149・同時にやってやる
第二の試練のある場所に着くと、目の前に高い壁がそびえ立っていた。
顔を上げても、肉眼では天井まで見ることが出来ない。
こつこつと壁を叩いてみると固く、凹凸が一切ないことが分かる。
「さて……ここではどのような試練を用意したんだか」
顎に手を当て、1000年前のことを思い出していると、
「きましたね」「マスター」
二つ分の重なり合った声が聞こえた。
俺はそちらの方へ顔を向ける。
「ああ……思い出した。久しぶりだな《赤鳥》《青鳥》」
「わたし達のことを覚えていてくれていたとは……」「恐悦至極に存じます」
それはまるで人間が頭を垂れるようにして、口を動かした。
『ようにして』と言ったのは理由がある。
俺に話しかけてきたのは二羽の鳥だったからだ。
「確かこの場で第二と第三の試練が行われるのだったな」
赤色と青色の二羽の鳥。
《赤鳥》《青鳥》にそう確認する。
「その通りでございます」「さすがマスター」
二羽の鳥は同時に言った。
「シャプルといい、1000年前に作ったものを見ると懐かしい気分になるな。さて、ここで行われる試練について説明してもらおうか」
とはいえ思い出したので、把握しているがな。
せっかくの機会だ。二羽の仕事を奪わないでおこう。
耳を傾けていると、まずは《赤鳥》が説明をはじめる。
「はい。まずわたしから出させていただくのは第二の試練でございます。
マスターには今からこの壁を登っていただきます。もっともただそれだけではあまりに簡単すぎるので、マスターには重力魔法をかけさせてもらいます」
《赤鳥》が言うと、俺の体にずっしりとした重い感覚が襲いかかった。
うむ、通常の百倍の重力がかけられているな。
普通なら膝を付くどころか、内臓や骨が破損してただではおかないだろう。
だが、俺にとっては大したことがない。
少しダルい感覚はするが……これくらいなら問題ない。
「この凹凸のない壁を登れとはな。1000年前の俺は面白いことを考えてくれる」
心が弾む。
《赤鳥》の説明が終わると、次は《青鳥》がはじめる。
「そして、この壁を登った先でわたしは第三の試練を用意しています。そこではマスターの魔力を〇の状態にさせてもらいます。魔力が増えていく原則のことを、マスターなら説明しなくても分かっているでしょう?」
「無論だ」
色々と方法はあるのだが、魔力は消費すれば消費していくほど、後々増えていくものだと言われている。
なくなった分の魔力は時間経過か、他人から与えられることによって回復する。
この回復していく過程で、魔力が元あったものより増加するのだ。
もっとも、魔力が増えていくのもせいぜい二十歳くらいまでで、そこからは増えるというよりも減少がはじまってしまうのだが。
「魔力を〇の状態にしてしまい、そこから回復させる。本来なら時間経過による回復を待たなければなりませんが……マスターなら時間を超越することが出来るでしょう? すぐに魔力を元の状態に戻すことも可能のはずです」
「ふっ、魔力が〇なのにどうやって魔法を使うのだ、と突っ込んだ方がいいか?」
「戯れを。マスターの力は十分分かっているつもりです。魔力がないくらいで魔法を使えないのでは話にならんぞ……とでも言いたいのでしょう?」
《青鳥》が笑ったように見えた。
うむ、元々は俺が作ったものだから当たり前だが……よく理解している。
「この二つの試練を乗り越えた時」「マスターは1000年前の力を、半分くらいは取り戻せるでしょう」
二羽の声が交響曲のように優雅に重なる。
「マスターなら十分乗り越えられるはずです」「久しぶりにマスターの力を見せてください」
《赤鳥》《青鳥》は最早俺がこの試練から脱落する……などという愚かな考えは頭にない。
無論、俺も失敗するつもりなど毛頭ないが。
しかしあれだな……。
「《赤鳥》《青鳥》よ。面倒な真似をしてくれるな」
「「?」」
二羽が同じ方向に首をかしげた。
「1000年前の俺はこの試練を順番にこなしていたわけではないだろう?」
「マスターは」「なにが言いたいのですか?」
俺は指を二本立て、こう続けた。
「同時だ。第二と第三の試練、同時にやってやる」
それを聞いて、二羽が驚いたような声を出す。
「そ、それはあまりに無茶な!」「いくらマスターでも力を完全に取り戻していないというのに……」
しかし——俺はこの試練の内容を聞いてから違和感を感じていた。
最初からこの試練は一つだった。それを無理矢理二つに分けているような感じがしたのだ。
1000年前の記憶を辿るに、確か俺はこの試練を二つ同時にやることを前提に作ったようにしか思えないのだ。
「誰に言っている。大丈夫だ、早速やってくれ」
「は、はい」「危なくなったら中断しますからね」
《青鳥》が魔法を発動し、俺から魔力を〇にする。
普通魔力が完全に〇になってしまった場合では、倦怠感で立ち上がれないどころか、失神してしまうのが普通だろう。
しかし俺はこの感覚を心地良いとさえ感じていた。
「今すぐ魔力を回復させることも可能だが……この壁を登り切るまではこのままにしておこうか」
俺は壁に足をかける。
そして駆け足で壁を登りはじめた。
「す、素晴らしい」「まるで地面を走っているかのようです」
うっとりした声を出す《赤鳥》《青鳥》。
「きっとマスターはこう言うに違いない」「『凹凸のない壁を走れるくらい普通だろ?』と」
うむ、こうやって壁を登るのは特段厳しいことではないが、こうやってジロジロ見られるのはな。
どこか気恥ずかしい気分になってしまう。
それからほどなくして、俺は壁を登り切った。
「こんなものか」
かかった時間は……三分といったところか。
意外と時間がかかってしまったな。
「素晴らしいマスター」「百倍の重力をかけられ、さらには魔力が〇の状態なのに……体力だけで登り切るとは」
《赤鳥》《青鳥》も追いついてきて俺を賞賛した。
「なに、問題ない。万全の状態なら三秒もあれば登り切れたがな」
これは本当のことだ。
さて……そろそろ魔力が〇というのもさすがに疲れを感じてきたな。
良い運動になった。
俺は早速時間を超越し、経過させる。
あっという間に魔力を全快の状態に戻った。
「自分で魔力を〇にすることはなかなか難しいからな。助かった」
時空間ではない元の世界でそれをやってしまうと、国の一つや二つが吹っ飛んでしまう可能性があるからだ。
それくらい、俺の魔力の貯蔵量は多い。
今回の試練で、魔力に関しては1000年前とさほど変わらないレベルまで追いついただろう。
「マスター……カッコいい」「さすがはマスター。惚れる……」
まあ俺にしたらこれくらいの試練、朝飯前といった具合なんだが……それにしてもなんだな。
「《赤鳥》《青鳥》よ、そんなに褒めてくれるな。悪い気はしないが、恥ずかしいではないか」
一応言っておくが、これだけ賞賛しているのは最初からの仕様ではない。
1000年も経てば、こいつ等の中にも自我が生まれ、いつの間にか俺(作り主)に対する憧れみたいなものが生まれたのだろう。
「なにをおっしゃいますか」「謙遜なんてマスターらしくありませんよ」
止めてもまだ賞賛を続ける二羽に対して、俺は頭をかくしかないのであった。