150・心の眼
「では、そろそろララ達のもとに戻るか」
《赤鳥》と《青鳥》による試練が終わった後。
俺はそう呟いて、踵を返そうとした。
「マスター」「お元気で」
二羽の声が重なり合う。
それにしても……まだなにか残っていた気がするのだが?
お世辞にも、まだ転生前の力を取り戻したとは言えない。転生前の俺はもっと力を有していた。
今からなにをすべきなのか。
「っと……その前に、ララ達の様子でも見るとするか」
俺はともかく、果たしてララとマリーズ、シンシアの三人は存在なき者……矛盾生物を斬ることが出来ているのだろうか。
三人にはあらかじめ意識共有魔法を使っている。これがあれば、遠くからでも三人の様子を眺めることが出来るのだ。
「戻ってからゆっくり見るのもいいんだが……早く三人の成長度合いも見ておきたい。少し眺めてみるか」
俺は意識を集中させ、三人と意識を共有させた。
◆ ◆
「マリーズちゃん、危ないっ!」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「やっぱりどうしてもダメージが通らない……」
三人の様子がぼんやりと頭の中に浮かんでいた。
ララとマリーズ、シンシアの姿は土が付着しており、所々汚れていた。
「はあっ、はあっ……」
「これじゃあ、らちがあきませんね」
「さすがに疲れてきた……」
三人が矛盾生物を眺めながら、膝に手を置く。
うむ、相当疲弊しているようだな。
一方、存在しながら存在している……矛盾生物はピンピンしている。
矛盾生物は品定めするかのように、三人を眺めている。
「やっぱり……わたし達じゃ、矛盾生物を倒せないのかな?」
ララが弱音を吐く。
「そんなことありませんよ。クルトはいつだって、私達に乗り越えられるレベルの試練しか与えません」
マリーズが激励する。
「うん……その通り……せめて一発だけでも矛盾生物に攻撃を通さないと。クルトがガッカリする……」
シンシアも戦意を失っていない。
だが。
「うーん、でもわたし疲れたよ! もう一歩も動けない」
長時間動き回ったせいだろうか、ララはだだっ子のように両手をブンブンと振った。
「でも一発だけ……一発だけって思えば……」
「ララ!」
疲れ果てているララに対して、矛盾生物が攻撃を仕掛ける。
マリーズが結界魔法を張ろうとするが、間に合わない。
ララは三人の中でも一番前衛で動き回る役割である。三人よりも疲労度の蓄積が大きかったのだろう。
助けにはいるか?
いや、これは……。
「しんどい……」
ララが虚ろな目で矛盾生物が向かってくるのを見る。
ぼーっと眺めているだけで、思考が働いていないようだ。
それでも……ララも俺と行動を共にすることによって、経験が蓄積されている。
反射的に手を伸ばし、ファイアースピアを発射させた。
そこに無駄な意識など介在していなかっただろう。
炎の槍が矛盾生物に伸びていき、今まで通りその体をすり抜け——
ドゴォオオオオン!
——なかった。
見事、矛盾生物にファイアースピアが命中し、大きな爆発音を立てた。
「え、え? どういうこと?」
ララが目を丸くする。
黒煙がなくなると、矛盾生物の姿はすっかり消滅していた。
「ララ、どうしたのですか!?」
「矛盾生物に攻撃を当てた……」
すぐさまマリーズとシンシアが駆け寄ってきて、ララに問いかける。
しかし彼女は未だ混乱しているようで、
「わ、わたしも分からないよ。ただ……疲れすぎて、なにも考えずに魔法を放ったらあんなことに……」
とあたふたしながら言った。
「なにも考えずに……それです!」
しかしそれを聞いて、マリーズはなにかを閃いたらしい。
「クルトは心の眼で矛盾生物を見よ、と言っていました。ララのやったことはそれに通ずるのでは?」
「どういうこと……?」
シンシアが首をかしげる。
「おそらくですが、矛盾生物を倒さないとダメだ……そうしないと殺されるかもしれない……クルトを失望させてしまうかもしれない……そういった邪念や雑念がわたし達を邪魔するのです。それをなくして、素直な気持ちで魔法を放てば……?」
「んー! マリーズちゃんが、なに言ってるか分からないよ!」
「仕方ありません。だって私にもよく分かりませんから」
うむ、とうとう答えに辿り着いたか。
矛盾生物は心のありかたそのもの。
なぞなぞクイズのようになってしまうが……たとえば、心の中で俺が三人を思い浮かべたとする。しかし三人は実際に目の前にいるわけではない。
これが矛盾生物の理屈である。
心のありかた……つまりヤツを倒すためには、それと同じステージに立たなければならないのだ。
そういった場合、マリーズの言った『邪念』や『雑念』は邪魔なものになる。
二時間程度の時間で、それに気づけるとは。
だが気付いたとて、簡単に出来るわけではないぞ?
