127・時間稼ぎ
しばらく城の内部を進んでいくと……。
「わっ! ここから先、床がないよ!?」
ララが目を丸くして、立ち止まる。
そこは四方八方暗く、星のような小さな白い光がぽつぽつとあるだけの空間だった。
丁度、夜空に放り出されているかのような不思議な場所だ。
「いや……よく見てみろ。ちゃんと床はあるぞ」
なにもないように見える空間に一歩踏み出す。
……うむ、やはり見えない床がある。
とはいえ、しっかりと『視』なければ、異次元へ落ちてしまうかもしれないが。
「本当だ……なんだか不思議な感覚」
「夜空を歩いてるみたい……」
ララとシンシアもおそるおそるといった様子で、なにもない空間に一歩を踏み出した。
その時であった。
「とうとう来ましたね。愚かな子羊達」
突如空間の中央に一人の男が現れたのだ。
「オーレリアンの臣下……といったところか?」
俺がそう口にすると、男はコクリと頷いた。
それを見て、ララとシンシアが警戒心を露わにする。
「どけ。俺の邪魔をしなければ、見逃してやってもいいが?」
「ほっほほ、あなたを敵に回すのは怖そうですね。しかし私にも覇王オーレリアンからの命がある。そう簡単にどくわけにはいきません」
と男は続け、羽織っているマントの裾を持ち上げた。
「ごきげんよう。私の名はロマー。愛すべき覇王の部下であります」
優雅にそう言い放つ男……ロマーは、人とも魔族とも言い難い、不思議な魔力の形をしていた。
魔念の中だからこそ……といったところか。
「お前に構っている暇はない。俺は先を急がせてもらう。ララとシンシアも行くぞ」
再度歩き出し、俺は二人にそう促す。
「う、うんっ」
「クルトの後ろだったら……安心……」
慌ててララとシンシアも後ろから付いてきた。
しかし。
「この先は通しません」
ロマーから魔力が奔流する。
その途端、周囲に無数の蝙蝠のような魔物が召喚され、俺達を取り囲んだ。
「うむ、スワムバッドか」
総数は……三百体といったところか。
「この程度の魔物で、俺を止められると本気で思っているのか?」
「時間稼ぎにはなるでしょう?」
ロマーの様子を見る限り、どうやら別のよからぬことも考えているようだ。
「時間稼ぎにもならんな」
丁度いい。
「ララ、シンシア。二人にこいつ等の掃除を任せた」
「え?」
「俺は歩みを止めるつもりはない。この空間の端に着くまで……俺のことをスワムバッドから守ってくれ」
この空間の端までは、ぜいぜい百メートルもないくらいだ。
普通に歩いていれば、それ程時間がかかるものでもない。
「う、うんっ! 分かったよっ」
「シンシア達がクルトを守る……いつもと逆で新鮮……」
二人が慌てて戦闘態勢へ入る。
心強いものだな。
ゆっくり歩きはじめると、その首筋目掛けて何体かのスワムバッドが飛んできた。
鋭い牙で俺に噛み付こうとした時……スワムバッドは不可視の壁に当たり、床へ落ちていった。
「シンシア、良い結界魔法だ。スワムバッドは群れる傾向のある魔物だが、その一体一体の攻撃力が低いわけではない。それなのに、それを完全に防ぐ結界魔法を作るとは……見事だ」
俺が褒めると、シンシアは嬉しそうにはにかんだ。
「しかし……これからどうするおつもりですか?」
それを見て、ロマーが若干苛立ったような声を出す。
「それだけのスワムバッド。一度に相手をするのはなかなか骨が折れることでしょう。あなたとて、歩く速度を弱めなければいけないのでは?」
つくづく的外れなことを言う男だ。
確かに三百体ものスワムバッドを一体ずつ倒していては、ロマーの思惑通り無駄な時間を要してしまう。
ならば……。
「ララ、どうする?」
俺と隣り合って歩くララに問いかける。
「え、えーっと……」
ララが慌てるようにして、口元に指を当て考えはじめた。
こうしている間にも、シンシアの結界魔法が効いているおかげで、俺達は安心に前を歩くことが出来ている。
「一体ずつファイアースピアで叩き落とす? ってことをしたら、きりがないから……」
ララが答えを出すのにはさほど時間はかからなかった。
「……うん。あの魔法だったらいいかな」
ララの瞳に力がこもる。
次の瞬間、ララは高速で一つの魔法式を組みだした。
「む……その魔法は?」
ロマーがその魔法の正体に気付き、すぐさま背反魔法で打ち消そうとした。
「ダメ……おとなしくしておいて」
だが、魔力の分析に長けたシンシアが、そのことに気付かないわけもない。
彼女も対抗するようにして、ロマーの背反魔法を妨害した。
この間、三秒もかからなかっただろう。
「イフリートフレア!」
ララの叫びに応じるようにして、空間一帯に響き渡るような轟音。それと共に爆発が起こる。
灼熱と衝撃によって、あれだけいたスワムバッドは一体残らず駆逐されることになった。
俺達はシンシアの構築した結界のおかげで、傷一つないがな。
「さすがだな、二人とも」
宣言通り一秒たりとも無駄な時間を使うことなく、俺達は空間の端っこまで辿り着くことが出来た。
「えへへ、クルトに褒めてもらえたよ。嬉しいな」
「……シンシア……頑張った……」
二人の声が嬉しそうに跳ねる。
だが。
「私があなた達を逃すとでも?」
背後からロマーの声。
見ると、先ほどの爆発を自らの結界魔法で防いだロマーが、怒りで顔を歪ませていた。
「それにあなた達は一つだけ見誤った」
ロマーがふらふらと揺らめき、手をかざす。
「私は時間を稼ぐ必要はなかった。あれはあなたを油断させるための囮だったのだ」
ロマーの口角が醜く歪む。
彼が組んでいた魔法式が完成。
それにより、異形の姿をした巨大な魔物が召喚されたのである。
「ははは! どうですか! 500年前に存在したと言われる魔物です。いくらあなたでも、これを倒すことは不可能!」
500年前……ここは500年前の世界であるがゆえ、足したら1000年前。つまり前世の俺がいた時代ということか。
なるほど。
口から触手を伸ばすこの魔物は、1000年前に見たことがあるな。
しかし。
「ほう。それは……子どもが魔法の練習がてら、よく狩っていた魔物ではないか」
俺は一発のファイアースピアを放つ。
それは魔物を貫き、さらに勢いを落とすことなくロマーの胸を貫通した。
ロマーの体がゆっくりと倒れる。
そのまま見えない床から足を踏み外し、異次元へ吸い込まれるように落ちていった。
「さあ二人とも、先を急ごうか。俺にしたら準備運動にすらならなかったな」
俺は二人にそう言いながら、再度前を向く。
「あの人、一体なんだったんだろう?」
「……さあ」
唖然とする二人と共に、俺達はその空間から脱するのであった。





