152・本気を出す試練
「さて……無論これで終わりではなかろうな?」
ドラゴンを睨む。
結界無効のブレスごときでは、本気の十分の一も出せないではないか。
それに1000年前の俺が考えたにしては、あまりにも簡単すぎる。
『マ、マスター……やはり1000年前から魂は変わっていないな。マスターに見られると、自然と体がすくんでしまう』
ドラゴンはそう言って、ブルッと体を震わせた。
『もちろん、これで試練は終わりではない。マスターならこれからなにが行われるか分かっているのでは?』
「うむ、大体察しは付く」
俺はニヤリと口角を吊り上げ、こう続けた。
「今から本気のお前と戦えばいいのだろう?」
ドラゴンがコクリと首を縦に振る。
『その通りだ』
「意外に簡単な試練だな。先ほどの結界無効のブレスくらいしか吐けないのでは、すぐに終わってしまうぞ」
『なにを言う。あれだけではない。それに私は1000年前のマスターの手によって作られたものだ。そう一筋縄でいくと思われるのは不本意』
これもドラゴンの言う通りかもしれない。
先ほどだけでは、あまりにも退屈な試練になってしまう。
しかし——細かいところは転生魔法の副作用なのか、あまり覚えていないが——1000年前の俺が作ったドラゴンなのだ。
そうつまらないものにもならないだろう。
「クルト……ドラゴンと戦うって本気?」
「いくらクルトでもドラゴンを二度倒せるとは……」
「クルトは帝国でドラゴンを粉砕した。今回もきっと勝てる……」
ララ達三人は、口ではそう言っているものの、胸を弾ませているようであった。
俺の勝利を確信しているのだろう。
どんな戦い方をするのか興味があるはずだ。そして勉強熱心な彼女達は、どん欲にそこからなにを学び取ろうとするに違いない。
しかし……残念なことが一つだけある。
「ララとマリーズ、それにシンシア。今回は残念ながら、三人に教えられることはないぞ」
「「「?」」」
三人がきょとんした顔になる。
俺はそれ以上の説明をせず、魔法を使ってドラゴンのところまで浮遊する。
「さて、ドラゴンよ。早速やるとするか」
『久方ぶりにマスターと戦うのは、私にとっても楽しみだな』
ドラゴンだから表情は分かりにくいものの、僅かに口に笑みが浮かんだように見えた。
俺は魔法式を展開する。
——教えられることはないぞ。
俺が三人にそう言った理由は……。
「早すぎて見えないだろうからな」
そう呟き、ドラゴンに向かってイフリートフレアを発動する。
それが戦いの合図となった。
ドラゴンを中心に大爆発が起こる。
だが。
『それがマスターの本気か?』
ドラゴンはピンピンとした様子で、翼をはためかせていた。
「まさか」
まだ五分の一くらいしか出していない。
ドラゴンは間髪入れずに高威力のブレスを放ってくる。俺はそれを結界魔法で防ぎつつ、滑空しながら楽々躱した。
なかなかの速度だ。
この上イフリートフレアをくらっても、傷一つ負わせられない防御力の高さを持っているのである。倒すのは至難の業であろう。
普通ならな。
しかし俺は魔剣を異次元から取り出し、同時に魔法を使いながらドラゴンを追い詰めていった。
「す、すごいよ……マリーズちゃん。クルト達の動きが見える?」
地上でララ達が話しているのが目に入った。
「いえ、全く見えませんね」
「シンシアも……クルトがなにをしているのか分からない……」
マリーズとシンシアが唖然とする。
「だよね。これじゃあ全然参考にならないよ」
ララがお手上げといった感じで、両手の平を空に向けた。
まあ仕方ない。
いくら心の眼を体得したとしても、三人の眼では俺達の動きを捉えることが出来ないだろう。
『マスターよ! 楽しいな!』
「ああ、その通りだ」
転生してきて、学園の入学試験でデズモンドと戦ったことを思い出す。
あの時も久しぶりに骨のあるヤツに出会って、楽しかったものだ。
『さてと、マスター。マスターならこの試練の目的がもう分かっているな?』
「大方な」
つまりこの試練は俺に本気を出させるためのものだ。
欠陥魔力……黄金色魔力に限って可能な方法。
極めれば極めるほど伸びていく黄金色魔力なら、本気を出す……つまり限界値に近い動きをすれば、それだけ魔力の質が高まっていく。
これは1000年前、俺がもたらした魔法革命によって当たり前の事実になったことだ。
だが、この世界で俺はなかなか本気を出せない。
この戦いによって俺は本気を出し、元の力を取り戻すことが出来るだろう。
しかし……一つだけ問題がある。
「この程度ではまだ本気を出せんぞ?」
俺が魔剣をぐっと握りしめ、ドラゴンに最後のトドメを刺す。
その魔法名は王の一閃。
あのドラゴン化したフォンバスクを一撃で葬った魔法である。
『グオオオオオオオ!』
ドラゴンの断末魔。
王の一閃によって一閃されたドラゴンは光の粒子となり、そのまま消滅していった。
「こんなものか」
俺は魔剣をしまいながら、地上に降り立つ。
それと同時、ララ達三人、そして《赤鳥》《青鳥》が近寄ってきた。
「クルト! ドラゴンは倒したの?」
「なにをやっているのか全く見えませんでした」
「説明……して」
この戦いの間に、俺は1000もの魔法をドラゴンに放ったが、その一つたりとも三人は視認することが出来なかっただろう。
「ドラゴンは倒した。だが……」
俺の記憶通りなら……。
そう思っていたら、目の前にぼわっと優しい光が灯った。
そしてそれはだんだんと形を成していき、小型のトカゲのようなものが姿を現した。
『マスター、さすがだ』
「うわっ、これなんなの!?」
ララがそれを見て、目を丸くする。
「先ほどのドラゴンだ。倒す……といってもあくまで試練のためだからな。魂ごと破壊しなくてもいいだろう」
そう説明すると、小さくなったドラゴンはしゅんと肩を落とした。
『しかし……無念だ。マスターに本気を出させることが出来なかった。このままではマスターは元の力を……』
「なにを言っている?」
俺はドラゴンを安心させるために、こう告げた。
「もう転生前の力を取り戻した」
『な……!』
ドラゴンは驚愕に目を見開く。
そうなのだ。
先ほどの戦い、俺は本気を出すことは出来なかったが……それでも、非常に有意義な戦いが出来た。
魔力が高まっている。質が段違いに良くなっていた。
うむ、そうだ。この感覚だ。1000年ぶりなもので、なかなか懐かしいな。
『しかしマスターは本気を出すことが出来ていなかった。それなのに何故……!』
「本気を出さなければ、魔力の質を高められないわけではない。俺に限ってはな」
そもそも1000年前においても、本気を出すことなどほとんど出来ていなかったのだ。
それでも、俺は高みを目指し続ける必要があった。
歩みを止めるわけにもいかぬ。
その結果、生み出したのがこの『本気を出さなくても、魔力の質を高めることが出来る』トレーニング方法だ。
とはいえ。
「お前の力を借りなければ、それは不可能だった。他のザコと戦っていては、さすがに元の力を取り戻すことが出来なかっただろう。感謝する」
ドラゴンを労う。
俺にとっては当たり前のことをしているつもりだが、
「……クルトがまた訳の分からないことを言ってる」
「前提条件なんて全て無視するのがクルトですからね」
「……クルト出会って、大分経つ……でもまだ慣れない……」
とララ達三人は唖然とした様子だった。
さて、準備も整った。
後はここから出て、邪神バグヌバを始末しにいくとするか。