「マリーズちゃん! なんか相手は怒っているみたいだよ!?」
一体やられてしまったことに気が張っているのか、矛盾生物が三人に一斉に襲いかかってきた。
「雑念を消す雑念を消す……ファイアースピア!」
ララが手をかかげ、先ほどのように魔法を放つ。
しかしファイアースピアは矛盾生物を通過してしまい、ダメージを与えられなかった。
雑念を消す……という考え方そのものが雑念となり得るのだ。
「心の眼……」
「マリーズちゃん、危ないよ!」
矛盾生物がマリーズに襲いかかる。
だが、彼女は慌てず、目を瞑って左手を胸に置いていた。
まるでマリーズの周りだけ時間が静止しているかのようだ。
「ファイアースピア」
落ち着いた声音で、マリーズが一言だけ魔法名を呟く。
すると炎の槍が飛び出し、矛盾生物に直撃。ララの時と同じく、煙を上げて矛盾生物は消滅した。
「マリーズちゃん、すごい!」
「どうやってやったの……?」
ララとシンシアがはしゃぐ。
一方、マリーズはそれにおごることなく、まだ残っている矛盾生物達に視線を逸らさなかった。
「私、子どもの頃によく精神修行をやらされていたんです。地面の上で正座をして、少しでも動けば後ろから叩かれていました。あの時はイジめられているだけと思っていましたが、まさかこんなところで役に立つとは」
しかし、そのことが今のマリーズの糧になっていることは確かだ。
しっかりと心の眼で矛盾生物を捉え、攻撃することが出来ていた。
「コツとかってあるのかな?」
「教えて欲しい……」
ララとシンシアは攻撃を躱したり、結界魔法で防ぎつつ、マリーズに問いかける。
「難しいですね。ただ慌てないことが肝心です。矛盾生物の攻撃力が大したことないのが幸いですね。一度攻撃をくらっても、死にはしない……それくらいの肝を据えることが大事かもしれません」
「む、難しそう」
「でもやらないと……この試練は突破出来ない……」
ララは尻込みしているように見えるが、瞳を見ると確かなやる気が秘められている。
うむ、これだったら心配ないな。
ここまで気付けば、後はそう時間もかからないだろう。
俺はそのことに安心しつつ、頭の中に浮かぶ映像を遮断したのであった。
◆ ◆
「やはり三人の成長速度には目を見張るものがあるな」
感嘆する。
しかしその直後……地面が突如揺れだした。
「ん……地震か。いや、これは……」
地面の揺れは大きく、天井や地面から岩がポロポロと剥がれ落ちていく。
このままでは洞窟が崩壊してしまうに違いない。
「そうだ、思い出した。まだ試練は残っているのだったな」
俺は1000年前のことを思い出し、《赤鳥》《青鳥》を見た。
「今までのは前座。これからが本物の試練だ」
全く、1000年前の俺はなかなかギミックを施してくれる。
これから迫り来る試練に対して、俺は一切恐怖を感じない。
それどころか、気分が高揚していくのが分かった。