129・愚王は平和を嘆く
「やはりこれでは倒せないか」
完全に胸を貫かれたというのに、オーレリアンは悠然と立ち上がった。
見ると、胸の傷も塞がっている。
「貴様……オレに逆らうということは、どういう意味か分かっているよな?」
オーレリアンがニヤリと笑う。
先ほどの魔法で大量の魔力を使ったというのに、オーレリアンに疲れは一切見当たらない。
「クルト、どういうこと?」
「愚王オーレリアン……さっきクルトの魔法で死んだように見えたけど……」
ララとシンシアが不安そうな表情をする。
怯えるようにして、左右から俺の両腕をつかんだ。
「何度も言うが、ここは魔念の中だ。それが原因だろう」
ここは現実ではない、魔念の中。
物理法則などといった『理』が通用しないこともある。
たとえ普通なら死ぬような攻撃を与えたとしても、オーレリアンが「オレは死なない」と思えば、何度でも蘇ることが可能なのだ。
そうなると……やはり厄介だな。
「絶望に沈め」
オーレリアンが再度同じ魔法を放つ。
アブソリュートレイ。
無数の光線が俺達に降り注いだ。
「遅いな」
だが、すぐさま俺は同じ魔法を作り出し威力を相殺。さらに1000発の光線をオーレリアンに浴びせた。
オーレリアンは悲鳴を上げながら、その体が完全に消滅していく。
即死だ。
しかし……。
「オレはこんなもんで諦めねえぞ? ではないと、死後500年の世界に現れる……なんて真似はしねえからな」
ぽつぽつと光の粒子が現れ、それが人型へと集合していった。
そして……あっという間に『オーレリアン』として復活してしまったのだ。
「だろうな」
なんせ500年後まで強い恨みを抱き続け、魔念となって現れた男なのだ。
少々のことで心は折れぬか。
さらに、オーレリアンはここが自分の魔念の中だと分かっている。それを利用するための術もな。
「俺がいくら攻撃しても、お前は倒せないということか」
その言葉に、ララとシンシアが困惑した表情を見せる。
「えっ……ど、どうするの!? もしかしてここでわたし達、死んじゃうってこと!?」
「クルトでも勝てない相手がいる……」
二人が体を震わせる。
俺はそんな二人を安心させるため、その頭を両手で撫でてやった。
「負けもしないがな。しかし俺にやられたところで、オーレリアンの心は折れたりしない。となると勝つことも不可能ということだ」
「で、でもそれじゃあ!」
ララの表情が悲愴に満ちる。
俺は彼女の顔を見て、ふっと笑いかけた。
「なに、心配しなくてもいい。これくらいは最初から分かっていたことだ。だからこそ第二の矢を用意していたのだからな」
俺の言葉にオーレリアンが眉をひそめた。
「第二の矢だと……? オレに勝てないからといって、出鱈目を言うんじゃねえよ」
「これが出鱈目だと思っているとは。つくづく低脳なヤツだ」
挑発するように言って、俺はオーレリアンの背後を指差す。
「その窓から外を見てみるがいい。面白い光景が拝めるぞ」
「?」
オーレリアンが後ろを振り返り、窓から外を眺めた。
「な、なぬ……! これは!」
ヤツはふらふらとした足取りで近付いていき、窓に両手を当てる。
飛び出さんばかりの眼球。顔色が青白く変色していく。
「こうなるまで気付かなかったか」
続けて、俺は告げる。
「どうやらお前の野望はここで終わりのようだぞ、愚王よ」
◆ ◆
あらかじめライリーと意識共有魔法は使っている。
そのおかげで、頭の中にぼんやりとライリー達の光景が浮かんできた。
「こ、これはなんだ!?」
「と、とんでもねえぜ! 今だったらなんでもやれそうな気がする……!」
「今まで魔法なんてろくに使えなかったのに……どんな魔法でも使えそうだぜ!」
革命軍が騒ぐ。
次から次へとやって来る王都軍の連中に対して、革命軍が圧勝しているのだ。
ある者は大剣を振り回し敵を駆逐し、ある者は大規模な魔法で殲滅する。
——ああクルト……これは君の力なんだな。
ライリーの思いが伝わってくる。
意識共有魔法で俺とライリーは強く繋がっている。そのため、このように意思が逆流してくるのだ。
ライリーが街の奥にそびえ立つ城を見上げる。
まさか俺の居場所をつかんでいないとは思うが……丁度、ライリーの顔は俺達の方を向いていたので、少々驚いてしまった。
「ライリー様っ! 危ない!」
革命軍の一人の男が声をあげる。
ライリーが感慨に浸っている間にも、敵は襲いかかってくる。
彼女の背中目掛けて、魔物が牙を向けてきたのだ。
しかし。
「ふん、それくらい気付いているさ」
目にも止まらぬ一閃。
ライリーは振り向きざまに剣を振るい、襲いかかってきた魔物を一撃で両断した。
「さすがです、ライリー様」
「いや、これも全てクルトのおかげだ。クルトは去る前にこんな力を与えてくれた」
そう口にしながら、ライリーは戦況を眺める。
為す術もない王都軍。一方、革命軍の快進撃は続く。
しかし……その力は平和を保つためだけに使われている。
暴徒と化して金銭の略奪を行おうともしない。さらに王都に残されていた罪もない民に、決して手を出そうとはしなかった。
それどころか、
「こっちだ! 君達は私が保護する!」
率先して民を誘導し、助けようとしていたのだ。
王都の住民は全員が愚王オーレリアンの支持者というわけではない。
今すぐここから追放されても、行き場がない……そもそも王都から出て行かせてくれない……そのような理由から、王都の民達は虐げられながらも、必死に暮らしてきたのだ。
王都の住民はライリー達を見上げて、瞳を輝かせていた。
民達は全員がみすぼらしい格好だ。ガリガリの体に、髪の毛先もボロボロになっている。栄養が足りていないのだろう。
文献によると、オーレリアンは重い税を住民にかけていたとも読んだことがある。
だからこそ、王都の民達は革命を歓迎してくれているのだ。
「だが……まだ革命は終わっていない」
ライリーは自らを奮い立たせるようにして声を出し、両手で自分の頬を叩く。
「皆の者、もう少しだ! 新しい時代は近い!」
みんなにそう発破をかけると、至る所から「うおおおおおおお!」という雄叫びが上がった。
それを聞いてライリーは再度剣を握り、敵の元に走っていくのであった。
◆ ◆
「そ、そんなバカな……! どうしてオレ達王都軍が圧されているんだ……?」
オーレリアンはよろよろと後退し窓から離れる。
「どうした、この展開は予想出来ていなかったか?」
「あ、有り得ない!」
振り返り、オーレリアンが叫ぶ。
「こ、今回は魔物を味方に付けた! 盤石の体勢だったんだぞ? それなのに、どうしてこんなに簡単にやられる!? 一体貴様……なにをしてくれたっ!」
オーレリアンの顔色は青く、予想外の展開に理解が追いついていないようであった。
俺の力を見くびったせいだ。
「だから言っただろう?」
オーレリアンへ一歩詰め寄る。俺は自然と笑みを浮かべてしまっていた。
愕然とするオーレリアンに向かって、俺はこう断言するのであった。
「俺に会った瞬間に、お前の敗北は決まっていると。どれだけあがこうとも無駄だ。お前の一歩先に俺はいるのだからな」