。
食材なら転移魔法で王都まで行って、買ってくれば十分だろう。幸いこの家にはキッチンもある。
「そう言うなら、ララ達に任せるとするか。期待してるぞ」
「「「うん!」」」
三人が声を揃えて返事をした。
◆ ◆
お掃除ロボや警報システムのせいで、随分物騒なところだと思われるが……そこらへんをちゃんと停止させれば、なかなか住みやすいところなのだ。
俺達はリビングに集合し、晩ご飯をいただくことにした。
「召し上がれ!」
エプロンを身につけたララが、テーブルの前に料理の皿を置いていく。
無論マリーズとシンシアもエプロン姿だ。二人ともよくに似合っていて可愛い。
「ほう……美味しそうだな。相変わらずララは料理が上手い」
「でしょ! もっと褒めて褒めて!」
るんるん気分のララ。
さて……味の方はどうだろうか。
俺はハンバーグにナイフを通し、そして口に運んだ。
「……旨い!」
思わず声を上げてしまう。
噛むたびに肉汁が口の中にじんわりと広がっていく。
かかっているデミグラスソースも絶品で、手が止まらなくなってしまった。
「わたしだけじゃなくて、マリーズちゃんとシンシアちゃんも頑張ってくれたんだっ!」
「わ、私は料理があまり得意ではありませんから。ララの足を引っ張らないようにしました!」
「シンシア……頑張った」
うむ、この料理を食べていたら三人の頑張りが頭に浮かぶようであった。
「三人とも、ありがとう。最高の料理だ。みんなも食べよう」
「「「うん!」」」
三人がエプロンを取り、各々のテーブルの前に座る。
そして楽しそうに料理を食べ出したのだった。
「シャプルはどうだ?」
近くで突っ立っていたシャプルに声をかける。
「私……ですか?」
「人工知能とはいえ、他の人間と同じように普通に食事を楽しむことが出来るはずだ」
1000年前、食の楽しみをシャプルにも分かってもらいたかったため、そうやってエネルギーを補給出来るように俺が作成したのだ。
しかしシャプルは横に首を振り。
「いけません。何故なら私はマスターに仕えている身。残飯ならいただきますが」
「なにを言う。こんなに美味しい料理なのだ。残らないぞ」
「それならなおさらです。そんな美味しい料理をマスターからいただくわけにはいけません」
頑なに断るシャプル。
困ったな……殊勝なヤツだが、折角だから彼女にもこの料理を楽しんでもらいたい。
「それなら」
俺は細切れになったハンバーグをフォークで刺し、それをシャプルの口まで運んだ。
「……!」
無理矢理ハンバーグを口の中に押し込まれ、吐き出すわけにいかず租借をはじめるシャプル。
やがて。
「……美味しい」
「そうだろ?」
目を輝かせて、頬に手を当てたのだった。
「俺の前で気を遣うな。シャプルも俺の隣に座るといいだろう」
「そこまで言うなら……お言葉に甘えて」
シャプルが席に着く。
そのまますぐに食べ出すと思ったが……。
「マスター」
「ん?」
「先ほどのことをもう一度してくれませんか?」
先ほどのこと? 料理をシャプルの口に入れたことか?
「仕方ないな、ほら」
もう一度ハンバーグが刺さったフォークを近付けると、「あーん」とシャプルが口を開いた。
入れてやると、また小動物のようにハンバーグを噛みはじめたのだった。
一体なんなのだ。
戸惑っていると、
「あーっ! シャプルちゃん、またずるいー!」
「クルトにあーんしてもらうなんて!」
「次はシンシアの番……!」
なにか三人の気に障ったのだろうか。
ララ達が立ち上がって、俺のところまで近寄ってきた。
「「「あーん」」」
そして三人はそう言って、目を瞑ったまま口を開ける。
「どうしろと言うのだ……」
こんな一幕がありながらも、料理の時間は楽しく過ぎていった。