145・1000年前から転生してきた
俺——クルトは1000年前から転生してきた。
真実を打ち明けた。
当初驚かれると思ったが。
「転……生……?」
きょとん顔のララ。
どうやらまだ事態を呑み込めていないらしい。
「そんな突拍子もないことが……」
マリーズは信じきれていないのか、腕を組んで思案しているようであった。
「クルトの言っていることでも……さすがにこれは……」
一番従順であろうと考えられるシンシアとて、俺の言葉を疑っているようだった。
うむ、仕方がないか。
しかしこの反応はまだ想定内だ。
「信じられないか」
「「「…………」」」
問いかけたが、三人から反応が返ってこない。
というよりどう返事をしていいか困惑しているようにも見えるな。
「……そうだな。この本を一度読んでみるといい」
指を鳴らすと、本棚から一冊の本が動き出し、俺の手元におさまった。
それを三人に手渡す。
「これはとある人物について書かれている書物だ。これについてはどう思う?」
中央にララ、左右にマリーズとシンシアが並んで、みんながマジマジと本の内容に目を落とす。
「『一日でドラゴン126体を討伐』」
「『その気になれば山を動かし、海水を干上がらせることも可能』」
「『彼の前では仮に時間を止めても超越するため、無意味となってしまう』」
その中でも気になるフレーズがあったのが、三人が順番に読んでいった。
「なにこの人……人間じゃないじゃん」
「いや……誰かに似ているような気が……」
「どこかで見たことがある……?」
おいおい、人間じゃない……とはなかなか失礼なことを言ってくれる。
戸惑っている三人に向かって、俺はこう告げた。
「全て1000年前の俺のことだ」
「「「え?」」」
三人が声を揃えて、本から視線を外す。
「1000年前——魔法革命をもたらした俺のことを、みんなは異端者と呼んだ。その本にはそんな異端者の記録が記されているのだ」
1000年後のこの世界において、俺は『俺より強いヤツ』を求めながらも、同時に平穏な日々を求めている。
あまり信じてもらえないが、俺は平和をこよなく愛しているのだ。
ゆえに、この時代ではおとなしくしている。
本気を出せないとも言えるが。
「クルト……のこと?」
シンシアが首をかしげる。
「ああ。とはいえ、1000年前は『クルト』という名前ではなかったのだがな。どちらにせよ、同一人物だ」
説明するが、まだ三人とも理解が追いついていなさそうだ。
……この話をするのは、まだ早かったか。
「どうした? もし信じられないというのなら、それでも仕方がないだろう。今日のことは忘れて……」
「待って!」
話を切り上げようとすると、ララが声を張り上げた。
「信じられない……でもわたし、クルトのことをもっと知りたい。だからもっと話してくれないかな?」
「私もです。転生魔法とはどのようなものなのでしょうか?」
「どうして……転生してきたの……?」
ララに続いて、マリーズとシンシアもそう声に出した。
信じてもらえなくても構わない——最初はそう思っていた。
しかし、なかなかどうして、せめてこの三人だけには俺のことを知って欲しいといつの間にか思えてきた。
1000年前は他人に興味などなかった。
だが、他人に自分のことを理解して欲しい、と思えるようになったのは俺自身変わってきたということだろう。
「よし、分かった。まずは転生魔法について……」
俺はその後、三人に全てを打ち明けた。
1000年前、魔神フォンバスクを倒したこと。その際に『俺より強いヤツ』がいなかったことに絶望し、現代に転生してきたということ。
しかしこの世界は1000年前より衰退していた。それは魔神フォンバスク……この世界でいうフォシンド家のせいだったということ。
ゆっくりと、三人の反応を見ながら説明していく。
当初、突拍子もない話にやはり三人はどう反応していいか分からないよう。
それでも俺は、三人になら信じてもらえると思って、丁寧に説明を続けた。
「……ということだ。まだ信じられないか?」
三人に問いかけるが、黙ったままだ。
しかし……しばらくして、ララが横に首を振った。
「……ううん。クルトの言うことだから信じるよ。それにクルトだったら、なんかやりそうだし」
それに続いて、マリーズとシンシアも徐々に口を開いた。
