120・魔念の中
「クルト、すごいよ!」
「本当です。あなたを見ていると、何度も驚かされますね」
「クルト……カッコいい……」
「出鱈目だな」
空を覆っていった魔念を一掃してやると、ララとマリーズ、それにシンシアとアヴリルが次々に俺を賞賛した。
「大したことではない。ララ達にいたっては、後一ヵ月もしっかり魔法の修練を積んでいけば、これくらいのことは容易いだろう」
「「「「そんなわけない!」」」」
口を揃えて突っ込まれた。
俺は本当のことしか言わない。
それほど、ララ達には魔法のポテンシャルが秘められているということだ。
「それはともかくとして……魔念の分析が大体終わった」
後を魔念の核となるべきところ……つまり大本を叩けば、この騒ぎは終わりとなる。
「でもクルト、これからどうするの? どれだけ倒しても、魔念は次から次へと湧いてくるんだよね?」
「だからこそ『核』を叩く必要がある」
「核……」
ララが俺の言葉を繰り返す。
みんなは俺の言っていることを、あまり理解しきれていない様子であった。
「とにかく、ひとまず実演してみせよう」
俺は空に手をかざす。
うむ、まだ魔念の残滓が周囲に立ちこめている。
これくらいの量があるなら……。
「少し、魔念の中へと行ってくる」
「クルト? なにをするつもり……」
最後に、ララがなにかを言いかけていたが、それを聞かないままに俺は魔念の中へと転移した。
◆ ◆
人の強烈な意思や恨み、それが残って魔力を帯びるものが『魔念』と呼ばれる存在だ。
つまり、その人の強烈な思いを霧散させてやれば、核もろとも魔念は完全に消滅する。
「どうやら転移には成功したみたいだな。ここは……」
辺りを見渡す。
ここは……お城の内部のようだ。
どことなく、今ある王都の城の面影がある。
「五百年前の王都の城……といったところか」
俺は城内部を歩き回りながら、そう分析した。
とはいえ、五百年前の過去に転移したわけではない。
魔念が見せている情景といった方が分かりやすいだろうか。
魔念の思い。魔念となった理由。
魔念というのは『人』から生まれてくるものだが、その人の『記憶』と言い換えてもいい。
俺はその魔念の思い……つまり中へと、このように転移したわけである。
「それにしても、人の気配すら感じないな」
一人呟く。
とはいえ、これも予想していたことだ。
何度も言うが、これは五百年前の過去ではない。魔念……つまり記憶そのものであるのだ。
記憶というものは、人によっては無駄なところを削ぎ落としている場合もある。
余分なところを消去しているがゆえ、無駄な配役がいないのも頷ける。
「俺の考えていることが当たっていればこの奥に……」
城の内部、その中でも一際大きくて豪華な扉の前へと辿り着く。
俺は迷わずその扉を押し開いた。
すると。
「オーレリアンよ。とうとう決着を付ける時がきたようだな」
その広い部屋には、二人が対峙していた。
一人は金髪を逆立たせており、筋肉隆々とした男である。
もう一人は、金色の髪であることは同じながらも、対照的に線の細い体をしていた。
「ライリーよ、兄に剣を向けるというのか」
オーレリアン……と呼ばれた男が、愉快そうに質問をする。
それに対峙しているのがライリーといったところか。
ライリーは迷う様子もなく、
「……貴様は最早兄と思っていない。ここで貴様を倒し、オレは革命を成功させる」
と即答した。
それを聞いて、オーレリアンは「カッカカ」と快活に笑った。
——どうやら愚王オーレリアンと、その弟ライリーとの最終決戦の場を見せられているようだ。
予想通りではあったが、この魔念はオーレリアンのものであったのだ。
魔念には強い思いが込められている。
オーレリアンにとって、この最終決戦の場面が色濃く記憶に残っていた……というところだろう。
やがてぐにゃりと魔念の中の時空と空間が歪む。
次の瞬間には、オーレリアンの心臓に剣が突き立てられていた。
「ぐああああああああ!」
オーレリアンが悲鳴を上げる。
ライリーがオーレリアンを討ったのだ。
これは歴史の通り。
弟がオーレリアンを討つことによって革命を成功させ、今日までの王都の平和が保たれるのだ。
しかし。
「なあ、この歴史はあまりにも醜くないか?」
とオーレリアンの口が歪む。
次の瞬間、周囲の風景が足下から崩れる。
気付けば、俺は足場もないふわふわとした不思議な空間に放り出されていた。
「どうやら魔念が暴走しかけているようだな」
その空間の中、俺は一人呟く。
その曖昧な空間の中、ライリーの姿もなくなる。
空間には俺と愚王オーレリアンが取り残された。
「この歴史は認めない」
オーレリアンが呟く。
彼の胸に刺さっていた剣が、ポロポロと砂のように崩れ去った。
「愚かなものだな。自分が殺された過去を否定するということか」
俺はオーレリアンに対して言う。
するとオーレリアンは怒りで顔を歪ませ。
「オレはこんなところで死んではいけない存在だった。オレにはまだまだやることがある。それを……もう一度成就させようではないか」
オーレリアンが手をかざした。
矢先、手の平から無数のヘビが現れ、俺に襲いかかってきたのだ。
「そのためにはまずは貴様が邪魔だ。この魔念に取り込まれ、そのままオレと一つになるがいい」
ヘビはそのまま俺の体にまとわりつく。
少しでも気を抜いてしまえば、俺の精神はこのままオーレリアンに取り込まれてしまうだろう。
そうなってしまえば、魔念の外に抜け出すことも出来ない。
しかし。
「それを許すほど、俺も愚かでもないな」
体を縛り付けるヘビに触れ、魔力を送り込む。
途端、送り込まれた大量の魔力に耐えきれず、無数のヘビが内部から崩壊しだした。
「お前の怨念は分かった」
そして、自分が討たれた過去を変えたいという思いもな。
その思いが爆発し、《文化発展日》に魔念として表出したのだろう。
「カッカカ」
あくまで余裕げにオーレリアンは笑っていた。
オーレリアンの魔念を消滅させるためには、まずはその怨念を消してやることが必要なようだな。
俺には敵わない、自分の夢は叶わない……そういったことを思わせればいいのだ。
「その余裕をすぐに消してやる」
そう言い残し、俺は一旦魔念の外へと脱出するのであった。