135・新たな地下迷宮
なんだかんだで文化祭も大成功を収め、それから数日が経過した。
《文化発展日》の余韻もだんだん薄くなっていき、少しずついつもの日常が戻ろうとしていた。
そんな時であった。
「地下迷宮が発生しただと?」
放課後。
クラスのHRで担任のエリカ先生にそう告げられ、俺は思わず声を上げてしまった。
「王都には魔法学園の地下にある《宝物迷宮》が有名だな。それと同じようなものが街の近郊に出現した。力に自信のある者は一度ギルドに話を聞きに行けばいいだろう、以上だ」
エリカ先生は机で教科書をトントンと整えてから、教室を出て行った。
それと同時に教室がにわかに活気立つ。
「ねえねえ、クルト。地下迷宮って急に出現したりするものなの?」
「頻度はかなり少ないが……ないことはないな」
寄ってきたララの質問に答えながら、俺は前世のことを思い出していた。
ダンジョンが急に出現することは珍しいことだ。前世においては、突如天空城が出現し冒険に出掛けたものだ。
しかし。
「とはいえ、突発的にダンジョンが出現することはあまり良いことではない」
「どうして?」
「良からぬ魔力が集まってくるからな」
たとえば、前世の天空城においては《七対魔王》と呼ばれる七体の魔族がそこに住んでいた。
そして天空にいながら、地上にいる人間を根絶やしにしようと目論んでいたのだ。
ヤツ等はそのために膨大な魔力を使い、天空城を造り出した。
「これは神話上のお話ですが……大昔に天空城が現れた、とも聞いたことがあります」
続けてマリーズも俺のところに近付いてきて、真剣な声音で言った。
ほう、彼女は天空城のことを知っているみたいだ。
「そ、そんなものが!?」
「本当にあったかどうかは分かりませんがね」
本当のことだ。
「その時はどうなったの?」
「文献では七体の魔王が暴れ回り、一時は世界滅亡の危機に陥ったと聞きましたが……」
それは嘘だ。1000年前において、俺は天空城が現れると即座にそこに向かい、《七対魔王》を殲滅してやった。
おかげで人類……そして地上には一切の被害がもたらされなかった。
「でも、今の世界があるってことはその魔王ってのを誰かが倒したんだよね? 誰が倒したの?」
「さあ……本によると『いつの間にか死んでいた』とのことですが」
「はは、なにそれ。なんでそこだけテキトーなの」
うむ、いつものように俺単独で天空城に乗り込んだからな。あの戦いを伝える証言者が誰一人いないせいだ。
どちらにせよ。
「その地下迷宮に向かおうか」
椅子を引いて、俺は立ち上がる。
ダンジョンというものは資源だ。そこにある宝は一定の期間を過ぎると復活するものもあり、冒険者は一攫千金を夢見る。
暇潰しくらいにはなってくれるだろう。
「ま、待ってクルト! わたしも付いていくよ」
「私もです!」
後ろから急いでララとマリーズも追いかけてきた。
「うむ……せっかくだからシンシアも呼ぼうか。四人でダンジョン攻略だ」
その後シンシアとも合流し、俺達はギルドに向かうのであった。
◆ ◆
その入り口は街から一時間ほど歩いた場所にあった。
無論、いちいち歩くのもバカらしかったので、ギルドに地下迷宮の場所を聞いた後に転移魔法を使ったが。
入り口では多くの冒険者らしき者の姿があった。
「新しいダンジョンの出現か……! 腕が鳴るぜ!」
「おいおい、中にはどんな魔物が潜んでいるのかも分からないんだぜ」
「なに、危なくなったらすぐに引き返せばいい」
中には警戒を怠っていない冒険者もいるが、大半は浮き足立っているようだ。
今まで、まともなダンジョンが《宝物迷宮》くらいしかなかった反動だろうか。
急に出現したダンジョンに恐れを抱いている……というよりも、新しいお宝に胸を弾ませている様子であった。
「まだ誰も中に入っていないのですか?」
そんな一人の冒険者に近付き、ララが尋ねる。
「いや……もう何人かは入っている」
「何人かは? 先発隊ということですか?」
「それもあるかもしれないが……まだ誰も戻ってきていないな。もう大分経つみたいなのに」
誰も戻ってきていない……?
