121・魔念の暴走
「クルト!」
元の場所に戻ると、最初にララが俺の名前を呼び、そのまま抱きついてきた。
「急に消えたと思ったら……どこに行ってたの?」
「言っただろ、魔念の中だ」
そう言うと、ララ達はきょとんとした顔をした。
「手短に説明する。俺は魔念の中に入り込むことによって、そこっで魔力を細かく分析出来た。その結果、魔念はやはり愚王オーレリアンのものだったということもな」
みんなの顔を順番に見ながら、俺はこう続けた。
オーレリアンは500年前に弟ライリーに討たれ、この世を去った。
そのことによりライリーの革命は成功。
そこから今日まで王都の繁栄は続いている。
……のはずだったのだが。
「この500年間、オーレリアンはそのことを強く恨んでいたのだろう。それが蓄積されていき……500年後の今日、魔念として覚醒した」
オーレリアンの願い。
それは500年前のことをなかったことにすることだ。
とはいえ、過去の改変は不可能。
ならば現代の平和を破壊し、またさらにこの世界の王として君臨したい……といったところか。
ならば。
「その愚王オーレリアンの願いを木っ端微塵にすること。それさえ出来れば、オーレリアンの思い……つまり魔念も完全に消滅させることが出来るだろう」
「とんでもない話になってきましたね。でもそれはどうやってするのでしょうか?」
マリーズが俺に質問する。
「もう一度、魔念の中に入りそこでオーレリアンを討つ」
「オーレリアンを討つ?」
「正しくは魔念の核……といったところだがな」
今、魔念は暴走しようとしている。
何度も繰り返すようであるが、魔念というのはその人の『思い』だ。
その人が強く思えば、そいつの頭の中だけなら過去を改変……いや妄想することも可能だろう。
「だが、先ほど魔念の中に入った時、オーレリアンは弟ライリーに討たれていた。それはまだ過去の記憶が強く残りすぎていて、オーレリアン自身もライリーには勝てない……革命は防げない……と思っているからだろう」
「悪いイメージが頭に残っている、ということでしょうか」
マリーズの言葉に、俺は首を縦に動かした。
しかし最後の方で、オーレリアンの胸に刺さっていた剣がポロポロと崩壊してしまった。
分かりやすく言うと、それはすなわち『革命を防ぎ、弟ライリーに勝てるかもしれない』とオーレリアンが、思いはじめているということだ。
それすなわち——魔念の暴走。
「それによって魔念がだんだんと強くなっていっている。このままでは暴走し、俺でも大本を叩くのが少しばかり苦労するだろうな」
「ク、クルトでもですか!?」
「ああ。正しくは時間を無駄に使う……といったところだろうが。まあ俺がそんな面倒臭いことを許すわけもない」
不安がるマリーズの頭を撫でながら、安心させるようにして続ける。
「じゃあ……その魔念の中に入って……オーレリアンを討つ。そうすれば……やっぱり革命を防ぐのは無理……諦めてくれる、ってこと?」
「シンシア、その通りだ」
俺の仲間は物わかりが早くて助かる。
「そこで、先ほど言った役割分担だ。マリーズは演劇、アヴリルはなにかあった時のために王都防衛。シンシアは俺に付いてきて欲しい」
「シンシアが? クルトの足を引っ張らないか、不安……」
「くはは、なにを言ってるんだ」
思わず笑ってしまった。
「シンシアの魔力を分析する力は相当なものだ。魔念の中に入った時、そこの魔力を分析する必要もあるだろう。そうなった時に俺一人ではなかなか骨が折れるものでな。力を貸してもらいたい」
「うん……分かった……」
俺がそう口を動かすと、シンシアは嬉しそうに頬を赤らめた。
「さて。そして……ララだが」
ララについては、アヴリルの手伝いをしてもらおうと思っている。
そう続けようと思ったが、
「クルト! わたしも付いていきたい!」
とララの方から俺に顔を近付けて、声を大きくしたのだ。
「ララもか?」
「うんっ! クルトの力になりたいよ。わたしじゃダメかな?」
ララは恐る恐るといった感じで、胸の前で手を組む。
力になりたい……か。
そんなことを考えてくれているとはな。
なかなかどうして、嬉しくてつい笑みを浮かべてしまうではないか。
「いや……ならばララも付いてきて欲しい。ララの攻撃魔法もなかなかのものだ。魔念の中ではなにが起こるか分からないからな。ララも俺に力を貸して欲しい」
と俺が続けると、ララは顔をパッと明るくさせた。
さて、今度こそ準備は整ったな。
「では、ララとシンシア。早速魔念の中にもう一度転移する。俺と手を繋いでくれ」
そう促すと、右手をララ、左手をシンシアが握った。
小さくて柔らかい手だ。
「マリーズ、アヴリル。言ってくる、後は任せたぞ」
「任せてくださいっ!」
「こちらの心配はしなくてもいいからな」
二人にそう言い残すと、力強い言葉が返ってきた。
俺は二人の顔を見ながら、転移魔法を発動。
魔念の中に入ろうとするが……。
「……ん?」
入ろうとした寸前で、百もの魔法陣が目の前に現れ、俺の転移魔法を防ごうとした。
『オレがわざわざ貴様をもう一度招くとでも?』
同時、先ほど聞いたオーレリアンの声が頭に響いてくる。
「クルト……これって?」
「転移魔法を阻害する魔法が組まれている……これを全部解いて、中に入るのは至難の業……かも」
どうやら、ララとシンシアにも同じ声が聞こえているらしい。
「うむ、なかなか小癪な真似をするものだな」
そこまでオーレリアンもバカではないということか。
しかし。
「問題ない」
俺は目の前に現れた魔法陣に対して、手をかかげた。
すると一秒後全ての魔法陣が壊れ、魔念への道が開けたのであった。
『っ……!』
オーレリアンの息を呑むような音が聞こえた。
「この程度の魔法なら、一瞬で見破れる。俺の前進を簡単に止められると思うな」
オーレリアンはこれ以上為す術もないのか、そのまま俺達の転移を許した。
こんな真似をするということは、オーレリアンもどこかで俺を恐れているということだ。
眼前の光がだんだんと強くなっていく。
そろそろ視界が開かれるはずだ。
「待っていろよ、オーレリアン。すぐにお前の前に立って、そのくだらない野望を俺が打ち砕いてやろう」