144・門番
古代遺跡……ではなく、1000年前の俺の家を歩いていた。
「ねえねえ、クルト。さっき言ってたことってどういうこと?」
「あなたの言うことは、理解出来ないことが多すぎます」
「クルト……ミステリアス……」
歩きながら、三人は矢継ぎ早に俺に質問を投げかけてくる。
「今まで詳しく説明していなくてすまなかった。もう少し行ったところで説明しようか」
何度も言うようであるが、隠そうとしていたわけではない。
言ったところで信じてもらえないと思っていたのだ。
しかし……俺はここまで三人と接する時間が長すぎた。
このままなんら説明をしないままなのは、不誠実であろう。それに三人もそろそろ俺の言うことを、理解出来るはずだ。
そんなことを思いながら、とあるところに向かって歩いていると……。
うぃーん、がしゃがしゃ。
機械音が空間に鳴り響いた。
「ん……? この音は?」
ララがきょろきょろと辺りに視線を彷徨わせる。
二人も似たような反応だ。
やがて。
「うむ、やはりまだ機動していたようだな」
曲がり角のところから、巨大な人型機械が姿を現したのだ。
その機械は至る所から蒸気を発して、俺達を睨んでいる。
目の前に立ち塞がったその機械を見て三人が驚き、目を見開いた。
「え、これって……」
ララが恐る恐る機械に近付く。
「ララ! 危ないです!」
機械が一人でに動きだし、巨大な右拳をララに向かって落とした。
即座にマリーズが彼女の前に結界魔法を張る。
機械の拳は結界の前に阻まれ、ララ達と少し距離を取った。
しかし間髪入れずに、機械の至る所から火炎や電撃が発射され、ララ達に襲いかかっていった。
「まだ三人はこの機械に対応出来ないか」
少々荷が重いだろう。
俺は結界魔法を張り攻撃を防ぎつつ、その機械と一瞬で距離を詰める。
そして鞘から剣を抜き一刀。
あっという間に機械は両断され、攻撃を停止させたのであった。
「い、一体今のはなんだったの!?」
「もしかして……この家の門番的な存在なのでしょうか」
「だったらあの強さも頷ける」
真っ二つになった機械を見て、三人がそう順番に口にする。
しかし。
「マリーズ、違うぞ。これは門番というような大層なものではない」
「ではなんでしょうか?」
マリーズが目を丸くする。
俺は1000年前のことを思い出しながら、
「これはただのお掃除ロボットだ」
「……はあ?」
「拳でゴミをスクラップにし、火でそれを焼却する。電撃は……ただの放電だ。さすがに1000年も経てば、そうなってしまうのも仕方がないだろう」
そう。
俺が今まで戦っていたのは、ただのお掃除ロボットだったのだ。
しかし……まだ調整は必要みたいだな。
俺達に襲いかかってくるなど、とてもではないが使いものにならないぞ。
そのあたり、1000年も経てば故障してしまうということか。
次に作る時は認識システムをもっと強固なものにするべきか。
「騒がせてすまなかったな。先を急ぐぞ」
「「「…………」」」」
ん?
三人が呆気に取られた様子になっている。
口をパクパクさせて、なにかを言いたそうにしているが、言葉を上手く発せられないようだ。
……まあいいか。
俺はそのことに対して突っ込まず、再び歩き出すだった。
◆ ◆
「着いたぞ」
俺がみんなを連れて辿り着いた場所は、本に囲まれた広い部屋であった。
「クルト、ここは……?」
ララが疑問を口にする。
「俺の書斎だな」
「書斎!?」
「学園の図書室にも匹敵するくらい、本で溢れていますね」
ララとマリーズが目を丸くする。
「……でも素敵」
だが、一方でシンシアはうっとりとした表情になった。
彼女は本が好きな女の子だ。
本の匂いが充満しているこの部屋は、まるで楽園のようにも思えるのだろう。
「よかったら、何冊か読んでみるといい」
俺がそう促すと、三人は散り散りになって本を手に取りだした。
ここには俺が1000年前に少しずつかき集めた本が置かれている。
その中には『禁書』と呼ばれるものも存在する。
一万は優に超えるであろう蔵書数を見て、1000年前の王都の図書館に「是非、何冊か寄贈してくれ!」と頼まれたこともあったな。
俺はまずララに近付き、
「どうだ?」
と問いかけてみる。
するとララは難しそうな顔をして、こう答えた。
「……古代文字で書かれていているから、そもそも読めないよぉ。でもなんか難しそうなことが書いてあることは、分かるような気がする」
「おお、それは失念していたな」
1000年前の本だ。
無論、1000年前の言語で書かれている。
俺は三人に翻訳魔法を施してやる。こうすれば、ララ達でも読むことが出来るはずだ。
「読めるか?」
「う、うん……でもやっぱりよく分からないや。ここに書かれている理論って?」
……うむ。これは魔撃について書かれたところだな。
魔撃は武器に魔力を込めて、それを中距離から飛ばす技術のことである。場合によっては魔力の消費量も抑えられ、応用も利くので効率が良いのだ。
「魔撃は赤色魔力のララとは相性が良い。またゆっくりと教えるとするか」
「クルトがたまに使っているヤツ?」
俺は首肯する。
「そうだ」
「これってクルトが考えたの? え、でも……クルトの考えたことが本に書かれているって?」
混乱したような表情でララが口にする。
それに対して、俺は彼女の肩をポンと叩き答えた。
「今の俺ではない。1000年前の俺だ」
ララがまだなにか言いたそうに口を動かそうとしていたが、それを待たずに次はマリーズのところに移動する。
「マリーズはどうだ? 理解出来るか?」
「は、はいっ。難しいですが……」
「そうか。ならばマリーズならこの本に書かれた魔法やその理論が、どれだけ進んでいるか分かるな」
問いかけると、彼女は興奮しきった表情で何度も頷く。
「魔力色についての正しい認識も書かれています……! こんなの、どこにも書かれていなかったのに。クルトしか知らなかったのに……これは一体……」
どうやらマリーズも分かってくれたようだ。
一旦、彼女の疑問には答えずに、最後はシンシアまで歩み寄る。
「面白いか?」
「うん……キレイな魔法式がいっぱい書かれている……見たことのないような魔法式……シンシア、幸せ……」
シンシアを見ると、頬が少し紅潮していた。
彼女は俺を見ず、食い入るように本に視線を注いでいた。
それからしばらくして……。
「クルト、早く説明してよ」
「ララの言う通りです。こんな本、どこから集めてきたんですか?」
「シンシアでも……全部、見たことがない」
グイッと三人が俺に押しかけ、そう問い詰めてきた。
この書斎におさめられている本は全て1000年前のものだ。
もちろん、1000年前の魔法についての正しい認識で書かれている。
これを見れば、三人も今から俺が話すことに対して理解が少しでも進むと思ったのだ。
俺は三人の顔を眺めながら、こう続けた。
「——1000年前に魔法革命が起こった。そして、とあることが切っ掛けでその革命はなかったことにされてしまい、現在に至る」
だからこそ、最強・最高の魔力色である黄金色が『欠陥魔力』だなんて呼ばれていたのだ。
三人はじっと俺の話に耳を傾けている。
「そして——その魔法革命は1000年前に俺がもたらしたものだ。俺は1000年前から、この時代に転生してきた」