138・勇者パーティー
穴の中に飛び込み、落下していく。
「ひゃっ!」
着地寸前。
重力魔法を使いふわっと降り立ったが、ララは一瞬目を瞑ってしまっていた。
「び、びっくりしたよぉ」
「そのまま地面に激突するとでも思ったか?」
「うん……な、なんでマリーズちゃんとシンシアちゃんは平気そうな顔をしているの!?」
胸を押さえ息を整えているララに対して、マリーズとシンシアはいつもと変わらない様子である。
「クルトですから。なにか考えているものだと思っていました」
「シンシアも……それに、高いところは怖くない……」
二人がそう言うと、ララは慌てるように両手をぶんぶんと振って、
「わたしも! クルトを信頼してないってわけじゃないんだからねっ! ただ……人間の本能というか、ちょっとびっくりしただけというか……」
と必死に言いつくろっていた。
可愛いヤツだ。
なにも俺も不快になったわけではないしな。
ただちょっとした悪戯心が生まれてきた。
俺はあえてララに返事をせずに背中を向けた。
「ちょ、ちょっとクルトー! もしかして怒ってる!?」
予想通りの反応。
俺はなにも言わず、そのまま地下迷宮の奥に向かって歩を進めた。
マリーズとシンシアも黙って付いてくる。
「クルト……ごめん。クルトを信じてないわけじゃないよお。ただ……わたし、昔から臆病なところがあって……」
だんだんララの声が小さくなっていく。
振り返ると、彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。
やりすぎたか。
「ごめんごめん。俺は別に怒ってなどいない。なにも説明しなかった俺も悪いしな」
ララの頭を撫でる。
「ほんとお?」
すると彼女は俺を見上げて、小さな口を開けた。
「ああ、本当だ。このお詫びに地下迷宮から出たら、ララの願いを一つだけ叶えてあげよう」
「じゃ、じゃあわたし、クルトと一緒にパフェを食べたいな! 美味しいお店知ってるんだ〜」
一転して、ララがパッと表情を明るくする。
彼女の頼みに、俺は快く頷いた。
「ラ、ララ。ずるいですよ! ドサクサに紛れてそんなことを頼むなんて!」
「シンシアもクルトとデートをしたい……」
マリーズが唾を飛ばし、シンシアは羨ましそうに指をくわえていた。
どうしてデートとかの話になるんだ。
まあいい……この話はまた地上に出てからしよう。
それよりも……。
「二人とも、声を小さくしろ。どうやらこの先に先客がいるようだ」
「「「え?」」」
俺の声に三人がきょとんとした表情になった。
「そうだな……今から三人に隠蔽魔法をかける。まずはそいつ等に近付いて、様子を見させてもらうとするか」
と言ってから、俺は魔法を発動する。
これで先客が俺達の存在を認識することは出来ない。
俺達はゆっくりとした足取りで、その先客のもとに近付いていくのであった。
そこは層内の川の前であった。
「どうしよう……勇者様。川に飛び込んでから浮かんでこないよ……」
一人の女が心配そうに川に視線をやる。
激しい流れの川である。
なんら準備もせず、さらに訓練も施されていない人間なら、一瞬で溺死してしまうかもしれない。
「飛び込んで? 私には足を踏み外して、川に入っちゃったようにしか思えないけどね」
「そうそう。もしかしてあんた、助けに行くつもりなのかしら」
川の前にいる女は全員で三人である。
心配そうな女に対して、もう二人の女は厳しい視線を向けていた。
「でも……このままにしておいちゃいけないよね?」
「じゃあ、あんたが助けに行きなさいよ」
「…………」
「行けないならそんなこと言わないでよ。勇者様……っていうんだから、玉の輿に乗らせてもらおうと思ったけど……死んじゃったら意味がないわ」
「そうそう。いくら勇者様でも、この川に飛び込んで生きていられるわけがないわ」
うむ。
大体の事情は察した。
どうやら川の前にいる女達は、勇者とやらが急造で作ったパーティーの一員らしい。
だが、史上最強とまで言われた勇者がまさか溺れてしまう……なんてことは考えられにくい。
あまりにもザコすぎるからな。
「そんなことより私達、これからどうするのよ!」
女達が声を荒げる。
「私達だけじゃ帰れないわよ!」
「そうよ、気付いたらこんな奥まで来ちゃったなんて!」
「さっきの落とし穴に落ちてから、なにかがおかしいと思ったのよ」
どうやら勇者も《秘匿された道筋》を使い、ここまで辿り着いたらしい。
しかし先ほどの《秘匿された道筋》の存在に気が付くとはな。
やはりタダモノではなかろう。俺からしたらまだまだ物足りないが。
さて、情報は得た。
「そろそろ行くか」
と俺はみんなの隠蔽魔法を解いて、その女達の前に姿を現した。
いきなり現れた俺達に驚いたのか、三人は目を見開いて、
「あ、あんた達なによ!?」
「どこから現れたの?」
「さっきの話……聞かれてた?」
声を重ねたのであった。
「話は後だ。どうやら勇者は川の中に飛び込んでいったらしいな」
俺は女達から視線を外し、川を確認した。
ほう……やはりか。
ここにあるということか。
「浮かんでこないのか?」
「は、はい……もう三十分くらいは経っているんだけど……」
三十分もここで醜い言い争いをしていたんだろう。
その光景を想像して、思わず失笑する。
だが。
「お前達は帰るといい。まだ地下迷宮の上層だからな。転移魔法を使える……それとも、俺に付いてくるか?」
俺がそう問いかけると、女達はただの一人たりとも首を縦に動かさなかった。
女達を見るに、内包されている魔力も大したことがない。
ララ達と違って足手まといになりそうだ。
俺は女達を転移魔法で地下迷宮の入り口まで送ってから、改めて川を眺めた。
「クルト、どうするつもりなの?」
「なにを企んでいるんでしょうか」
「なにかを見つけた顔をしている……」
ララとマリーズ、そしてシンシアが順番に口にする。
「うむ、よく見ているといい」
そう言って、俺は川に手をかざす。
すると川の一部分に渦潮が発生。
そこを中心に川がぽっかりと……まるで先ほどの落とし穴のように、水がなくなってしまったのだ。
「あそこの下が落とし穴になっている」
俺はララ達を浮遊魔法で浮かせてから、その穴が空いた川の上空までやって来る。
「あっ、ほんとだ。大きな穴が空いている!」
「こんなものがあったとは……」
「川の激しい流れに気を取られていて……分からなかった……」
三人が唖然とした。
「おそらく、勇者とやらはこの穴の下に向かったんだろう」
この川に俺達以外の人間の反応はない。
だから俺はもしや……と思ったが、どうやらアタリのようだ。
「《秘匿された道筋》ってことなのかな。この穴が」
「ララ、その通りだ」
向かうとするか。
勇者が川に飛び込んだというのは、この《秘匿された道筋》を見つけたためだろうか?
ならば女を置いていく道理もない。偶然に見つけたものだろうと推測出来た。
「よし、三人とも行くぞ」
俺が促すと、三人は一様に頷いた。