148・意地悪な試練
三人と別れた後、俺は森の中を一人歩いていた。
そしてしばらくすると洞窟の前に到着。
「うむ、懐かしいな」
なんせ1000年ぶりに来たのだ。
とはいえ、この時空間は俺達が住んでいる空間とは隔離されている。
なので1000年ぶりに来たといっても、周囲の風景は全く様変わりしていなかった。
バグヌバを倒すために最善を尽くすためには、俺とて一年は必要となる。
ゆえに一年分の修練を圧縮する必要がある、というのは説明したことだ。
試練の洞窟。
1000年前の俺は、目の前の洞窟をそう名付けた。
この洞窟には三つの試練が順番に出される。
それを全てクリアした時、一年分……とはいかないまでも、その半分の効力は得られるだろう。
しかし一年分の修練を圧縮しているのだ。
当然試練は厳しいものとなる。
俺とて気を引き締めなければならない。
「では行くとするか」
とはいえ、尻込みするつもりもない。
俺は洞窟の中に足を踏み入れた。
内部は真っ暗だ。灯り一つない。
普段の俺なら魔法で辺りを明るくするのだが……それは出来ない。
さらに暗いだけではなく、周囲や外界の音も一切聞こえない。
平衡感覚が変になってくる場所であった。
「魔法は……使えない。うむ、正常のようだな」
ぎゅっぎゅっと手を握り、確認する。
魔法式を描こうにも、脳内で展開しようとした瞬間、それは泡が弾けるように消えていくのだ。
魔力を放出しようにも、まるで血栓が出来てしまったかのようにせき止められている。
明らかな異常事態ではあったが、俺は慌てなかった。
「1000年も経てば、この空間もなにか異常が起こっていると思っていたが、その心配は無用だったようだな」
呟く。
次の瞬間……、
「おっ、はじまったか」
右斜め方向から光弾が発射され、俺に襲いかかってきたのだ。
俺はそれを寸前のところで回避する。
「久しぶりに楽しい運動が出来そうだ」
光弾は一発だけではない。それから何発も俺目掛けて飛んできた。
俺はそれを避けていく。
光弾は一発一発が高威力のものだ。擦っただけでも、なんら結界魔法を施していない場合は、片腕が吹っ飛んでもおかしくはない。
——これが第一の試練。
洞窟内は真っ暗になっている。つまり視覚が封じられた状態だ。
さらには音も聞こえない。これは聴覚。
そして極めつけは魔法を使えなくしているのだ。これは1000年前の俺が、第一の試練が行われる周辺一帯に『魔法封じ』の魔法陣を描いているためだ。
つまり視覚、聴覚、魔法……この三つを封じられた状態で、俺は弾幕のように浴びせられる光弾を回避しなければならない。
ちなみに光弾は壁や天井に描いた魔法陣から発射されている。
「これはなかなか面白いな」
1000年ぶりにやったが、つい夢中になってしまう。
いくら魔法封じの魔法陣があるとはいえ、俺ならそれをすぐにでも無効化出来るが……それをやってしまえば修行にならないので、やる意味がない。
俺は第一の試練を『身体』の強化のために作った。
いくら魔法が優れていても、体力や身のこなしが三流なら意味がない。
魔法と体、その二つを複合させた姿が魔法使い……さらには魔法剣士としての理想なのだ。
どこから光弾が発射されるのか分からない。音もない。魔法を使う術もない。
このような状況ながら、俺は勘だけで光弾を避け続けていた。
やがて……。
「うむ、そろそろ終わりのようだな」
光弾が止む。
丁度一万発目の光弾を回避した時であった。
パッと洞窟内に光が灯された。
「良い汗をかいた」
汗を拭う。
視覚と聴覚が正常になったと同時、魔法の方も使えるようになった。第一の試練が終わったのだろう。
しかし……第一の試練はこんなものだったか?
これではお世辞にも一年分の修練にはならないと思うが……。
いくらなんでも大したことがなさすぎる。1000年前の俺はなにを考えていたのだろうか。
そう思った矢先であった。
「むっ」
壁に描かれた魔法陣が突如光を放った。
光弾がそれこそ隙間なく発射され、俺に向かってきた。
同時に発射された光弾——十万発。
なるほど、こちらが本命であったか。
十万発同時に放たれた光弾は、それこそ避ける隙間が一切見当たらない。
……のように見えるが。
「なに、これくらいなら問題はない」
今度は身体強化魔法を使い、十万発の光弾を避ける。
いくら同時に放たれた……とはいっても、〇・〇〇一秒の誤差もないということは有り得ない。
少しの時間差はあるはずだ。
俺はその間隙を見つけ、その隙間に入り込むようにして光弾を避けただけのことであった。
やがて光弾は壁や天井に当たり、事なきを得た。
「1000年前の俺もなかなか意地悪な真似をしてくるな」
いくら俺でも、身体強化魔法を使わずにこの十万発の光弾を避けることは不可能であった。
『身体』を鍛える試練だと見せかけ、それが終わった瞬間に、魔法を使わなければならない状況を作り出す。
油断していたら、十万発のうち一発は当たっていたかもしれない。
危ないところであった。
「最後の仕掛け……すっかり忘れていたな」
しかし良い準備運動になった。
十分体もほぐれた。
「しかし試練は終わった。次の試練をやろう」
壁に突如扉が現れる。
俺はその扉を潜って、第二の試練に挑むのであった。