147・存在なき者
時空間へと到着。
「ここが時空間……?」
「普通の森みたいですね」
ララとマリーズが辺りにキョロキョロと顔を動かす。
「…………」
シンシアはなにかを見極めるかのように、じっと前を見ていた。おそらくこの時空間の魔力を分析しようとしているのだろう。
「ああ、ここが時空間。1000年前、俺が修練のために作った空間だ」
マリーズの言った通り、一見はなんの変哲もない森のように見える。
しかし、外の世界で説明した通り、実際は十時間で一年分の修練が行われるほど、濃い時間が過ごせる素晴らしい場所なのだ。
その分、内容は厳しくなるが。
「それでクルト。ここでなにをするの?」
ララが首をかしげる。
「うむ、色々と三人には施すつもりなんだがな。まずは……」
思案していると、
「——敵っ!?」
すぐさまマリーズが気付いた。
突如、なにもない空間から黒い塊が現れ、彼女達に魔弾を飛ばしてきたのだ。
それに対して、マリーズが結界魔法を張り魔弾を防ぐ。
「……魔物もいるの?」
構え、シンシアが俺に問う。
だが。
「魔物ではない。これも俺が作りだしたものだ。名を『矛盾生物』と名付けた」
その黒い塊……矛盾生物は至るところからポコポコと出現し、十体を超えるくらいになった。
矛盾生物がララ達を取り囲む。
「よし……丁度良い機会だ。まずはその矛盾生物を倒してみようか。なに、心配はない。矛盾生物の攻撃自体は大したことはない」
攻撃はな。
俺がみんなをけしかけると、
「う、うんっ!」
「頑張ってみます!」
「……すぐに片付けて、クルトの強さに追いつく……」
とやる気十分のようであった。
しかしその気力が果たしてどこまで持つものやら。
そんな彼女達に対して、矛盾生物が容赦なく魔弾を浴びせていく。
「これなら! わたしでも大丈夫だよーっ!」
ララ達が各々結界魔法を張り、魔弾を防御する。
ほう……ララはそこまで結界魔法が得意ではない。攻撃系統の魔法に向いている赤色魔力では、結界魔法といったものを最大限に出力することが難しいのだ。
他の二人も難なく矛盾生物の攻撃を防いでいく。
「ファイアースピア!」
ララが隙を見つけて、矛盾生物に炎の槍を放つ。
ファイアースピアをぐんぐんと突き進み、矛盾生物に命中……したように見えた。
だが。
「き、効いてない!?」
ララが驚愕する。
そう。ファイアースピアは矛盾生物をすり抜け、地面に突き刺さってしまったのだ。
無論、矛盾生物はピンピンしている様子である。
「ララ。怯んではいけませんよ。どんどん攻撃していきましょう」
「う、うんっ!」
その後、彼女達は結界魔法を張りながら、次から次へと魔法を放っていく。
多種多様な魔法。高威力の魔法。
しかしその全てが矛盾生物の体をすり抜けてしまい、なんら相手にダメージを与えることが出来なかった。
「ど、どういうこと!?」
「確かに攻撃は当たっているはずですが……」
「こんなのはじめて」
その光景に三人が戸惑う。
「矛盾生物はそういうものだ。存在しながら存在しない……そのような生物だからな」
俺の言葉に、三人が一斉に顔を向ける。
「クルト、存在しながら存在しないって?」
結界魔法で攻撃を防ぎつつ、ララが俺に問うてくる。
「そのままの意味だ。その生物は存在しない。しかし同時に存在し、ララ達に攻撃してくる」
「意味が分かりませんよ!」
マリーズが声を荒げる。
うむ……三人にとってはこのような生物を相手にするのは、はじめてだろうからな。
困惑するのも仕方がない。
「矛盾生物の倒し方の見本をまずは見せてやろう」
俺は鞘から剣を抜く。
そして一瞬で矛盾生物との距離を詰め、一閃。
両断された矛盾生物はそのまま消滅していった。
「どうだ、簡単だろう?」
「「「簡単じゃない!」」」
三人が前のめりになった。
「あれだけわたしが攻撃しても、ダメージを与えられなかったのに?」
「どういう原理でしょうか? どうして存在しない者に触れることが……?」
「……クルトのやっていることは意味が分からない」
三人の頭上には『?』マークが浮かんでいるように見えた。
「なに、そこまで難しいことではない。1000年前ではこうやって存在をなくす者もいたものでな」
そんなヤツを前にしたらお手上げ……というわけにもいかない。
俺も存在自体を消すことなら可能だ。
もっとも、そうした場合どうしても攻撃の力が低下してしまうので、潜伏活動以外であまり使用しないが。
「なんにせよ、存在なき者を倒せるようにならないと話にならない」
邪神バグヌバに傷一つ負わせられないだろう。
「で、でもどうやって!」
こうしている間にも矛盾生物は魔弾を飛ばしてくる。
何度も言うようであるが、矛盾生物の攻撃力自体は大したことがない。しかしこれだけ休みなく攻撃されると、いつか彼女達は手痛いダメージを負ってしまうかもしれない。
「コツは口では説明しにくいな。こういうのは実際に体を動かして、体得してみるしかない」
とはいえ、なんのヒントも与えないのはさすがに酷か。
そう思ったので、
「あえて言うなら……心の眼で矛盾生物を見るがいい。矛盾生物は心の在り方そのものだ。心の眼を通した時、ララ達も矛盾生物と同じフィールドに立てるだろう」
と一言だけ口にした。
とはいえ、三人は理解しきれていないようであった。
「さて……と。では俺は一旦この場を離れさせてもらう。二時間くらいで戻る。その時を楽しみにさせもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
マリーズに呼び止められるが、俺は彼女達に背を向けた。
「スパルタ……!」
後ろからシンシアのそんな声が聞こえたが、心を鬼にして俺は歩を進めた。
三人なら二時間もあれば、矛盾生物の倒し方のコツくらいつかむだろう。
念のために意識共有の魔法も使っておこう。もし万が一、三人が危険に陥ったら転移魔法ですぐに助けにはいればいい。
「存在なき者を斬る……三人の成長が楽しみだ」
ぽつりとそう呟き、俺はとある場所にまで移動を開始した。