140・感動の歌
溶岩地帯を抜け、俺達は次の層へと足を踏み入れた。
「ここは……」
周囲を見渡しながら、俺は声を上げる。
「なんか演劇場みたい」
「ここだけ地下迷宮じゃないみたいです」
「不思議な場所……」
ララとマリーズ、シンシアも不思議そうにきょろきょろと視線を彷徨わせた。
演劇場とは観客席と舞台があり、演劇といった催し物が行われる場所である。
王都にも演劇場はいくつか点在しており、その全てが毎日大盛況だとか。
ここはまるでそれのようで、俺達は『観客席』にあたる場所に立っている。
どうしたものかと舞台を見下ろしていると……。
「よくぞ、お越しになられました」
一人の男の声が聞こえた。
見ると、舞台の中央にスポットライトが当てられ、そこに何者かが出現したのだ。
頭は鳥で、体は人間。
タキシードに身を包んでおり、装いは穏やかだ。
うむ、これは……。
「魔族か」
俺がそいつに話しかけると、魔族は首を縦に動かした。
「ご名答」
「こんなところに魔族がいるとはな。大方、お前を倒せば下層へ行ける……とでもいったところか?」
「ほっほほ、私はそんな物騒なことをしませんよ」
魔族が余裕げに笑う。
「私が提案したいことはただ一つだけ。私達を感動させられる『歌』をお披露目してくださいませんか? ……ということです」
「私達?」
ララが首をかしげて、きょとんとした顔をする。
その瞬間であった。
今まで誰も座っていなかった観客席に、次から次へと魔族が現れたのだ。
「「「「キーキーッ!」」」」
そいつらが声を上げる。
舞台上に立つ魔族と似たような姿をしている。しかし一段と小さくて、まるでそいつの子どものようにも見えた。
「ま、魔族に囲まれちゃったよ!」
「クルト! すぐに戦わなければ!」
「シンシア……頑張る」
その光景を見て、ララ達三人が戦闘態勢に入る。
いきなり魔族に取り囲まれれば、その反応になるのは仕方がないんだがな。
しかし。
「安心しろ、三人とも。そいつ等にほとんど戦闘能力はない。そうだな……まだ『雛』のような状態だろう。そこまで警戒しなくても大丈夫だ」
俺は観客席に突如現れた魔族を分析しながら、三人を安心させるためにそう口を動かした。
「お前はなにがしたい?」
再度、舞台上に立つ魔族に問いかける。
「言ったでしょう。私達を『歌』で感動させてくれ……と」
魔族がニヤリと口角を釣り上げる。
「申し遅れましたね、私はアムト。お察しの通り、その観客席にいるのは私の子ども達です。私達は歌をこよなく愛する魔族。なかなか歌に対しては見る目も厳しくなりますが……もし私達全員を感動させられることが出来れば、最下層へ続く近道を教えてあげましょう」
魔族——アムトが両腕を広げてそう続けた。
近道……《秘匿された道筋》のことだろう。
それにしても歌とはな。
戦闘や知恵比べとはまた違う。この1000年後の世界では遭遇したことのなかったパターンだ。
だが。
「面白い。乗ってやろう」
なにがあろうとも、俺の前に立ち塞がった困難は踏みつけ、そして前に進んでやる。
「クルト。あなたは歌に自信がおありなのですか?」
マリーズが尋ねてくる。
俺は「ふっ」と吹き出し。
「歌にはそこまで自信がないな。俺が歌ったとしても、良い結果になるかと言われれば疑問だ」
「なら……どうしてそんなに自信満々に勝負をお請けになられたんですか!」
マリーズが声を荒げて、俺に突っ込む。
「俺が歌わなくても問題はないだろう。何故なら……俺は一人でダンジョンを攻略しにきているわけではない。みんなで来ているんだからな」
そう言って、他の二人にも視線を配る。
「わ、わたしも歌はそんなに自信ないよっ!」
ララが目の前で手をバタバタと振った。
「私は……小さい頃に教養として習っていたこともありますが、人並みだと思います」
腕を組んで答えるマリーズ。
残るは……。
「シンシアはどうだ?」
「シンシア?」
シンシアに話を振ると、彼女は胸の前で手をぎゅっと握った。
「うん……やってみる。音楽劇とかも好きだから……一人で歌ってみたりすることもあるし……」
「それは心強い。ではシンシア、頼めるか?」
コクリとシンシアが頷く。
