12・元Sランク冒険者と戦うことになった
「もっと戦いたいな」
マリーズとの戦いを勝利で終わらせたものの、俺は消化不良を感じていた。
そんな中。
「なかなか面白そうなことをやってるじゃねえか。儂も混ぜろよ」
と声が聞こえたと思ったら、一人の男がステージに上がってきたのだ。
「デ、デズモンド様! 困ります! 今日は見学しにきただけでしょう?」
それを見て、審判役の試験官も慌てているみたいだ。
デズモンドと呼ばれた男は、見た目六十〜七十くらいの老齢な男性だ。
白髪と立派なヒゲを蓄えている。
だが、俺はもっと別なことを考えていた。
こいつ、強い?
一見よぼよぼのジジイにも見えるが、俺には分かる。
服の下には鋼鉄の筋肉。
俺を見つめる鋭い眼光の前では、今から不意に攻撃しても避けられてしまうだろう。
「いいじゃねえか。ただでさえ退屈してたんだ。儂も混ぜろよ」
ポキポキとデズモンドは拳を鳴らした。
「オレに勝てたら、他の試験が例え〇点でも合格させてやる。まあそんなことはないと思うがな」
「それは断る」
「はあ? もしかしてお前、儂に恐れをなして逃げるつもり——」
「あんたに言われなくても、合格してみせるから」
半分挑発のつもりで言ったが、デズモンドはニカッと口元に笑みを浮かべ、
「ガハハ! なかなか面白えガキじゃねえか!」
と腹を抱えたのであった。
「き、君! もしかして、デズモンド様と戦うつもりかい?」
試験官の問いかけに、
「はい」
即答する。
すると試験官はさらに慌てふためいて、
「き、君はデズモンド様が誰なのか分かっているのか! 君が強いのは十分分かった。怪我をしないうちに、早くここから逃げてしまえ!」
「大丈夫ですから」
試験官を押しのけて、デズモンドの前に出る。
ちなみにこいつが誰なのかは知らない。
だが、強いことが分かれば十分だ。
「ククク。本当に面白えガキだな。儂は木剣を使うから、そっちは真剣を使ってもいいぞ? それとも魔法一辺倒か?」
デズモンドが木剣を構える。
「ダメだ。そんなことしたら、あんたに怪我をさせてしまうかもしれないじゃないか」
「ほう? なかなか面白えことを言うじゃねえか」
ちょっと手加減出来そうにないからな。
血が沸いているのだ。
せっかくだから思う存分戦いたい。
「まあ同等に戦おうじゃねえか。無駄にハンデを付けるのも、それはそれで興ざめだしな。おい、木剣をもう一つ用意しろ! それから……お嬢ちゃんはステージから降りてろ。お嬢ちゃんも強いみたいだが、まだまだ力不足だ」
「はい……」
悔しそうにしながらも、マリーズが駆け足でステージからいなくなる。
デズモンドが呼びかけると、どこからともなく試験官の一人が木剣を持ってきてくれた。
「いつでもいいぜ、儂は。儂は魔法を使えないが、お前は使ってもいいからな」
とデズモンドは木剣で肩をポンポンと叩きながら、余裕綽々な態度。
一見隙しかない構えに見える。
しかし不用意に突っ込めば、手痛いカウンターをくらうことは目に見えた。
面白い。あえてここは相手のフィールドで戦おう。
「じゃあいくぜ」
俺は一歩踏み出し、瞬く間にデズモンドとの距離を0にする。
そして間髪入れずに、デズモンドの脳天に剣を振り下ろした。
「ふんっ……やはり若いな」
一瞬、デズモンドが笑みをこぼした。
デズモンドが木剣を横払いする。
ヤツの狙いは、俺の攻撃を回避してからのカウンター。
このまま防御魔法もせずに受ければ、骨の一本や二本持っていかれるかもしれない。
なので俺はここでクイックムーヴを発動。
「なっ……!」
急に速くなった俺の動きに対応するように、デズモンドが横払いの木剣を防御に回した。
カキンッ!
