134・夜の街
市場に出ると夜だというのにいたるところが明かりに灯され、人でごった返していた。
「眠らない街……とはよく言ったものですね」
隣を歩くマリーズが呟く。
「夜に出歩くのはこれがはじめてじゃないけど……何回来ても新鮮な気持ちになれるよねっ」
ララも辺りをキョロキョロしながらはしゃいでいる。
王都の賑わいは1000年前とさほど変わっていない。
昼とはまた違った顔を見せる夜の街。夜の雰囲気が気分を高揚させ、必要ないものまで手を伸ばしてしまいそうだ。
そんな感じで二人とお菓子とジュースを買い込んでいると、
「ねえねえ、お兄さん」
ん?
横から声をかけられた。
「一杯飲んでかない? あなた良い男だから、最初の一杯はサービスさせてもらうわよー」
見ると、そこには胸元を大きく露出させた女性が艶やかな視線を俺に向けていた。
でかい。
なにが、というと胸のことだ。
ララに匹敵するのではないだろうか?
見ようと思っていなくても、自然と視線が胸の方を向いてしまった。
「ク、クルトに近付くなー!」
「本当ですっ! それにクルトも女の人の胸を見過ぎですっ」
左右からララとマリーズが俺の腕をつかみ、艶やかな女性から遠ざけようとする。
「あら、可愛らしい彼女がいたの。そんな子どもっぽい女とでは、あなたと釣り合わないわよ」
クスクスと女性が笑う。
「それってどういうことだー!」
ララが怒ったように頬を膨らませる。
「そのままの意味よ。あなた、胸は大きいみたいだけど大人の魅力はないみたいね。分かる? み・りょ・く」
「あ、あなたもただ下品なだけだよっ! それにクルト……わたし達はまだ学生だよ? そんなお店はまだ早いよー!」
こうしている間にも、女性は俺を横目でチラチラと見てきた。
「そんなの関係ないわよ。別に子どもがお酒を飲んではいけない、っていう法律はないんだしね」
うむ。確かにこの世界……というか王都において、お酒を飲む際の年齢制限は存在しない。
とはいえお酒は二十歳以上と推奨されているのだが……だからといって、飲んだ場合の罰則等もないのだ。
「それにあなた」
女性が俺の胸元をちょこんと指で突いた。
「あなた、制服を見る限り魔法学園の生徒よね? それなのに……とても十六そこらだとは思えないわ。三十年……四十年……いや、もっと奥深い人生を歩んでいるように見えるから」
「…………」
女性の鋭い観察眼に、俺も言葉を紡げないでいた。
何度も繰り返すが、俺は1000年前から転生してきた。そういう意味では、この女性の言うこともあながち間違いではないのだ。
しかし。
「変なことを言って、クルトを惑わせるなー!」
「クルトはわたし達のものなんですからっ!」
むぎゅ。
ララとマリーズがさらに強い力で俺の腕を抱いた。
「ふふふ、仕方ないわね。今回は見逃してあげる」
諦めたのか、女性がヒラヒラと手を振る。
「だけど……もし私のことが忘れられなかったら、いつでもここに来ていいんだからね? 個人的に楽しませてあげる」
一転、女性の口元に妖しげな笑みが浮かんだ。
「絶対行かないんだからっ!」
「クルトも! もし私達に内緒でこのお店に来たらどうなるか……分かっていますよね?」
「も、もちろんだ」
最初から行くつもりもなかったが、二人の物言いさせない迫力に戸惑ってしまう。
その後、強制的にララとマリーズに引っ張られ、その場を後にするのであった。
「夜の街は嫌いじゃないけど……ああいう人達がクルトを惑わせるから困ったものだねっ!」
「私も……ああいう水商売に偏見はありませんが、クルトを奪われるとなったら別です!」
先ほどのことでララとマリーズはぷんすかと怒っていた。
買い出しを済ませた俺達は、学園までの帰り道を歩いている。
市場から離れ、人通りも少なくなってきた。
さすがに文化祭のこともあり、今日は疲れている人もいるんだろう。人気が少なくなるのも頷けた。
「ん?」
そんな時、ララがとあるものを見つける。
「ねえねえお姉ちゃん、僕に逆らうつもりかな? 僕が誰なのか知っているのかな?」
「知らないわよ! 離しさいよ!」
「嫌だね」
一組の男女だ。
男は女の手をつかみ、建物の壁に押し当てている。
女は嫌そうに顔を歪めていた。
「クルト」
「うむ」
どうやら質の悪いナンパのようだな。
見逃すのも……気分が悪くなる。ああいう輩は見ているだけで虫酸が走るからだ。
「おい」
俺はその男女の前に立ち、声をかけた。
「ああ? なんだい、君は」
「それはこちらの台詞だ。その女は嫌がっているじゃないか。離してやれ」
男の手をつかんで、女から無理矢理離す。
「こ、こんのっ……!」
当初男は抵抗しようとしていたが、俺の力に抗えず苦悶の表情を作った。
ボサボサの髪をした男だ。歳は俺達と似たようなものだろうか。
よく見ると顔立ちは整っているように思えるが、心が卑しいなら意味がないな。
「貴様……僕にこんなことをする意味が分かっているよね?」
男の声に怒気が含まれる。
「その台詞を吐いたヤツは、今まで何人も見てきたな。そういうヤツは一人残らず、俺の前で倒れていった」
「ちょっとお仕置きしないといけないみたいだね」
男が手をかざし、魔法式を展開しようとする。
だが。
「遅い」
俺は男の顔をつかみ、そのまま地面に押し当てた。
「ぐはっ……! ど、どうして魔法が発動しない!? どういうことだ」
「背反魔法だ」
全く……お粗末なものだ。
それにしても、いい加減俺も王都では顔が知れ渡っているものだと思っていたんだがな。
そのせいで、こんな風に喧嘩を売ってくる輩も珍しくなったものだ。
「そこでしばらく頭を下げていろ」
俺は男から手を離すと同時、重力魔法を展開させた。
そのせいで男は立ち上がることが出来ない。
ただ彼に出来ることは、四つん這いになって頬を地面から離さないことのみだ。
「き、貴様……! 覚えていろよ。僕は君の顔を覚えたんだからね。この借りは高くつくぞ! なんたって僕は——」
「やれやれ、お喋りな男だな」
「ぐああああああ!」
魔法に込められている魔力をさらに強くすると、やがて男は言葉を発することも出来なくなった。
「行くぞ。ララ、マリーズ」
「う、うんっ!」
「それにしてもあの男はなんだったんでしょうか? どこかで見たことがあるような気もしますが……」
「さあな」
それに大して興味もない。
俺達は女に怪我がないことを確認してから、学園に帰るのであった。
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