「はい。転生魔法なんて無茶苦茶な真似、クルトならしそうですしね」
「フォシンド家のせいで……この世界の魔法文明が衰退したのはビックリだけど……クルトの言うことだから信じる」
良かった。
ほっと胸を撫で下ろす。
「三人とも、ありがとう。ララとマリーズ、シンシアのような仲間を持てて俺は幸運だった」
信じてもらえないことも考えた。
もしくは気味悪がられて、三人が俺から離れていくのが怖かった。
だが——三人は俺が思っているよりも、さらに強い。
「あはは。でも自分より強い人を捜して転生してきたのに、魔法文明が衰退していたのは災難だったね。いくらクルトでも落ち込んだんじゃない?」
ララが頬をかきながら、俺に質問する。
「うむ……確かに最初はガッカリしたな」
「1000年前に戻りたいと思う? 1000年前の方が強い魔法使いがいっぱいいるんでしょう?」
「なにを言う」
俺はララの頭にポンと手を置く。
「俺はこの時代の方が好きだ」
この考えを口にするのは、はじめてかもしれない。
「1000年前は仲間など作ってこなかった。俺に近付くヤツは全員敵だと思っていた。しかし……この時代ではどうだ」
ララとマリーズ、シンシアがいる。
彼女達のような信頼出来る、そして可愛い仲間が出来たことは俺にとって誇りである。
『俺より強いヤツ』がいなくても、俺はこの世界が大好きだ。
こちらの方が何百倍も面白い。
「だからといって『俺より強いヤツ』を捜すのを止める……なんて真似はしないがな。今後は三人が良かったら、それも手伝ってもらいたい」
「うん!」
「もちろんです」
「クルトのいるところに……シンシアはついていく……」
三人が俺に顔を近付ける。
そして——俺はもう一つの可能性も期待している。
三人のうちの誰かが『俺より強いヤツ』になってくれる、という可能性だ。
その可能性が三人には十分にある。
それも考えるとララが言った「1000年前に戻りたいか」という問いは、やはり的外れだ。俺はこの世界をまだ思う存分楽しみたい。
「さて……まだ完全には信じきれていないかもしれないがな。それも時間が解決してくれるだろう。それともう一つ……ここに来た理由があるんだ」
それを口にしようとした時であった。
家の中にけたたましい警報音が鳴り響いたのだ。
「え、これなに!?」
「またお掃除ロボットの時のような誤作動でしょうか?」
「聞いてると……不安になってくる……」
三人が緊張感に顔を強ばらせる。
「いや……これは少し違うな。どうやら警報システムが作動しているようだ」
不審者が入り込んでこないよう、1000年前にこのようなシステムを作った。
今まで作動してこなかったようだが、時間差で動き出したということか。お掃除ロボットの時といい、1000年も経てば至る所が故障しているようだ。
「どちらにせようるさい。止めに行くか」
俺達は書斎から出て、長い廊下を疾駆する。
しかし。
「うわっ! なんか変なものが出てきたよ!」
廊下の壁や天井から筒のようなものが飛び出し、そこから火炎や電撃が発射されたのだ。
「不審者を防ぐためだからな。このような攻撃システムも盛り込んでいる」
結界魔法でそれらを無効化しながら、先を進んでいく。
「クルト。私達も結界魔法くらいなら……」
「いや、マリーズ。自分で言うのもなんだが……俺だから出来ているのだ。マリーズが結界魔法を張ろうが無駄になってしまう」
マリーズ達が結界魔法を張ろうとも、この攻撃システムの前では紙切れのようなものだろう。
その一発一発が低級の魔族くらいなら倒すことが出来る威力が込められている。
しかし俺はそんな攻撃を浴びせられながらも、平然と廊下を突き進んでいった。
「ここだ」
俺はある扉の前に到着する。
扉の手を当て認証システムに侵入。
……1000年前の俺基準で認証するようになっているシステムだ。今の俺では反応しないか。
「だが、問題はない」
それを確認した後、俺は認証システムを騙してやる。
俺を1000年前の俺だと誤認させようとしたのだ。
やがて。
「よし、扉は開いた」
「クルト、ここは……?」
「制御室だな。警報システムを止めるには、この中に入る必要がある。詳しい話は後にしよう。さっさとシステムを止めなければな」
俺はそう言って、制御室に足を踏み入れるのであった。