なんだかきな臭い予感を感じる。
「だったらもっと危機感を抱いた方がいいんじゃ?」
横からララも質問する。
だが、その冒険者は力強く自分の胸を叩き、
「なに、心配しなくてもいい。なんせ勇者様も一緒に潜っているんだからな」
と自信満々に言った。
勇者……王都に来ているだとかいうヤツか。
その勇者は史上最強と呼ばれているとも聞く。
だからこそ、まだ誰も地下迷宮から戻ってきていなくても、彼等は脳天気に構えているわけか。
「勇者様? 一人だけですか」
「いや……その時ギルドにいた何人かの『女の子』を連れて、地下迷宮に潜っている。差し詰め勇者パーティーといったところか」
「どうして『女の子』というところを強調するんですか」
「勇者様が連れて行った女の子達は全員が選りすぐりの美少女だからな。そんな美少女とダンジョンに潜れるなんて……くぅ〜、勇者様が羨ましいぜ!」
とその冒険者は悔しそうに言った。
胡散臭い勇者だ。
「ララとマリーズ、シンシア。ではそろそろ迷宮に潜るとするか」
情報収集もある程度終わった。
俺とて、なんら情報を持たずに地下迷宮に潜ることは、あまりにも無警戒すぎて避けたかったが……これ以上多くの情報は得られそうにない。
なので早速地下迷宮に足を踏み入れようとしたら、
「た、大変だ! 地下迷宮の一層で強力な魔物が現れてやがる! 誰か援軍に来てくれ!」
と息を切らした冒険者が出てきて、そう叫んだのだ。
「強力な魔物?」
「ああ……あれはファントムウルフだ!」
「バ、バカな! 《災害級》じゃねえか。どうしてそんなのがたかが一層で……」
その話を聞いて、騒ぐ冒険者達。
うむ、ファントムウルフか。
昔の思い出がよみがえる。
『あのファントムウルフ、またお供え物を荒らしてやがる! まあ弱いからすぐに退治出来るけど……ほんと鬱陶しいぜ』
と冒険者でもなんでもない墓守の人が、よく頭を悩ませていた弱い魔物だ。
そんなに慌てる必要もないが、1000年後のこの世界においてはなかなか厄介な魔物であろう。いい加減俺もそれくらいは分かる。
「クルト!」
「早く行きましょう!」
「助け……ないと……」
ララ達が俺を振り返り、緊張感を含ませて言った。
「ん……ああ、そうだな」
「どうしてそんなに気合がないんですか!?」
マリーズにツッコミを入れられた。
なんにせよ、俺達は急いで地下迷宮の入り口を潜り、ファントムウルフの前まで駆けていった。
「ウォォォオオオオオオオオ!」
ファントムウルフが遠吠えをする。
その周りには血を流している何人かの冒険者が。
「大丈夫!?」
冒険者にララが駆け寄って、治癒魔法をかけてあげていた。
傷は浅いらしい。ララに任せておいて大丈夫だろう。
「さてと」
俺はファントムウルフの前に出て、そいつを真っ直ぐ見据える。
「今なら見逃してやってもいいが?」
「ウォォォオオオオオオオ!」
無駄だと思いつつ一応問いかけてみたが、ファントムウルフは愚直にも俺に突っ込んできた。
とはいえ、ファントムウルフは逃げ足の速い魔物だ。少しダメージを与えてやれば、一目散に逃走を図るかもしれない。
さっさと片付けるか。
「ファントムデリート」
魔法の名を呟く。
するとファントムウルフの周りにいくつかの球体が現れた。
「わおん?」
先ほどの雄叫びに似合わない、可愛らしい声を上げるファントムウルフ。
そして現れた球体から電撃が射出。
いくつかの電撃は連続してファントムウルフに命中していく。
ファントムウルフは逃げようと藻掻くが、電撃が発射される球体はそれを追尾するように動く。
やがて程なくして、ファントムウルフは跡形もなく消滅してしまったのだ。
「もう見慣れている感じもあるけど……やっぱりクルトはすごいね」
「あんな凶暴そうな魔物を一瞬で……」
「シンシアでも……まだ見たことのない魔法……」
ララとマリーズ、シンシアだけではなく、周りの他の冒険者も唖然としていた。
しかし俺はファントムウルフを倒したことよりも、他のことに気を取られていた。
「うむ、やはりこの地下迷宮はなにかがおかしい」
良からぬことが起こっている。
それこそ1000年前の天空城のようにな。
手遅れにならないうちに、さっさと片付けるか。
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