俺はシンシアに転移魔法を使ってやり、彼女を舞台上まで転移させてあげた。
「あなたが歌い手ですか?」
アムトがバカにしたような視線をシンシアに向ける。
「うん……」
「ならば早速歌ってみなさい。もっとも、あなたが私達を満足させられるとは到底思えないですが」
せせら笑うアムト。
それは俺としても、見ているだけで不快になる動作であった。
「……!」
シンシアが胸の前で手を置き、すうっと息を吸う。
やがて……、
「〜♪」
静かにゆっくりと歌い出したのだ。
「ほう……」
思わず俺も感心の声を上げてしまう。
奏でられ、場の全体に響き渡るシンシア。
小さな体のシンシアでは、そこまで声量を出せるわけではない。
しかし、しっとりと落ち着いたペースの歌は、俺達……そしてアムト達の口を閉じさせた。
このままずっとシンシアの歌を聴いていたくなる。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎた。
「ん……」
歌の終わりに。
ぺこりとシンシアが小さく頭を下げた。
「「「「キィキィ……」」」」
あらためて周りを見ると、アムトの子ども達が全員感涙を流していた。
うむ、シンシアの歌は無事にみんなの心に響いたらしい。
一人を除いてな。
「ふ、ふんっ! なかなかの歌ではないですか。ですが、私を感動させるには至りませんねっ」
アムトが顔が歪ませながら言う。
だが、明らかに動揺しているのがバレバレだ。
まさかシンシアがここまでの歌を披露するとは思っていなかったのだろう。
「往生際が悪いぞ、アムトよ。シンシアが歌っている最中、お前も黙って耳を傾けていたように思えるが。その目尻にうっすらと浮かんだ涙はなんだ?」
「……!」
指摘してやると、アムトが慌てて目を拭った。
「わ、私が感動していないと言えばしていないのです! この戦いは私達の勝ちですね。あなた達の勝利条件は私達全員を感動させることなのですから。ほっほほ!」
アムトが高笑いをする。
そして。
「勝負に負けた代償は、あなた達の『死』で払ってもらいましょう」
と隣に立つシンシアに対して、襲いかかったのだ。
さすが魔族といったところか。なかなかの速さだ。シンシアとて反応しきれていない。
しかし……それを俺を許すわけもない。
「歌にはそれほど自信がないんだがな」
アムトがシンシアの首を狩る寸前、俺はあらかじめ準備しておいた魔法を発動する。
すると。
「グ、グアアアッ! な、なんだこの歌はああああああ!」
アムトが自分の頭をつかみ悶絶し出したのだ。
やがてアムトは立ってられなくなったのか、地面にうずくまって苦しみ出した。
「俺からのプレゼントだ。どうだ、感動してもらえたか?」
転移魔法でアムトのところまで転移し、そう問いかける。
しかしアムトから答えは返ってこなかった。
絶命したか。
「ク、クルトー! シンシアちゃーん! 平気!?」
「い、一体なにが起こっているんですか? いきなり魔族が苦しみ出しましたが……」
ララとマリーズも、観客席から慌てて俺達のところに駆け寄ってくる。
「なに、アムトしか聞こえない周波数で音波を発しただけだ。俺達人間やアムトの子どもには聞こえないが、アムト自身には毒になるような……な」
そして耐えきれず、アムトは精神を崩壊させ死に至った。
敗北を認めないならまだしも、俺の大切な仲間にまで手をかけようとしたのだ。
これくらい当然のことであろう。
「おっ?」
普通に倒してしまったので《秘匿された道筋》は無理だと思ったが……。
アムトの体が消滅し、その場から眩いばかりの光が発生した。
「どうやらこの光の中に飛び込めば、層をショートカットしてさらに下層へ行けるようだな。アムトの言っていた通り、次は最下層か?」
《秘匿された道筋》が出現したのである。
これが現れたということは、アムトを『歌で感動させること』が《秘匿された道筋》出現の条件ではなく、『倒すこと』でよかったのか。
もしくは。
「俺の奏でた歌に本当に感動したかだな。よし、みんな行くぞ」
「……それだけはきっと違うと思いますね」
みんなに背を向け《秘匿された道筋》の光に飛び込もうとすると、後ろからマリーズのそんなツッコミが聞こえた。





