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142・封印

「あら、あの三人を連れてきてないのね。別に私はあなた()()で来なさい、と指定したわけでもないのに」


 近くの岩に腰掛けて。

 俺は美の神ラゼバラと話していた。


「ああ、お前の意図が読めたのでな」

「意図?」


 分かりきっていることであろうのに、ラゼバラはとぼけるように首をかしげた。


「俺と二人きりで話したかった……そうだろう?」


 俺が指摘すると、ラゼバラは口元に妖艶な笑みを浮かべた。


 そう。

 わざわざラゼバラがこの勝負を仕掛けてきた理由。

 1000年前の俺を知っているラゼバラなら、たとえどのような手段を用いたとしても、制限時間が一分もあれば捕まえられることが容易に分かっていたはずだ。


 つまりこいつは場所を移動したかっただけなのだ。

 そして……俺と二人きりで話がしたかったと。


「ふふふ、やっぱりあなたは全てお見通しなのね。1000年前からあなたには敵わないわ」

「それはこちらの台詞だ」


 溜息を吐く。


 おそらく、このような展開になることを、ラゼバラはあの勝負を持ちかけてきてから予想出来ていたに違いない。

 だが、それは些細なことだ。


「ラゼバラ。この1000年でなにが起こった?」

「なにも起こっていないわよ。あなたが突然1000年前からいなくなってから、世界はなにもね。まさか転生魔法を起動しているとは思っていなかったわ」

「俺がこの1000年後の世界に転生していたのは気付いていたのか?」

「気付いたのは最近。魔神フォンバスクがいなくなった頃にあなたの魔力に気付いて、愚王オーレリアンの騒動の時に確信に変わった」

「なるほどな。フォンバスクやオーレリアンの名前が出てくるということは、この世界の衰退の理由についても知っているだろう?」


 俺が言うと、ラゼバラが頷いた。


「そう。フォンバスクがこの世界の魔法文明を衰退させてから、ますますつまらなくなったわ。あなたもいないしね」


 どうしてフォンバスクの凶行を止めなかったのか……ということを、ラゼバラに聞いたとしてもそれは愚問だ。

 ラゼバラは神なのだ。

 神は基本的に人間のすることに干渉しない。

 世界がある一定の『理』に従って動いている限りは、それを維持するためだけに神は存在する。

 ゆえに、フォンバスクやオーレリアンのすることがいかに愚かだったとしても、それが世界のシステムを破壊しない程度なら傍観するのみなのだ。


 それが神に与えられた役割。

 美の神であるラゼバラも、その縛りからは逃れられない。


「つまらぬ……か。確かにこの世界はお前にとって、退屈なものなのだろうな」

「そうでしょ」


 ラゼバラはもの憂げな表情を見せた。


「ラゼバラよ、ここからが本題だ。どうしてこの地下迷宮を作った? ただの酔狂で作るほど、お前もバカではないだろう?」


 問いかける。


 それこそがこの話し合いの核。

 俺がララ達と地下迷宮の最奥を目指した理由にもなるのだ。


「…………」


 俺の質問に、ラゼバラは当初沈黙。


 やがて自分の唇を指でなぞりながら、


「……閉じ込めるため」


 と一言だけ口にした。


 その短い言葉で、俺は全てを理解した。


「そうか……()()()()が復活するということか」

「……!」


 それに対して、さすがのラゼバラも驚いたように目を見開く。


「気付いてたの?」

「なに、お前の言葉がなければ俺とて気付けなかった。破滅の邪神……天災の彗星とも呼ばれている、この世に破滅をもたらす者。そいつが復活しようとしているとは」


 邪神バグヌバは、殺戮の神フォンバスクとはまた違う。


 フォンバスクが自ら暴れ回ることに対して……なんというか、バグヌバはただそこにいるだけで邪悪である。

 存在そのものが破滅。


 世界の『理』を崩壊させる可能性も有する。

 神であるラゼバラが動いているわけだ。

 小物のフォンバスクやオーレリアンとはまた質が違う。


 そんなバグヌバと1000年前に対峙した時は、さすがの俺でも無力化させるのに()()の時間を要してしまったが……。

 さて、この1000年後の世界ではどうなるだろうか。


「クルト。転生前と比べて、力はどれだけ違っているの?」

「そうだな、今のところは八十%といったところか」

「八十%……まああなたの全盛期の八十%と考えれば十分だと思えるけど、バグヌバ相手では不安ね」


 ラゼバラが唇を噛む。

