118・みんなの魔念退治
意識共有の魔法のおかげで、ララとマリーズ達の様子がぼんやりと頭に浮かんでくる。
「わっ! 大変なことになってる!」
ララが叫ぶ。
二人が家庭科室に足を踏み入れると、そこには室内を縦横無尽に飛び回るナイフやフォーク、お皿といったものの姿があったからだ。
「これが魔念に取り憑かれているということでしょうか」
マリーズの表情がさらに締まり、魔法式を展開しながら分析する。
「早く片付けよう!」
「もちろんです!」
二人が一歩前に踏み出す。
瞬間、宙に浮いていたナイフが独りでに二人の方へ襲いかかっていった。
「ファイアースピア!」
ララが魔法を放って、ナイフを牽制する。
ララは赤色魔力だ。射程は短いが、威力に秀でている。
しかし……そんな彼女の魔法が直撃したのにもかかわらず、爆風の中ナイフはそのままララの元へと直行していった。
「ララ!」
マリーズがすぐさまララの前に結界魔法を展開する。
そのおかげで、なんとかことなきを得ることが出来た。
「どうしよう……わたしの攻撃が通用しない?」
「いえ、確かにダメージは与えられています」
ナイフを見ると、わずかに焦げているような跡もあった。
動きも鈍くなっている。
「何度も攻撃を放てば、いつかきっと倒せるはずです。諦めずに行きましょう!」
「うんっ!」
二人の気合の一声。
何枚かのお皿が二人のもとへと飛んでいく。
二人は結界魔法で自分の身を守りつつ、攻撃魔法で少しずつ相手の数を減らしていった。
十五分が経過した頃くらいだろうか。
「はあっ、はあっ。後もう少しだね」
家庭科室に飛び回っているものの数は、十を下回っていった。
他の食器類は、取り憑いていた魔念が消滅し、床に落ちてしまっている。
「はい……ですが体が……」
マリーズが歯を噛みしめる。
二人は魔法を連続で放ったことにより、魔力切れを起こしている。最早体を動かすことすら必死のはずだ。
それでも……二人は諦めず前を向き、残りのものの動きを注目している。
うむ……魔力はともかく、気力は十分のようだ。
後は魔力さえあれば、なんとかなりそうなのだがな。
少し力を貸すか。
「来ます!」
叫ぶマリーズ。
ララの眉間目掛けて、フォークが飛んでくる。
それは躱したものの、ララは満身創痍の様子であった。
しかし。
「なんでかな、わたし。どんどん腹が立ってきたよ」
ララが立ち上がる。
その体の周りには、赤色の魔力が迸っている。その魔力を飼い慣らし、ララが一つの魔法を組もうとしていた。
「ちょ、ちょっとララ……その魔法は……」
「ナイフやフォーク、それにお皿……それは人を傷つけるものじゃないんだ。そう思ったら、なんだか力が湧いてきたよ」
先ほどまで魔力がすっからかんの状態であったララ。
しかし、今彼女の魔力は満ち足りており、組んでいる魔法式も完成することになるだろう。
「それは人を笑顔にするためのものなんだ!」
ララがそう言い放ち、魔法を発動。
イフリートフレア。
それにより家庭科室で爆発が起こる。
「ゴホッ、ゴホッ……って、ララ! いきなりそんな魔法、使わないでください! 結界魔法を張っていなければ、どうなっていたことか……」
「ごめん! でも、マリーズちゃんだったら分かってくれると思ったんだ。わたしのしようしてることにね……」
「まあ、そりゃあ……」
うむ、咄嗟にマリーズが結界魔法を家庭科室全体に敷くことによって、最小限の被害に抑えられたようだ。
「でも……さっきまでこんな魔法使えるほど、魔力なんて残ってなかったのに。どうしてだろう?」
「全くです。私も魔力がほぼなくなりかけていたので、結界魔法一つも使えないはずでしたが……」
ララとマリーズが首をかしげた。
二人の魔力切れが解消された理由……それは、俺が校庭にいながら二人に魔力を分け与えたからだ。
普通、ここまで距離が離れていれば、魔力を他者に移すことはほぼ不可能に近い。
まあ、俺ならこれくらいの真似も容易い。
——さて……後はシンシアか。
二人から意識を外す。
今度は学園の近くで野犬と戦っているであろうシンシアへと、視点を移した。
◆ ◆
どうやらシンシアはアヴリルと合流出来たみたいだ。
彼女達の前には、三十体を超える野犬がいる。
「くっ……数が多すぎて、なかなか相手にしきれないな」
アヴリルが歯を噛みしめる。
大賢者アヴリル。
1000年後のこの世界において、なかなかの魔法使いだ。
しかし、魔念に取り憑かれた野犬……しかもこれだけ数が多ければ、やはり手をこまねくか。
「オオオオオン!」
野犬が遠吠えをしながら、シンシアとアヴリルに襲いかかる。
野犬は自らに身体強化魔法をかけていた。
そのおかげで、通常の犬では出せない速度で二人に攻撃出来ることが可能となったのだ。
即座にシンシアとアヴリルは結界魔法を使い、攻撃を防ぐ。
だが。
「きりがないな……このままではじり貧になる」
二人の魔力が切れかかっているみたいだ。
「せめて、野犬にかかっている魔法だけでも取り除ければ、戦いが楽になるんだが……」
「……魔法を解除すればいいの……?」
「ん?」
呟いたシンシアの方を、アヴリルが見る。
「それはそうだが……」
「じゃあ……任せて」
「お主、一体なにを……!?」
アヴリルが疑問を解決出来ないままに、野犬が一斉に襲いかかってくる。
だが、二人のところに辿り着くまでに、その動きをかなり鈍いものへと変化させたのだ。
速いことは速い……しかし、これだったら十分目で捉えることが出来るだろう。
「今がチャンスだ! 一気に勝負をかけるぞ!」
「うん……!」
こうなっては二人の独壇場。
あっという間に魔法で野犬を気絶させ、それに取り憑いていた魔念を消滅させたのだった。
「はあっ、はあっ。なんとかなったな」
「うん。やっぱりアヴリルさん、すごい。これだけの野犬を殺さずに、しかも一瞬で無効化させるなんて……」
「それもこれも、野犬の動きが鈍くなったからだ。一体どういうことだ? 身体強化魔法が消えたように見えたが……」
アヴリルが顎に手をやって考え込む。
「シンシアが……背反魔法を使った」
そんなアヴリルに対して、シンシアが控えめに言った。
「な、なんだと!? お主、あの数相手に背反魔法を発動させたというのか? 魔法を無効化させる術がある、とクルトには教えてもらったが……まさか、これだけ実用化しているとは」
アヴリルが驚愕に目を見開く。
しかしシンシアはあくまで、
「そんなことない。これは全てクルトに教えてもらったこと。すごいのはクルトだから」
と謙遜している様子だった。
——なんとかなったようだな。
シンシア達の様子を見て、俺は心の中で安堵する。
しかし……あれだな。
二人も詰めが甘いものだ。
「グルル……」
気を失っていない野犬。
それが唸りながら、今にも二人に襲いかかろうとしていたのだ。
それに二人は気付いている様子はない。
野犬が地面を蹴った瞬間。
俺は遠距離から拘束魔法を発動した。
——おとなしくしておけ。
もっとも、俺の声は野犬のもとへと届いていないだろうが。
拘束魔法で野犬の動きを封じると、その体からゆっくりと魔念が消えていった。
俺の魔力に触れることによって、これ以上は敵わないと諦めたのだろう。
「それにしても……シンシア、それにララとマリーズもみんなよく成長したな。仲間として誇らしいものだ」