137・お粗末な先発隊
ララ達三人と地下迷宮内を歩く。
「お粗末なものだな」
下層へと続く道を探している途中、思わず俺は呟いてしまった。
「え?」
「クルト、どういうことですか?」
「呆れているように見える……」
それに対して、ララとマリーズ、シンシアの三人が即座に反応した。
「いや……ここまで来る途中、魔物の死体が何体かあっただろう?」
「う、うんっ。でもここは地下迷宮の中なんだから、それくらい珍しくないんじゃ?」
確かにララの言う通り、地下迷宮……つまりダンジョンというのは、魔物が蔓延っているのが一般的だ。
勇者だとかいう先発隊もいる。
ゆえに『魔物の死体がある』という部分におかしいところはないが……。
「魔物の死体を見れば、その者がどういう戦いをしたかくらいは分かる。ただメチャクチャに剣を振るい、メチャクチャに魔法を放ち、やっとのこさ倒したってこともな。これだったら……先発隊とやらは長く保たないぞ」
剣を振るうということは体力も減る。魔法を放つということは魔力も減る。
たかが二層でこれでは先が思いやられる。
なかなか派手な戦い方をしている。
だが、派手なことが必ずしも良いことだとは限らない。
最小限の動きと魔力で魔物の急所を貫き、トドメを刺すことが一番なのだ。
「そしてお粗末なのはそれだけじゃない」
「え?」
ララが声を上げる。
「グルゥゥアアアアアア!」
その彼女の後ろから命を刈り取ろうと、魔物が襲いかかってきたのだ。
「トドメを刺さずに魔物を放置しているとはな。実に愚かだ」
呆れながらも、襲いかかってきた魔物をファイアースピアで撃退する。
一点集中。
これ以上強い魔法を使う必要性はどこにもない。
胸に大きな穴を空けられた魔物は、今度こそ生命活動を停止させた。
「ク、クルト〜」
「ララよ、ここは地下迷宮だ。油断するなよ」
「し、死んでるって思ったんだよ!」
「ああいう小癪な真似をする魔物もいるということだ。常に警戒を怠るな」
俺が注意すると、ララは真剣な瞳をして頷いた。
さっきのは先発隊が仕留めきれなかった魔物だろう。
あの調子ではわざとトドメを刺さなかった……というわけではなく、相手が本当に死んでいるかどうかを確かめなかっただけのようだ。
そういう細かいところが戦場では生死を分ける。
ララも俺がいなければ手痛いダメージを負っていただろうし……どちらにせよ、油断は大敵だ。
そんなことを思いながら、俺達はさらに奥へ奥へと進んでいく。
すると急に開けた場所に出た。
「なにか嫌な予感がしますね……」
マリーズが立ち止まり、厳しい目つきになる。
「マリーズ、その感覚は大事なことだぞ。でもなにがあるかまでは分からないか」
「は、はい……でも簡単に進んじゃダメってことだけは分かります」
ララもそうであるが、マリーズの紫色魔力も探知するといった魔法に向いていない。
そういうことに向いているのは……。
「シンシア」
「うん……シンシア、分かるよ……」
罠の作成・解除、そしてそれを分析することに長けている緑色魔力の持ち主……シンシアの出番だ。
シンシアは目を細めて、
「……落とし穴が三十、四十……いや、百個以上ある?」
と見事言い当てた。
「シンシア、よくやった。正しくは百三個だがな」
俺はシンシアの頭を撫でてやった。
彼女は気持ちよさそうに「はぅ……」と声を漏らす。
「羨ましいなあ」
「シ、シンシアすごいですよ! それに百個以上の落とし穴って!?」
ララとマリーズがそれを見て、羨ましがったり驚いたりしていた。
「さて……並の冒険者だったら落とし穴の数どころか、存在自体に気付かなかったに違いない。二層でこれだけの罠を仕込んでいるとは思わないだろうしな」
やはりただの地下迷宮ではない。
本気で冒険者の侵入を拒んでいるのだ。
ここまでの難易度は1000年前の地下迷宮にも匹敵するが……果たして、このさらに奥にはなにが待ち受けているのだろうか。
それを想像すると嬉しくて、鳥肌が立った。
「じゃあその落とし穴を避けながら進んでいけばいいんだね……!」
ララがぎゅっと握り拳を作る。
「その通りだ。落とし穴の正確な位置も、俺とシンシアなら把握することが出来るからな」
シンシアに視線をやると、彼女はコクリと首を縦に動かした。
「早速進んでいこーよー」
「まあ待て」
ララの服をつかみ制止させる。
「そうやって落とし穴を避けながら進んでいくのが正規ルート。だが、今回は裏道を行こうと思う」
俺自身、そして三人に対して浮遊魔法を発動した。
ふわっと俺達の体が浮き上がる。
「わっ!」
「急になんですか!?」
「ふわふわして……なんだか落ち着かない」
三人が慣れない感覚に戸惑っている。
「俺の魔力に体を委ねてくれ」
そうやって三人と一緒にとある地面の上空までやってきた。
この下には落とし穴がある。
巧妙に隠してはいるが……相手が俺で悪かったな。
「ロックフォール」
早速俺が唱えると、いくつかの岩が地面に落下していった。
ぽこ。
そんな感じで落とし穴が出現。
その暗い穴を見ると、どこまで続いているのか分からないほど深く掘られているようであった。
「「「?」」」
俺のしている意味が分からないのか、三人が不思議そうな顔をする。
そんな三人に向かって、俺はこう告げる。
「これが《秘匿された道筋》だ。この穴の中に落ちていけば、いくかの層をショートカットして下層に行くことが出来るだろう」
《秘匿された道筋》。
再度説明しておくと、本来は一層ずつしか攻略出来ない地下迷宮の中で、それをスキップすることが出来る裏道のようなものである。
これを使えば、一層から一気に十層へ……といった芸当が可能だ。
地下迷宮攻略の上級者がよく使う手段である。
「え、本当なの? 百個以上の落とし穴からそんなのを見つけたの!?」
「クルトが言ってるなら間違いないと思いますが……つくづくあなたはすごい人ですね」
「……シンシア、そこまで気付かなかった……」
三人が驚きの声を上げる。
「百個以上の落とし穴の中に《秘匿された道筋》を隠すとはな。普通の冒険者なら落とし穴に気を取られて、そこまでは分からなかったに違いない」
なにはともあれ、《秘匿された道筋》を見つけることも出来てよかった。
俺は三人と一緒にその穴に中に飛び込んでいくのであった。