 彼女の言っていることも、ある程度は納得出来る。


 何故なら……1000年前の俺とて、バグヌバを完全に倒しきることが出来なかったからな。

 なので300年は解けないくさびでヤツを封印し、後のことはラゼバラ等の神に任せていたが……。


「さすがに1000年持たせることで精一杯だったということか」

「ええ。あなたの封印魔法は素晴らしかったわ。あんな厄介な神を300年も封印出来るなんて」


 ラゼバラは昔を懐かしむような口調で続ける。


「あの後、私達神はあなたの封印魔法を分析し改良して、なんとか1000年持たせることに成功した」

「なかなかやるではないか。俺以外では使えないと思っていたのに」

「あんなの……ただ薄く伸ばしただけ。だから1000年しか持たなかった」


 うむ、とはいえ予想通りだ。

 ラゼバラがいれば、他の神を従わせてそれくらいのことはやってのけると思っていた。彼女ならそれが出来る。

 転生した後、俺の方でなんとかしようと思っていたが……。


「まだバグヌバの封印は完全に解かれていないのだな?」


 問いかけると、ラゼバラは首肯する。


「あなたに会えて、力を貸してもらえるとは思っていなかったからね。だからこそ、私は一人でなんとかしようと思った」


 俺を頼ればいいというのに……水くさいヤツだ。


「もっとも、あなたに見せたかったかもしれないわね。これくらい、私一人でも出来るって。背伸びしたかっただけかも」

「お前は昔からそういうところがあるな」


 俺が口にすると、ラゼバラは小さく笑った。


「バグヌバの封印を持たせるため、私はこの地下迷宮を作った。この地下迷宮はいわばバグヌバの封印施設。なかなか大規模なものになってしまったけど……そのおかげで、しばらくはバグヌバを閉じ込めることが出来るわ」


 なるほどな。

 だが、彼女の言葉を聞く限り、そうでもしないとバグヌバの封印を維持することが出来なかったということだ。

 先ほど最奥で祈りを捧げていたように見えたのも、この地下迷宮に魔力を供給していたに違いない。


 しかし。


「しばらくとはどういうことだ。いずれは封印が解かれるということか」

「ええ。多分、この地下迷宮はもって()()。後は……あなた頼み」


 ラゼバラが俺に歩み寄る。


 そして、彼女は俺の胸に顔を埋めた。


「むぎゅ」


 ラゼバラの口から変な声が漏れた。


「ふふふ、久しぶりにこうするのもなかなかいいものね。あなたにこうしていると、なんだか心が洗われるようだわ」

「そ、そうか」


 1000年前から、こういう悪戯をよく仕掛けてくる女だったが……困ったものだ。戸惑ってしまうではないか。

 ララ達と出会って俺も大分変わったと思うが、あらためて言おう。

 やはり女は難しい。


「……後1年で力を取り戻して。そして封印から解かれたバグヌバをなんとかしてちょうだい」

「今のままでも、なんとか出来るがな」

「ダメ。失敗は許されないわ。失敗は世界の破滅を意味するんだから。せっかく私が1年の猶予を作ってあげたんだもん。有効活用してよ」

「まあお前がそう言うなら……」


 言う通りにさせてもらおうか。

 俺が見る限り、ラゼバラの作ったこの地下迷宮……バグヌバの封印施設はなかなか上手く出来ていた。

 これだったら彼女の見立て通り、なにか不測の事態が起きない場合は1年は持つだろう。

 せっかく与えられた時間だ。それに彼女の言うことにも一理ある。

 むげにしなくてもいいだろう。


 無論——その気になれば1年も()()()()がな。


「ではそろそろ戻るとするか。ララ達も心配するからな」


 俺はラゼバラの両肩を持って体から離す。


「ララ……ってさっきの女の子達よね」

「ああ」

「可愛らしい彼女をいっぱい作っているのね。私……嫉妬しちゃうな」

「彼女というわけではないが、いい仲間に巡り会えたと思っている」


 ララ達の顔を思い浮かべながら言う。

 そんな俺の様子を、ラゼバラは嫉視しっしする。


「ねえ、また会いに来てくれるかしら」

「ラゼバラはしばらくここにいるのか?」

「ええ。私がいないと地下迷宮を維持出来ないからね。でもここにずっといるのは退屈だから」

「うむ」


 俺は頷き、


「それならば何度でも来てやろう。お前に縁を感じないこともないのでな」


 と続けた。


 ラゼバラはそんな俺の言葉を聞いて、両手を後ろに回して子どもらしい笑みを浮かべた。

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