146・十時間なんて一瞬ですよ
「シャプル、いるか?」
制御室に入って、俺はそう問いかける。
ララ達はなにも分かっていない様子。
少しすると、
「マスター?」
とどこからともなく女性の声が聞こえてきた。
「わっ!」
「誰かの声?」
「ここに……シンシア達以外に誰かいる?」
三人は驚き、肩を震わす。
やがて……なにもない目の前の空間に、突如一人の女性が姿を現したのだった。
「もしや……マスターでしょうか?」
女性の手が微震している。
「そうだ。俺は帰ってきたぞ」
「ああ……なんてこと。1000年も家を空けて、どこに行ってたんですか。わたくし、寂しくて寂しくて……」
「すまなかったな」
謝る。
すると女性は俺の胸に飛び込んできた。
「シャ、シャプル。どうした。シャプルにとっては1000年などあっという間のことだっただろうに」
そう問いかけても、その女性から答えは返ってこない。
いやこれは……泣いているのか?
嗚咽が聞こえる。
俺は息を吐いて、女性の頭を優しく撫でてあげた。
「クルト……その人って誰?」
「もしかしてクルトの1000年前の恋人でしょうか?」
マリーズの言葉に、ララとシンシアがぎょっとした顔になる。
「こ、恋人なんて!? クルト、どういうこと?」
「シンシア……嫉妬する……」
ものすごい勢いで二人が俺に顔を近付けてきた。
早合点しすぎだ。
「恋人ではない。そもそもこの女性……シャプルは人ではない」
女性……シャプルをこうして抱いていると、確かに人の温もりがあった。柔らかい肌の感触も女性そのものである。
しかし。
「シャプルはいわばこの家そのもの。システムを統括している……人工知能のようなものだ」
「「「人工知能?」」」
三人が一斉に首をかしげた。
そう。
この家のシステムは多岐に渡る。
お掃除ロボットであったり、警報システムが存在している。
それを全て俺一人で管理することはなかなか骨の折れることであったので、負担を分散しておきたかったのだ。
「ゆえに俺はシャプルという人工知能を作った。人工知能というのはその名の通り、人の手によって作られた知能だ。この家のことは俺よりも彼女の方がよく知っているだろう。なあ、シャプル」
と言って、俺はシャプルの背中をとんとんと何回か叩く。
「はい」
するとシャプルはゆっくりと俺の胸から顔を離した。
目が少し腫れぼったくなっている。
シャプルは人工知能ではあるが、なるべく人に近付けてやったのだ。
1000年前は孤独だったので、単純に俺の話し相手が欲しかったとも言える。
「しかしシャプル。システムの誤作動が多すぎるんだが、どういうことだ?」
「うぐぅ、すいません」
シャプルがバツの悪そうな顔をして俯いた。
だが、1000年も経てばさすがにシャプルの方も狂いが生じてくるということだ。
そこまでの耐久性を持たせていなかったからな。
後で修復してあげよう。
「しかし……マスター。1000年前とずいぶん姿が変わったように思えますが?」
「ああ、転生したからな」
「どうりで……」
シャプルはすぐに納得してくれた。
「シャプルって人……人工知能? すぐにクルトが転生したこと信じたね」
「私達でもすぐに信じられませんでしたのに……」
「深い絆で結ばれている……そんな感じ……」
三人の言葉に、シャプルがキッと鋭い目線を彼女達に向けた。
「マスターならこれくらいやって当然です。1000年前はもっととんでもないことをしていたのですから。転生魔法くらいで今更驚きません」
毅然とした態度。
うむ、1000年前の俺のことを知っている者がいたら、色々と話が円滑に進んで楽だな。
「どうだ、三人とも。転生魔法について先ほどは半信半疑であったが……」
質問すると、ブンブンと首を振る三人。
「もう大丈夫。信じてるよ」
「これだけのことを見せられれば、仕方ありません」
「シンシアは……なにがあってもクルトのことを信じる……」
ララとマリーズ、シンシアが順番にそう口にした。
さて……と。
「丁度制御室にも来たことだしな。今から三人にやってもらいたいことがある」
俺はそう話をはじめた。
「やってもらいたいこと?」
「ああ……まずはその前にシャプル。バグヌバが復活しようとしている」
「……!」
その言葉にシャプルは言葉を失った。
「あの邪神が……この時代に復活……? 確かマスターが封印したんじゃ?」
「そうなんだがな。そもそも永遠にバグヌバを封印することは不可能だった。今までラゼバラが封印を持たせてくれていた」
必要最低限の説明で「ああ、なるほど……」とシャプルは理解してくれた。
「ねえねえ、クルト。そのバグヌバって?」
「三人はまだ説明していなかったな」
俺はあの地下迷宮の最奥で起こったことを、三人にも説明する。
三人は一様に驚いた顔をしたが、
「で、でもクルトがいるんだから大丈夫だよねっ!」
「あなたがいるなら問題ないでしょう」
「クルトより……強い人はいない……」
と楽観視しているようだった。
その認識は間違っていないんだがな。少し慢心があるように思える。
「しかし俺とて、バグヌバを完全に倒しきるには、後一年は必要になってくるだろう。これでも1000年前の力を完全に取り戻したわけではないのでな」
しかし……バグヌバの件がある以上、一年ものうのうと暮らすつもりなどない。
「一年を十時間で済ませるぞ」
みんなを前に俺はそう宣言した。
「……なにを言っているんですか。いくらあなたでもそんなことできっこないでしょう。時間を超越しているじゃないですか」
マリーズがジト目で俺を見る。
「超……越……」
しかしシンシアだけはマリーズの言葉を反芻して、表情を変えなかった。
「シンシアはメイナードの時にやってみせたから分かるな。そうだ、今から時間を超越する」
俺はシャプルの方を振り返り。
「シャプル」
「はい。『時空間』に行くおつもりですね」
シャプルは準備万端といった感じで口にした。
「時空間? クルト、それはなに?」
「その時空間の中では一年分の修練を十時間に圧縮して行うことが出来る。その空間に行けば、すぐにバグヌバを倒せるくらいの力を得られるはずだ」
ララの問いに俺はそう答えた。
「そ、そんな空間があるのですか?」
「ああ。1000年前に俺が作った」
とはいえ、時空間にもデメリットがある。
一度使用してしまえば、100年は再使用することが出来なくなってしまうのだ。
当時は転生して何年後かの世界に行くことも念頭に入れていたので、このような便利な空間を作ったのだ。
「1000年前に一度使用したっきりだな。バグヌバを倒すため、今から三人は俺に付き合ってもらいたい。いいか?」
三人に話を振ると、
「う、うんっ」
「強くなれるならどこにでも行きますよ」
「シンシアも頑張る」
と戸惑いながらも了承してくれた。
よし……。
「では行くとするか。シャプル」
「はい。お任せください」
シャプルの両手から魔力が奔流する。
その魔力は大きな泡となり、俺達の体を包んだ。
「十時間後、すぐに戻ってくる。それまでの間待っていてくれ」
「ええ」
やがて泡となった魔力の中で、俺達は時空間へと誘われていく。
最後に。
「1000年に比べれば、十時間なんて一瞬ですよ」
と笑顔で手を振るシャプルの姿が見えた。