剣と剣が辺り、つばぜり合いが起こる。
「お前、どういうことだ? 急に速くなったように見えたが」
「ああ、初歩的な魔法だよ」
「魔法? そんな魔法、あるっていうのか? やはりタダモノじゃねえな」
「あんたもなかなかやるな」
なんせ、クイックムーヴで緩急をつけての攻撃で、決着付くと思っていたのだ。
それを防御するとは……。
やはりこの男。
俺を愉快な気分にさせてくれそうだ。
「あんたに俺の(前世での)もう一つの異名を教えてやるよ」
俺はつばぜり合いから脱却し、さらに畳みかけるように剣を振るう。
「魔法剣士だ」
物理と魔法を混合させて戦うのは、俺の一番得意な分野だった。
そうするのが、一人で戦うには好都合だったのだ。
仲間を作ろうと思ったが、俺のレベルに追いつくヤツが一人もいなかったとも言う。
クイックムーヴ、アイサイト、ライズパワーといった基本的な身体強化魔法を三つ重ね掛けする。
終わらない剣撃で猛攻をかける。
「す、すげえ……動きが見えないぜ」
「一体ステージでなにが起こっているんだっ?」
観客からの戸惑いの声。
よく見えない人達にとっては、圧倒的に俺有利に見えるに違いない。
だが、俺はデズモンドの動きに驚いていた。
「ハハハ! 面白え、面白え! この国に人間相手で儂と一対一で張り合えるとはな!」
俺の猛攻を凌いでいるデズモンドだ。
デズモンドはその剣一本で、俺の攻撃を受け続けているのだ。
このジジイ、身体強化魔法を使っていないんだぞ?
なのに俺と渡り合うなんて……化け物かよ!
「戦いの最中に笑うなよ。ジジイ」
「そういうお前も笑っているように見えるがな」
確かに今の俺は笑っているかもしれない。
このまま続けていれば、さすがにスタミナの差で俺が押し切るだろう。
だが、それはそれで戦いに華がなさすぎる。
ならば……。
「隙を見せたな。小僧!」
デズモンドの眼光がさらに鋭くなった。
防御から一転。デズモンドが剣を一閃する。
それは俺の頭に直撃した。
ただし——もう一人の俺だがな。
「なっ……! なんじゃと?」
剣を振り終わったデズモンドが、煙のようにしていなくなった俺に驚愕している。
クリエイト・アバターと呼ばれる魔法を使ったのだ。
これは魔力で人型の塊を作って、分身を作り出すものだ。
実像はないので分身が攻撃を加えることは出来ないが、このように相手の目くらましには使える。
「これで終わりだな」
その間に、俺は後ろに回り込んで、デズモンドの首筋に木剣を当てた。
「戦場ならあんたはここで終わりだ。まだ戦いを続けるか?」
「……儂の負けだ」
デズモンドが肩を落として、剣を地面に落とす。
その瞬間、ホールには爆発的な歓声が巻き起こった。
「あいつ本当に何者なんだ! デズモンド様を倒しちまったぞ!」
「デズモンド様って伝説の元Sランク冒険者だよな? そんなのを倒しちまうなんて……あの男、化け物かよ!」
「戦争に駆り出された解きは一人で敵兵百人を斬り伏せた、という噂もある鬼のデズモンド……!」
「もう現役を退いているとはいえ、力は未だ衰えてないと聞いていたぞ!」
元Sランク冒険者?
「あんた、冒険者だったのか」
「もう引退したんだがな。それを知らずに、戦っていたとは……つくづく人をバカにしたような少年よ」
カッカカとデズモンドは快活に笑った。
「ただ情報に誤りがある」
「誤り?」
「敵兵百人を斬り伏せた、という噂じゃが……それは千人の間違いだ!」
……なかなか破天荒な人物らしい。
通りで強いと思った。
だが、まだ初歩的な魔法しか使っていないし、本気を出せるヤツ……というわけではなさそうだ。
「あなたは一体何者なんですか……」
ステージから降りると、マリーズが声を震わせていた。
まだ俺より強いヤツは見つけられない。
だが、思ってたより王都は——そして魔法学園は楽しいところみたいだ。
徐々に高鳴っていく鼓動を感じながら、会場を後にするのであった。
これで入学試験は終わりになります。
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